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柳沢敦を評価するための指標!? 近未来のデータ「ゴール期待値」

2018.10.16

TACTICAL FRONTIER


サッカー戦術の最前線は近年急激なスピードで進化している。インターネットの発達で国境を越えた情報にアクセスできるようになり、指導者のキャリア形成や目指すサッカースタイルに明らかな変化が生まれた。国籍・プロアマ問わず最先端の理論が共有されるボーダーレス化の先に待つのは、どんな未来なのか? すでに世界各国で起こり始めている“戦術革命”にフォーカスし、複雑化した現代サッカーの新しい楽しみ方を提案したい。


 経験主義に依存する曖昧な、だからこそ美しく予測不能なスポーツとして愛されているフットボールにも、数値とデータの専門家が変革を迫っている。14-15シーズン、デンマークの中央に位置する都市ヘアニングを本拠地とする小さなクラブがその火種となった。その名は、FCミッティラン。定員が1万2000人という小規模なスタジアムに歓喜の渦を巻き起こし、彼らはクラブ史上初の優勝を成し遂げる。その原動力になったのが「統計データの分析」だ。

 「革命」の旗手となったのが、マシュー・ベナム。名門オックスフォード大学で物理学を専攻した青年は、10年を経ない短期間でバンク・オブ・アメリカの副社長となる。2001年、プレミアム・ベットのトレーダーとしてギャンブラーの道へ踏み込むと、その才覚を発揮。トレーダーの枠には収まり切らない男は、スポーツベッティングの会社を経営することになる。数字のスペシャリストはフットボールを愛していることでも知られており、2012年にイングランド2部リーグに所属するブレントフォードを買収。自らの哲学がフットボールの世界でも通用する実感を得ると、2014年にはデンマークで革命の種を植えることになる。

 映画『マネー・ボール』のモデルであるビリー・ビーンと同様に、ベナムは数量的なデータ分析やアルゴリズムに心酔している。「得点や勝敗には『ノイズ』が含まれる」と断言する彼にとって、主たるデータの使用目的は「不確定要素の除外」だ。フットボールの世界でも、得点には様々な不確定要素が付きまとう。シュートが相手に当たってコースが変わることもあれば、ボールがイレギュラーバウンドすることもある。意図した形でなくとも相手のDFがたまたま目の前にいなければ、当然ゴールを決める大きなチャンスとなる。


「ゴール期待値」の目指す世界

 前置きが長くなってしまったが、ミッティランが分析に採用する指標の1つである「ゴール期待値(Expected Goals)」について説明しよう。ゴール期待値とは、端的に表現すれば「シュートがゴールに繋がる可能性を数値化した指標」である。サムエル・テイラーを中心としたグループの研究は、2002年の日韓W杯で記録された930本のシュートと93のゴールを分析。彼らはシュートの成功に相関する主要なファクターとして、「ゴールまでの距離」「ゴールに対する角度」「シュート時に最も近い相手のDFが、少なくとも1m離れているか否か」の3つを抽出することに成功した。

 2000年代の学術研究を基盤に、1996年に創設されたデータ分析企業Optaが提供しているデータを使用することでゴール期待値はオープンソース的に発展し続けている。その中心を担うマイケル・カレーは、「欧州で圧倒的な人気を誇るフットボールのデータ分析は、野球を中心としたアメリカのスポーツと比べて遅れている」と主張する。彼は「野球の統計データマニアを、フットボールの世界に」という座右の銘を掲げ、様々な試合のゴール期待値を図示化。統計上の数値に過ぎなかったゴール期待値を、四角形の位置・色・大きさで表すことによって、感覚的な理解を可能にした。

マイケル・カレーのTwitter( @Caley_graphics )より抜粋

 上図の四角形はシュートの位置を示し、大きくなるほどに「ゴール期待値が高い」。また、ゴールに繋がったシュートは「ピンク色の四角形」で表現されている。

 例えば、データを抜粋したのはプレミアリーグ第4節マンチェスター・シティ対ニューカッスル。この試合は、2-1でマンチェスター・シティが勝利した。同試合をゴール期待値で比較すると、2.5(シティ)対0.5(ニューカッスル)となっており、ゴール期待値の差に比較的近い結果になったことがわかる。Twitterで無料公開することによって、一般的なフットボールファンが新しい統計的指標に触れることになった功績は大きい。

 ゴール期待値と実際のスコアが大きく異なるケースは、ビッグチャンスを枠外に外してしまうパターンや、相手GKにセービングされてしまったパターンなどが考えられる。入る確率の低い位置からのスーパーゴールも同様に、実際のスコアとゴール期待値の差を生む要因となる。17-18シーズンのCL決勝、ギャレス・ベイルが決めたオーバーヘッドキックのゴール期待値は0.02。50回に1回しか入らないシュートをゴールに繋げてしまう怪物は、統計学の予測すら覆す。

 現在もゴール期待値は様々な要素を追加することで進化を続けており、指標としては定まっていない。データ手法が異なれば、同じように「ゴール期待値」と呼ばれる指標でも、算出される数値は異なってくるのが実情だ。学問的な統合が進むことで、より完成度の高い指標となる日も遠くはないだろう。


“柳沢敦”を評価するための指標

 端的に言えばゴール期待値は、柳沢敦のような選手を評価する指標として発展する余地がある。鹿島アントラーズで活躍した名ストライカーは、オフ・ザ・ボールの精度と精緻なポジショニングを武器に活躍した。その一方で、ゴール前での決定力不足を揶揄されることも多く、メッシーナ時代は主にサイドMFでの起用となった。彼のような「動き出し」や「ポジショニング」に優れた選手を従来の指標で評価するのは難しく、得点だけで比較すれば「不確定要素」の除外が難しい。

 前述したミッティランでは、スカウトが選手を評価する際にゴール期待値を活用していることでも知られる。彼らはストライカーを獲得する時に、その時点での能力だけに惑わされることはない。例えば、ナイジェリア人FWポール・オヌアチュはゴール期待値が高い選手として評価されていたが、実際のゴール数は少なかった。だからこそ、ミッティランの指導陣は徹底的なシュート練習を義務付け、彼の技術を向上させることに成功。位置取りに優れた201cmの長身選手ということで、ヘディングのトレーニングも増やした。さらに、体勢が崩れた状況でもシュートを狙えるようにバランス感覚を改善。トレーニングによってゴール期待値を実際のゴールに繋げられるようになった彼は、16-17シーズンには23ゴール4アシスト、17-18シーズンには17ゴール8アシストと才能を開花させた。ポジショニングに優れた逸材がいれば、シュート能力は後天的に習得させられる。スカウティングの世界は、統計データの進化によって変貌した。

「ゴール期待値」によってミッティランのスカウトに見出されたナイジェリア人FWオヌアチュ

 同様に、チームの守備を支えるGKを評価する際にもゴール期待値は活用されている。ゴール期待値の高いシュートを浴びる傾向にあるGKは、当然だがセービングの成功率が低くなっていく傾向がある。FWにとってのゴール数と同じように、GKにとっての「セーブ率」というデータも不確定要素から切り離すことは不可能なのだ。「相手チームのゴール期待値」と「実際の失点」から数値を導き出すことによって、GKのセーブ能力を可視化しようという試みも存在している。相手のゴール期待値が高いにもかかわらず、失点が少ないGKは「危険な位置からのシュートを防いでいる」と考えられるからだ。さらに、この指標に「GKのポジショニング」を加えるべきだという論調も存在する。

 ビリー・ビーンは、フットボールというスポーツの複雑さについて下記のように述べている。

 「数的データを分析する時は、データを慎重に精査することに加え、分析方法について完璧に理解しなければならない。なぜなら、フットボールというスポーツにおけるデータ分析のリスクは非常に高いからだ」

 現状に限れば、試合の結果を予測・検証するという目的でゴール期待値を活用することは難しいと思われる。世界のトップレベルに着目すれば、相手にとって「不確定要素となる選手」が存在し、ゴール期待値の差を覆すことも珍しくはない。より洗練された統計データが生み出されるまで、複雑性を内包したゲーム分析は難しいのではないだろうか。一方、選手個人を評価するという観点において、ゴール期待値は革新的な指標になり得る。不確定要素を限界まで削ぎ落すようなアプローチは、環境に左右されない選手の実力を測ることに繋がるからだ。この指標は、いまやフットボールの現場にまで浸透している。あなたの贔屓のチームが獲得した新戦力も、もしかしたら「ゴール期待値」によってスカウトされた選手かもしれない。


『TACTICAL FRONTIER』


Photos: Getty Images

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Profile

結城 康平

1990年生まれ、宮崎県出身。ライターとして複数の媒体に記事を寄稿しつつ、サッカー観戦を面白くするためのアイディアを練りながら日々を過ごしている。好きなバンドは、エジンバラ出身のBlue Rose Code。

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