チームの理解を深めるために。実り多きプレシーズン合宿
指導者・中野吉之伴の挑戦 第九回
ドイツで15年以上サッカー指導者として、またジャーナリストとして活動する中野吉之伴。2月まで指導していた「SGアウゲン・バイラータール」を解任され、新たな指導先をどこにしようかと考えていた矢先、白羽の矢を向けてきたのは息子が所属する「SVホッホドルフ」だった。さらに古巣「フライブルガーFC」からもオファーがある。最終的に、今シーズンは2つのクラブで異なるカテゴリーの指導を行うことを決めた。この「指導者・中野吉之伴の挑戦」は自身を通じて、子どもたちの成長をリアルに描くドキュメンタリー企画だ。日本のサッカー関係者に、ドイツで繰り広げられている「指導者と選手の格闘」をぜひ届けたい。
▼7月24日から8月27日まで、まるっと夏休みにした。
本心は8月15日くらいから準備期間をスタートさせたかったし、そのためのスケジュールも考えていたが、選手の多くが8月下旬まで休暇でいない。8月28日を再開日とし、それ以前に休暇から戻ってきたり、休暇に行かなかったりした選手は早めに始動しているU-17の練習の合流してもらうことにした。
1カ月チーム練習はないが、だからといって選手は何もしなくていいわけではない。こちらからトレーニングメニューを個別に送り、コンディション調整と不足分の補強に取り組んでもらう。ジョギング、インターバル走、柔軟や体幹トレーニングといった内容で、おおよそ2日に1日、日に多くて1時間くらいのメニューを課した。こちらから細かいチェックはしないし、自主的にやらない選手は後で自分が困るだけだ。この年代ともなると時間の使い方、自分との向き合い方はしっかりコントロールできるようになっていなければならないし、少なくともその必要性を認識してもらわなければならない。
ただ、準備期間がスタートした後に選手の動きを見ての実感は、U-16の選手たちはおそらく3~4割ほどしかマジメにやってこなかったようだ。一方のU-17の選手だと、ほぼ全員が取り組んでいた感触がある。それはトレーニング中の態度や立ち振る舞い、集中の切り替えにも現れる。U-17はどんなトレーニングでも自分でスイッチを切り替えて真剣にプレーするが、U-16はまだまだトレーニングを自分で選ぶ傾向が強い。
・楽しい練習
・好きな練習
・得意な練習
・シンプルな練習
でも、そうした練習は誰だってノリノリでやる。ストレスがかかっていないのだから選手からすれば気分的、思考的に相当『楽』だ。でも、そのノリが試合にあるわけがない。公式戦となれば、様々なプレッシャーがかかってくる。時間的、空間的、環境的。そうした状況下でも最適な決断をして、スムーズなプレーができるようになることが求められるのだ。上位リーグでプレーしたければ、間違いなく必要な要素だ。
だが、U-16の多くは認識力や状況判断、一瞬の決断を求められるトレーニングになると、途端に動きが悪くなる。それぞれの状況を把握するのに時間がかかり、プレーが追いつかない。当然、ミスも増える。そうすると、嫌気が差す。ネガティブなスパイラルに落ちていく。指導サイドでも思考的な負荷度は調整するが、そうしたトレーニングの意味と意義を選手個々が受け入れ、自主的に課題を見出していくことが大切だ。
なぜ必要なのか。
どう取り組むべきなのか。
どう受け止めるべきなのか。
トレーニングとは、そこでできなかったことを引きずるのではなく、そこからできるようになるためのヒントを見つけ出していく作業なのだ。それだけにこの1シーズンの間に、U-16の選手たちにどれだけ自己マネージメントの大切さと必要さを伝えて植え付けることができるかが重要になるとみている。
そうしたトレーニング面でのテーマが明確になってくる一方で、自分たちにはお互いにもっとわかり合うための時間も必要だった。チーム内での距離を最適化することは「シーズンをチームとして戦っていく上で欠かせない」大事な時間だ。私たちはみんな人間だ。良いところも悪いところも、ポジティブな面もネガティブな面もある。誰だってそれぞれの好みがある。みなさんだってそうだろう。
「本当に好きというのは、相手の嫌いなことも含めて全部好きなんだ。だから相手の嫌いなところも好きになろう」みたいなことを聞くことがある。師弟関係でも友人関係でも恋人関係でも、そんなことがまことしやかに言われていないだろうか。とても『キレイ』に聞こえるし、言われたら確かに「そうなのかな」と思うところはある。
しかし個人的な意見だが、人間誰だって、嫌いなことは嫌いだと思うのだ。
どれだけ相手の人が好きでも、どれだけ尊敬していても、その人の嫌なところはどうしたって私は嫌いだ。「そこを好きになれ」とは思わないし、「そこを好きになれないなら相手のことを好きじゃないんだ」なんてことはない。無理に好きになろうとしたら、それこそそれが原因でその人のことを嫌いになってしまうことだってある。それも結構な確率で。だからそこをごっちゃにする必要なんてないじゃないか。
「あなたのそうしたところは苦手だし、好ましくない。でも、あなたのことを私は好きだ」
それでいいではないか。時間が経つにつれて気にならなくなることもあれば、自分の思考が変わって馬が合うようにもなることもある。そんなものだ。だから普遍的に強制される『友だち論』に押しつぶされる必要だってない。友だちは100人もいらないし、友だちの作り方だって千差万別だし、距離感だって各々バラバラで構わない。みんなと同じような距離になろうとして、ギュウギュウになって、時に針を刺し合って、それで苦しい思いをすることが正しい人間関係ではないのだから。
だからといって「苦手だから話もしたくないし、近くにいたくもない」というのもよくない。だから大事なのは、それぞれの最適な距離感のとり方を身につけることではないかと思うのだ。苦手な人とでもしっかりと落ち着いて会話ができる距離感と関係性を築く。そうした方がお互いにとってのメリットは多いし、ストレスは少ない。そして、その距離感と関係性は選手間、選手と監督間、監督とコーチ間、とすべての人間関係で築かれることが大切だし、そのための環境を準備することが大事だ。
▼私たちは9月頭に1泊2日の合宿を行った。
お互いにまだわからないことの方が多いし、トレーニングの時だけしか触れ合える時間はない。寝食を共にしたり、休憩時間に話をしたりすることで普段は見ることができない顔を知ることが大切だった。とはいえ無理に深掘りはしない。強制からは何も生まれない。まずはお互いのキッカケ作りだ。できなければキッカケ作りのためのとっかかりとしてでもいいのだ。
行先はフライブルクから80kmほど離れたドイツとフランスの国境に位置するケールという町。ユースホステルがあり、その迎えにケールのクラブが持つグランドが使用できるというが決め手となった。ちなみにグラウンドのレンタル料はいくらくらいだと思うだろうか? 天然芝グラウンドを全面丸一日レンタルする。用具もロッカーも使える。日本だといくらするだろうか? グラウンド使用料で全面だと1日で2~3万円くらい? ケールのクラブからの返答は1日で50ユーロ(約6500円)という格安にもほどがあるレンタル料だった。ドイツのスポーツ環境は本当にどうなっているのだろうか。
トレーニングは3回行った。
1日目に2部練習。2日目の午前中に90分のトレーニング。時にだれることもあったが、総じていい雰囲気の中でトレーニングをすることができた。特に初日の2部目ではレクリエーション要素の高いトレーニングを行い、グループごとに競争する形式にしたこともあってか、何度も「もう1回!」という声が上がってきた。本当はセットプレーの練習もしたかったが、この日はそのまま楽しむことにした。これまでおとなしいと思っていた選手が実は相当熱い子だというのがわかったり、そんなに仲良くないのかなと思っていた選手同士がすごい楽しくしていたりする様子を見て、「なるほど、なるほど」とアシスタントコーチのミヒャエルと確認し合った。私とミヒャエルも部屋でいろんな話をし、お互いのことをこれまで以上に知ることができた。
休憩時間には、みんなで町に行って買い物をする。普段着姿を見るのも新鮮だ。わざわざ部屋に戻って帽子とカバンを取ってくる子もいたりする。歩きながら女の子の話をするのも微笑ましい。かと思えば、近くの川でビーバーを発見して「うぉ、俺初めて見たよ」と興奮したりもする。彼らはピッチ上では選手だが、学校では学生で、家に帰れば子どもだ。そして、そのどれもが彼らの真実だ。どれかのサイドだけではなく、どのサイドからも彼らを見てあげなければならない。
初日の夕食では近くのイタリアンレストランに出前を取ったのだが、パスタを注文した子にフォークがついてこないというハプニング。ミヒャエルが店まで走ってフォークを獲得して戻ってくるとみんなが大拍手で迎える。2日目の朝には散歩してフランスへとつなぐ橋を一緒に渡った。天気も良く、同じ景色をみんなで見て、思い思いに感じる。いい時間を過ごせた。
その後、シーズンインまで行われたテストマッチでは4試合で4勝。戦い方も、試合への準備も、起用法もだいぶ見えてきた。だが、準備は準備でしかない。どれだけ真剣に取り組んでも、テストマッチはやはりテストマッチだ。公式戦とは違う。公式戦に向けてどのように準備するのか。そこが問われるところであり、そこからどのように調整し、発展させていくかが重要になる。手ごたえはある。でも不安もある。勝負の時は迫ってきていた。
■シリーズ『指導者・中野吉之伴の挑戦』
第一回「開幕に向け、ドイツの監督はプレシーズンに何を指導する?」
第二回「狂った歯車を好転させるために指導者はどう手立てを打つのか」
第三回「負けが続き思い通りにならずともそこから学べることは多々ある!」
第四回「敗戦もゴールを狙い1点を奪った。その成功が子どもに明日を与える」
第五回「子供の成長に『休み』は不可欠。まさかの事態、でも譲れないもの」
第六回「解任を経て、思いを強くした育成の“欧州基準”と自らの指導方針」
第七回「古巣と息子の所属チーム。年代もクラブも違う“二刀流”指導に挑戦」
第八回「本人も驚きの“電撃就任”。監督としてまず信頼関係の構築から」
第九回「チームの理解を深めるために。実り多きプレシーズン合宿」
第十回「勝ち試合をふいにした初陣で手にした勝ち点以上に大事なもの」
第十一回「必然だが『平等』は違う。育成における『全員出場』の意味とは?」
■シリーズ『「ドイツ」と「日本」の育成』
第一回「育成大国ドイツでは指導者の給料事情はどうなっている?」
第二回「『日本にはサッカー文化がない』への違和感。積み重ねの共有が大事」
第三回「日本の“コミュニケーション”で特に感じる『暗黙の了解』の強制」
第四回「日本の『助けを求められない』雰囲気はどこから生まれる?」
第五回「試合の流れを読む」って何? ドイツ在住コーチが語る育成
※本企画について、選手名は個人情報保護のため、すべて仮名です
Photos: Kichinosuke Nakano
Profile
中野 吉之伴
1977年生まれ。滞独19年。09年7月にドイツサッカー連盟公認A級ライセンスを取得(UEFA-Aレベル)後、SCフライブルクU-15チームで研修を受ける。現在は元ブンデスリーガクラブのフライブルガーFCでU-13監督を務める。15年より帰国時に全国各地でサッカー講習会を開催し、グラスルーツに寄り添った活動を行っている。 17年10月よりWEBマガジン「中野吉之伴 子どもと育つ」(https://www.targma.jp/kichi-maga/)の配信をスタート。