カルロ・アンチェロッティと2季、ローラン・ブランと3季、ウナイ・エメリと2季、目標のCL優勝は遠かった。そのパリ・サンジェルマンが次に呼んだのが、稀代の戦術家であり厳格な“管理”でも知られる45歳。スター集団とどんな化学反応を起こすのか、楽しみである。
Thomas TUCHEL
トーマス・トゥヘル
パリ・サンジェルマン 監督
1973.8.29(45歳) GERMANY
昨季、CLラウンド16でレアル・マドリーに敗れた瞬間、エメリ監督(現アーセナル)の続投がないことは確定。その後は7月にチェルシーの指揮官を退任するコンテが有力候補に挙がっていたから、フランスではあまり馴染みのないトゥへルが後任に決まった時の空気は“名前は聞いたことがあるけど、どんな監督?”といった感じだった。
2011年にカタール体制になって以来、アンチェロッティ(現ナポリ)以外は、次のブランも、エメリも、クラブ側にとって第一希望の指揮官ではなかった。トゥへルもその一人だ。しかしそれが、彼がここで成功できない、という理由にはならない。とはいえ今のパリ・サンジェルマンにとって成功と呼べるのは「CL優勝」という結果だけであるから、ハードルは恐ろしく高いわけだが……。
フランス国内で語られているトゥへル像は、戦術家、母国語のドイツ語に加えて英語、フランス語も操るマルチリンガル、冒険を恐れない野心家、信念を貫くためには上層部や反発する選手との諍(いさか)いも辞さない熱血漢、私生活や食生活にも細かく目を光らせる管理体質……などなど、究極的には“ついて来たい奴だけついて来い”というタイプだ。彼の言葉を信じてダイエットに励めば、劇的に体が変わる可能性があり、彼の戦術に従えば、自分のベストを引き出してくれる。
ドルトムント着任時(15-17)は、前任者のスタイルを引き継ぎつつ自分色をプラスしてチームを機能させたと言われる。スター軍団になってからのPSGは、ブランもエメリも独創的な戦術を試したものの機能させることはできなかった。プレシーズン中に[3-4-1-2]システムを試すなどさっそく“らしさ”を出しているトゥへルに対し、果たしてPSGの主力選手たちはどう反応するか。
それにしても、彼にとっては厳しいタイミングでの就任だった。W杯出場組多数につき、プレシーズンにじっくり今季のチームを構築する時間は与えられなかった。ほぼぶっつけ本番で開幕を迎えることになったため、その手腕を見極めるには少し待つ必要がある。
7月下旬の海外遠征でのこと。半分以上が10代という若いチームでバイエルン(1-3)、アーセナル(1-5)と大敗を喫したが、18歳のFWティモシー・ウェア(あのジョージの息子)ら将来有望な逸材を生き生きと指揮する姿を見ていると、未完成の若手を中心に彼がチームを育てたら面白そうだと思った。だが、実際に率いるのはすでにタイトルをいくつも手に入れた熟練スター軍団である。トゥヘルは若手、ベテランの区別なく、全員を同じように扱うという。「スター選手たちと一緒にやるのが楽しみだ」と話していたから、お手並み拝見だ。
選手としても監督としてもドイツ以外のリーグは初挑戦で、タイトル歴も16-17の国内カップのみ。だが、彼はカタール版PSGにこれまでいなかったタイプの指揮官だ。それゆえ、誰も成し得ていないCL4強へのはしごをかけてやれるのは彼なのかも? と思えたりもする。地元メディアも「PSGの体質を根本から変えてしまうかもしれない」と期待と不安が入り混じった様子で伝えていた。大成功するにしても大コケするにしても、トゥヘルが今季リーグ1のメインアクトの一人であることは間違いない。
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Profile
小川 由紀子
ブリティッシュロックに浸りたくて92年に渡英。96年より取材活動を始める。その年のEUROでイングランドが敗退したウェンブリーでの瞬間はいまだに胸が痛い思い出。その後パリに引っ越し、F1、自転車、バスケなどにも幅を広げつつ、フェロー諸島やブルネイ、マルタといった小国を中心に43カ国でサッカーを見て歩く。地味な話題に興味をそそられがちで、超遅咲きのジャズピアニストを志しているが、万年ビギナー。