“速い”縦や斜めのパスで敵陣へ。新たな実力者たちと前進するローマ
昨季はバルセロナを撃破してCL4強入り。しかしモンチSDはブレず、今季開幕前にアリソン、ナインゴラン、ストロートマンを売却した。まずは新戦力の融合に取り組むディ・フランチェスコ監督2年目のローマが序盤戦に披露したチームビルディングの方向性を、アナリストとしても活躍するイタリア人指導者、ブランコ・ニコブスキ氏が分析。
ラモン・ロドリゲス・ベルデホ、通称モンチ。31歳の若さでスポーツディレクター職に転身した男は、セビージャの育成改革とスカウティングに着手。若き才能を安く購入し、高値でビッグクラブに売却することでセビージャの再建を助けた。そして2017年にローマのSDに就任、イタリアの古都で名門の再生を目指している。彼の働きによって主軸が大きく入れ替わったチームを再び欧州の舞台で躍進させるために、指揮官ディ・フランチェスコには何が求められるのだろうか。
ブラジル代表でもレギュラーを任される守護神アリソンをGKとしての史上最高額6250万ユーロでリバプールに売却し、中盤ではナインゴラン(→インテル)とストロートマン(→マルセイユ)を放出。当然、この主力売却で得た移籍金での補強は欠かさない。新たな門番にはスウェーデン代表のオルセン。GKとしては十分に働き盛りの28歳は即戦力で、北欧では名の知れた実力者である。中盤では元アルゼンチン代表のパストーレとフランス代表のエンゾンジを獲得。中盤の底を埋める守備力と長短のパスを使い分けるビルドアップ能力を兼ね備えたエンゾンジは、ポゼッション志向のチームにとっては理想的なカードだ。イタリアから渡ったパリ・サンジェルマンで近年出番を減らしたパストーレも、まだ29歳と老け込む年齢ではない。
さらに、ミランユースで注目を集めアタランタで開花したMFクリスタンテ(23歳)、偉大な父を追うアヤックス新世代の筆頭ユスティン・クライファート(19歳)、ディナモ・ザグレブ時代にはモドリッチに匹敵する才能と絶賛されたMFチョリッチ(21歳)を呼び寄せ、着々と「未来のスター」を発掘する動きも進めている。
今季のチームは、デ・ロッシを中盤の底に配してクリスタンテとペッレグリーニを並べる「イタリア人3センター」も試しているように、様々なオプションを組むことが可能な陣容に近づいている。パストーレもセントラルMF、左サイドアタッカーの両方で起用が考えられ、前線の争いは熾烈になりそうだ。昨季最大の発見となった21歳のトルコ代表アタッカー、ウンデルは好調を保っており、他のビッグクラブとの争奪戦となった22歳のチェコ代表シックもアピールの機会を虎視眈々と待つ。
ビルドアップと司令塔型SBコラロフ
[4-3-3]のシステムをベースとするローマのビルドアップは、デ・ロッシがCBの間に下りていく連動を得意としている。フロレンツィとコラロフの両SBは高い位置へと進出し、セントラルMFが状況に合わせて下がることでサポート。中長距離の正確なフィードを武器にするデ・ロッシが封じられた局面で、影の司令塔となるのがコラロフだ。キックの精度だけでなく「速度」を武器とする左SBは、右ウイングへのサイドチェンジやセントラルMFへ斜めに通すパスを得意としており、膠着した局面を打開する。
ボールを自陣から繋いでの組み立てを好むローマだが、マンツーマン志向のハイプレスには苦慮する傾向にある。ターゲットマンとして前線に君臨するジェコに長いボールを蹴り込むことは数少ない「リセット」の選択肢だが、主導権を相手に奪われるリスクもある。世界屈指のロングキック精度を誇ったアリソンを放出したこともあり、ビルドアップを封じられた場合の戦術は非常に難しい。
崩しの局面を作り出す「縦パス」
セントラルMFに起用されるクリスタンテ、パストーレ、ペッレグリーニ、チョリッチらは、相手の中盤ラインを突破する位置へと飛び込み、縦パスの受け手になる。ディ・フランチェスコは、鋭い縦パスをCBやSBから供給することで「短時間で相手陣内の深い位置にボールを運ぶ」攻撃スタイルを好んでいる。
2枚のセントラルMFを囮(おとり)にすることで、相手のプレスを誘発する罠も少なくない。正確なスルーパスを供給できるパストーレが「ライン間」でボールを受ければ、一瞬でカウンターに近い状況を作り出せる(画像❶)。
セントラルMF1枚が外に流れることにより、サイドでの数的優位を創出。相手のプレッシングが過剰にサイドに寄ったところで、中央でフリーになるパストーレを使うパターンが今季はよく見られている(画像❷)。
ハーフスペースへ移動する両WG
前述したように、相手のライン間へと入り込むセントラルMFをサポートするには、相手のDFラインを足止めする必要がある。DFラインを押し下げ、パストーレの前にスペースを生む役割を果たすのが、左ウイングのクライファート(またはエル・シャーラウィ)と右ウイングのウンデル。同時に、彼らの動きは左右SBのコラロフ、フロレンツィがオーバーラップする大外のスペースを広げることになる(画像❸)。
ウイングが意図的にカットインし、相手のSBを中央へ動かすことで生まれるスペースをSBが突く攻撃も得意な形だ(画像❹)。
CFのジェコはポストプレー精度も高く、彼が相手CBを引き出しながら下がることによって、ウイングやMFが走り込むスペースを生むパターンも少なくない。例えば、SBからのくさびをジェコが受け、サポートするパストーレを使うパターン。その際、両ウイングはDFラインと駆け引きしながら裏のスペースを意識させることで、くさびのパスへの相手のディフェンスを牽制する(画像❺)。またウンデルやクライファート、エル・シャーラウィは、サイドライン際でプレーする局面では得意のドリブル突破で仕掛ける。
[4-1-4-1]の守備と課題のトランジション
守備のベースとなるのは、デ・ロッシがDFラインの前に位置することで危険なスペースを潰す[4-1-4-1]のゾーンディフェンス。相手陣内でボールを奪取する際は、中盤がマンツーマンで相手のパスコースを消し、激しいハイプレスを仕掛ける。DFラインは高い位置を保ち、オフサイドトラップを狙うこともある。
ボールを奪った局面で、カウンターの起点として期待されるのはパストーレ。彼が持ち運びながら、3トップがスペースを狙うような局面は理想的だ。ただ、現状はオフ・ザ・ボールの連係が未完成。斜めにポジションを入れ替えるようなフリーランを増やして相手の守備をかく乱し、囮になる選手のイメージを共有することが求められる。アタッカーは俊足ぞろいだが、直線的な動きばかりでは読まれやすい。また、3トップを囮として使うことでバイタルエリアにスペースを作り、中盤から走り込むような連動も足りていない。ポジティブトランジション(守→攻の切り替え)の質を高めなければ、少ないチャンスを得点に繋げることは難しい。
ネガティブトランジション(攻→守の切り替え)にも、課題は山積みだ。特に問題は、攻撃における「ビルドアップの機能性」と「積極的な縦パス」にある。前からのプレッシングを浴びると瓦解しやすく、間を通すような難しいボールを狙う意識が強いことで、奪われた瞬間には味方の枚数が足りていないことが多いのだ。SBを攻撃時にも「左右非対称」に配置していることで、少なくとも2枚のCBと攻撃していないサイドのSBは自陣に残っていることが多い。非対称な配置を前提とするシステムが保険として機能はしているといっても、高く保たれたDFラインが非常に脆いのも事実だ。
さらに、一方のSBが高い位置に進出することから自陣へのリトリートに失敗する傾向にある。コラロフとフロレンツィは広い範囲をカバーするタイプではないので、彼らの攻撃参加には工夫が求められる。セントラルMFも積極的に前線に進出するため、時にデ・ロッシと2枚のCBだけで相手のアタッカーを封じなければならない。
最悪のパターンは、両SBが相手のカウンターに追いつけず、前を向いた3人のアタッカーに対してCBが背走しなければならない状態。全盛期のコンパニ(マンチェスター・シティ)のように圧倒的なスピードとパワーでカウンターを鎮圧してくれるCBがいない状況で、このスタイルはリスクも大きい(画像❻)。
今季のローマは、経験豊富な中堅と若手選手のバランスが保たれたスカッドを有しており、適切な戦術を見つけられれば躍進も夢ではない。昨季は欧州の舞台でも素晴らしいパフォーマンスを発揮したように、ディ・フランチェスコの手腕に期待が集まる。しかし、現状のチームは発展途上。新戦力の融合にはおそらく時間を必要としており、チームの意識を攻守両面で共有することが求められる。
Photos: Getty Images
Translation: Kouhei Yuuki
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Profile
ブランコ ニコブスキ
UEFA-Aライセンスを保持し、ボローニャ大学で多くの論文を執筆した学術派肌のマケドニア人指導者。大学卒業後はイタリアに残り、アナリストとしてセリエA・Bのチームに分析を提供した経歴も持つ。バレリー・ロバノフスキーを師と仰ぎ、科学的なアプローチと分析手法でフットボールを解読する。ツイッターアカウント「@NikovskiBranko」も必見。