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PSGへ着実に浸透するトゥへル哲学。5レーンの多様なポジショニング

2018.11.19

PSG×トゥヘルで何が生まれるか。アンチェロッティ、ブラン、エメリが成し得なかったCL4強の壁を破るべく、稀代の戦術家はスター軍団に様々な実験を施している。WEBサイト『Total Football Analysis』掲載の記事に加筆・修正を加えた分析から、シーズン序盤戦の彼らの試みを読み取ってほしい。


 45歳のドイツ人指揮官トーマス・トゥヘルは、欧州フットボールの世界でも難易度の高い仕事に挑むことになる。パリ・サンジェルマンはフランス国内で圧倒的な戦力を誇り、CLでも常に決勝ラウンドでの躍進を求められる。彼らが越えなければならない期待値のハードルは、非常に高い。

 過去に率いたドイツ国内のクラブにおいて、トゥヘルは優れた戦術的柔軟性によって評価を高めてきた。試合ごとに相手の特性に合わせるように布陣を変化させていく戦術家は、PSGでは[4-3-3]を基本フォーメーションとして採用する可能性が高い。2人のCBにはボール供給能力が求められ、中盤の底ではMFがスペースを消しながらビルドアップの起点となる。2枚のセントラルMFはSBやウイングとのポジションチェンジを多用するなど、広い範囲を動き回りながら試合に絡んでいく。

 CBでは、ブラジル代表でもチームの中心としてプレーし、世界屈指のCBとして知られるチアゴ・シウバと、安定した守備でチームに落ち着きを与えるブラジル代表マルキーニョス、球際の強さと機動力が武器のフランス代表プレスネル・キンペンベがポジションを争う。シャルケから獲得したケーラーも左SB以外すべての守備的なポジションをこなすことが可能で、安定したプレーに定評がある。今季は3バックやマルキーニョスを中盤で起用するオプションも試しており、守備を強化するパターンになりそうだ。

 MF陣は、攻守に完成度の高いアドリアン・ラビオ、狭いスペースを切り裂くドリブルと正確なパスを武器とするマルコ・ベラッティを中心に、流動的にメンバーを組むことになる。そして前線には、ロシアW杯でフランス優勝に寄与した怪物キリアン・ムバッペ、ブラジルの至宝ネイマール、ウルグアイ代表エディンソン・カバーニに、献身性と優れたテクニックを兼ね備えるアンヘル・ディ・マリアやドイツ代表で活躍するユリアン・ドラクスラーなど豪華な面子がそろう。中央でネイマールやムバッペを“偽9番”として活用するオプションも備えており、前線の破壊力は欧州屈指だ。


ハーフスペースからの攻撃

 オフ・ザ・ボールの動きにおいて、PSGの選手はハーフスペースでのポジションチェンジを多用する。セントラルMFがSBとCBの間に下がってくると、SBが連動して高い位置にオーバーラップ。このSBの上がりに呼応するようにウイングはハーフスペースに移動し、ボールを受けながらターンして前を向くプレーを狙う。セントラルMFは低めのポジションでボールを受け、斜めのパスを積極的に狙っていく(画像❶)。

セントラルMF(エンクンク)がSBとCBの間に下がる。同時にSBは高い位置へ、ウイングはハーフスペースに移動

 2枚のセントラルMFの位置取りは、アタッカーのスペースを生み出す重要な鍵となる。状況に応じて、ダブルボランチに近い形へと可変するパターンも見逃せない。特にラビオは中盤の底に位置するMFに並ぶように下がっていくプレーを得意としており、その動きによって相手の中盤を呼び寄せる。結果、ハーフスペースやラインの間にスペースが生じやすくなるのだ。ネイマールをゼロトップ的に起用する場合は、彼の下がるスペースを作ることも可能となる(画像❷)。

ラビオが中盤底のMFと同列に降り、相手を誘い込む。これによりハーフスペースに生じたスペースをネイマールが使う

 セントラルMFは相手のラインを突破するようなパスを出すことを求められており、常にリスクと隣り合わせの状況にある。とはいえ、PSGはボールを奪われても5人程度は自陣に残っていることが多い。危険なカウンターへのリスクを軽減しているものの、一方でセントラルMFがペナルティエリア内に入っていくようなプレーは少ないのだ。アタッカーの圧倒的な質的優位性によって国内リーグでは勝ち抜けるが、欧州の舞台ではエリア内に数的優位を生み出すような攻撃方法も必要になってくる。


オーバーロードとアイソレーション

 その点では、今季はディ・マリアがキーマンの一人になるかもしれない。彼はハーフスペースから逆サイドのハーフスペースを狙うようなパスを得意としている。ディ・マリアのパス供給能力によって、ネイマールやムバッペを“孤立”させることは一つの重要な戦術だ。

 片方のサイドにオーバーロード(密集)の状況を作り出し、ウインガーをアイソレーション(孤立)させることは、突破能力に優れたPSGにとって欠かせないパターンとなる。ポジショナルプレーの信奉者としても知られるトゥヘルにとっては、慣れ親しんだ概念だろう(画像❸)。

ディ・マリアが右のハーフスペースから左のハーフスペースへとパスを展開


選手の位置取り

 トゥヘルのスタイルにおいて、サイドを広く使うことは基本となる。深さはストライカーの動きによって作り出し、両セントラルMFはハーフスペースへと侵入。SBには右にベルギー代表ムニエと現在は負傷離脱中のダニエウ・アウベス、左に新加入のベルナト、クルザワ、今季開幕から出番を得ている19歳エンソキと、両サイドに攻撃力のある選手を擁しており、彼らが高い位置にポジションを取る。大外のレーンをSBが担当し、ハーフスペースに人数を費やすことで、バランスの良い配置で両サイドを広く使うことが可能になるわけだ。同時に陣形を全体的に押し上げることに成功しており、ボールを失った際には即時奪回に移行できる(画像❹)。

 練習場でもトゥヘルは常に、ピッチ上にダイヤモンドを作り出すことをチームに意識させており、パスコースを常に生み出し続けることを選手に求めている。また、ドルトムント時代よりもロングボールを多用することになるだろう。


中央へと追い込むプレッシング

 PSGは[4-3-3]の状態からプレッシングを仕掛け、SBを外から中へと追い込む。2枚のセントラルMFは、マンツーマンで相手の中盤へのパスコースを封殺。中盤の底に位置するMFは、縦パスのコースを消しながらバランスを保ち、ロングボールを蹴られた場合にセカンドボールを拾うことに備えてDFラインに近い位置をキープする。さらには中盤のカバーリングも求められるので、そのポジショニング精度はチームのパフォーマンスに直結する。そのトゥヘル流の一例として、今季リーグ1初戦のカーン戦(○3-0)では、セントラルMFが高い位置に進出することで、相手の4バックに対して4人でプレッシングを敢行。4バックは高いラインを維持しながら、裏へのボールにも対応できるようにCBは体の向きを斜めに保っている(画像❺)。

 トゥヘルはすでに、少しずつPSGというチームに自らの色を加えている。ポジショニング的な構造はPSGの戦力に噛み合う予兆を見せており、ネイマールの使い方を中心に柔軟な攻撃が可能になりそうだ。圧倒的な個人能力を誇るアタッカー陣を封じられた時、どのようにチームで崩すことができるかが今後着目すべきポイントになるだろう。若いチームに窮地から生き抜く経験を伝えるという面では、ユベントスから加入したジャンルイジ・ブッフォンの存在も大きい。W杯におけるレ・ブルーの飛躍を追い風に、欧州の舞台でもフランス旋風を巻き起こせるだろうか。

戦術家であるとともに、冒険を恐れない野心家で、信念を貫くためには諍いも辞さない熱血漢で、選手の私生活や食生活にも目を光らせる管理体質で、独・英・仏語を操るマルチリンガルでもあるトゥヘル


Photos: Getty Images
Translation: Kouhei Yuuki

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トーマス・トゥヘルパリ・サンジェルマン

Profile

マックス バーグマン

UEFA-Bライセンスを保有し、主にユース世代の指導に携わる。アナリストとしての評価も高く、『Total Football Analysis』(@TotalAnalysis)などに数々の分析を寄稿している。

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