日本サッカーの筋トレ嫌い問題。名前がダメ?神経や動きを鍛える
相良浩平(スパルタ・ロッテルダム/フィジオセラピスト)インタビュー 後編
ハリルホジッチ監督が「デュエル」を強調したことが象徴的だが、現代サッカーで1対1の戦いを避けることはできない。世界の舞台で結果を残すためには「フィジカルを鍛えること」は大きなテーマだ。そこでオランダのスパルタ・ロッテルダムのフィジオセラピストで最新のトレーニング事情に精通している相良浩平氏に、今欧州の最先端では何が起こっていて日本はどうするべきかを聞いてみた。
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サッカーに適応させる2つの方向性
1つはジムトレーニングをサッカーに近づける。もう1つは、ピッチ上に筋トレの要素を含める
── その流れで聞きたいのですが、レイモンド・フェルハイエンのサッカーのピリオダイゼーションは「サッカーのトレーニングはサッカーをすることでしか鍛えられない」という大原則がありました。ジムでの筋トレはその原則に反しますよね?
「理想はジムではなくピッチでやることだと思います。2つ方向性があって、1つはジムトレーニングをサッカーに近づけていくこと。もう1つは、ピッチ上のトレーニングに筋トレの要素を含めることです。例えば、股関節を安定させた状態で爆発的に股関節を伸ばす状況を作りたいとしたらピッチ上の1対1の中でやりたい。それでも解決できない場合は相手を置かない状態でやる。それでも無理ならジムでやるといった流れですね」
── 相良さんはジムでの筋トレを週2回、時間は45分から1時間、16~18種目やるとうかがいました。それはジムで行うトレーニングの中で、いかにサッカーに近づけるかという狙いですか?
「3、4種類の筋トレをやる場合、膝の周囲、股関節の周り、体幹、大胸筋の筋トレをするとして、結局サッカーの中でそれら4種類の筋肉を使う場合、いろいろな状況で起こるわけですね。単純にスクワットの場合、サッカーの状況には大臀筋を爆発的に使用することがたくさんあって、いろいろな形で大臀筋に刺激を与える形を考えないといけないと思います。そうすると、たった1つだけのトレーニングではなく、いろいろな体勢だったり、いろんなトレーニングの種類を使った方がいい。その結果として大臀筋を鍛えるためのトレーニングをしていることは一貫していてそれを何種類もやっています。いろいろな状況で発揮できるようにしているので種目が増えるんです」
── 1つの種目にかける時間は?
「1つの種目をやった後、間が空いて2、3分休憩を取ってから次のトレーニングに行くのが多くの人のイメージだと思います。でも僕らは十数種目並べておいて、1種目目が終わったらすぐに2種目目に移って、基本的にほとんど休憩を取らないようにやっていきます。サッカーは1つのアクションがあってから2分も3分も休憩できないですから」
── もう1つのピッチ上でやる筋トレについては?
「サッカーで起こるアクションを分解してトレーニングに落とし込むやり方です。今ちょうどレイモンド・フェルハイエンが体系化を進めているのですが、サッカーはベーシックアクションで成り立っています。例えばデュエル、プレス、方向転換、ボールキープなどサッカーのプレーを様々なフットボールアクションに分解する。その下にベーシックアクションとベーシックムーブメントがあります。
フットボールアクションはいくつかのベーシックアクションから成り立っていて、プレスを例にすると『スプリント&ストップ』、あるいは『ストップ&スプリント』。止まってから方向転換して相手の動きに合わせることがあるので、スプリントしてからストップするだけじゃなくて、ストップしてからもまたスプリントする動きが加わるんです。こうしたいくつかのベーシックアクションがあって、例えばスプリントしてストップする瞬間に重要なのは股関節、骨盤、膝、体幹の安定性です。それを『ストップ&スプリント』の状態で安定できるようにしています。それが無意識のうちにできるようになれば、サッカーの状況の中でプレスに行った時も素早くスプリントができて、素早くストップができるようになります。試合やトレーニングの状況の中で定量的に数値化するのは難しいですが、映像を撮影してその違いを見ながら評価する形です」
── 新しいトレーニングは、ジムの中で鍛えるわけではなく、ピッチでやるものなんでしょうか?
「両方やる予定でいます。ベーシックアクションとか、よりフットボールアクションに近いものになると、ピッチ上でやります。股関節の安定性、膝の安定性などフットボールアクションの下支えになるベーシックムーブメントは、室内でもできると考えています」
── 骨盤、膝、体幹といったベーシックムーブメントはジムで、「スプリント&ストップ」のようなフットボールアクションの部分はピッチ上で、両方を組み合わせるんですね。
「結局、筋力トレーニングをする際、午後に行う予定になるので、1日に2回ピッチに立たせるのは、選手にとって負荷が高過ぎます」
── 今のトレーニングは75~90分で高強度で行う流れなので、限られた練習時間でどのトレーニングをどこに割り振るかは難しい問題ですよね。
「そうですね。結局、サッカーを細分化してしまうとそういった問題が起こってしまうので、できるだけサッカーの中で統合的にトレーニングできるのが一番だと思っています。アイディアとしては、コンディショニングトレーニングの時間に兼ねてしまうのを考えています」
日本人の「デュエル問題」
個人に特化したトレーニングをやるべきで、日本人全員が体を大きくする必要はない
── ここまでの話を踏まえて、日本人と筋トレの話に行きたいと思います。今回のW杯でもそうでしたが、明らかに胸板の厚みやサイズが違ってくると1対1のぶつかり合いで不利になります。筋トレをどうするかは日本でも議論が分かれていますが、相良さんはどうお考えですか?
「車と車がぶつかるイメージで説明すると、トラックに普通の乗用車がぶつかったらトラックが勝ちます。同じスピードでぶつかったら大きい方が有利です。それは事実ですが、個人の目的に合わせないといけないと僕は思っています。ヒョロっとした体格の将来有望な17歳のCBの選手がいたとして、このまま23、4歳に成長した時を想定すると、おそらく通用しないだろうとなりますよね」
── 激しく当たり合うポジションですからね。
「そういう場合、大胸筋や肩周りの筋肉をつけていくことになります。爆発的な動きの中で、課題となっている箇所をトレーニングをする。ただ、そうした筋肉を大きくするトレーニング自体がサッカー選手全員に必要ではないですし、サッカーのトレーニングで鍛えられないものは、それは個人のトレーニングの範疇になります。
サッカーの場合、11対11をすると、自然とポジションごとに動きがカスタマイズされるんです。FWの選手はFWの動きをするし、SBならSBの動きをする。でも筋力トレーニングの場合、例えばスクワットをした時に、FWの選手が特別な形でするわけではなく、SBでもみんな同じ形でやりますよね。それでは効率が悪いので、それぞれ個人の目的、目標に合ったトレーニングのプランを考えないといけません」
── DFは相手のアクションに合わせたリアクションが求められますよね。
「そうなんです。FWの選手であれば、相手を背負いながらボールをキープするアクションをするなど、いくつか方法を仕分けたりとか、あるいは年齢によって分けたりとか、ポジションによって上半身の筋肉をつけたりとか、サッカーの文脈に合わせた個人に特化したトレーニングをやっていなければならない。W杯でも体が小さいから活躍できないかと言うと、香川や乾を見たらそれは違いますよね。日本人選手全員が体を大きくする必要はない。今、関わっているオランダ人選手が日本人と比べてゴツいかというと、そうでもないです。そもそも日本人選手がそこにコンプレックス意識を持つ必要があるのだろうか、と疑問に思っています。むしろデュエルで負けてしまうのは、小さい時からデュエルと言えるものがないのが最大の原因だと考えます。体が小さいというよりは、体の当て方を知らない、という方が大きい」
── そもそも接触プレーを嫌がる文化がありますからね。
「それと日本に限らずサッカー界が筋力トレーニングをうまく導入できていない理由として、翌日のトレーニングに影響が出るとか、やり過ぎてしまうことで試合にも疲労感が残ってしまうと考えられてきたのでなかなかできなかったんです。筋肉に大きな負荷をかけるとミクロな筋繊維の損傷が修復するのに48時間とか72時間とか時間がかかってしまいます。そうすると、普段行っている戦術トレーニングに影響が出ます。それも筋力トレーニングを1週間の練習スケジュールに組み込みにくかった要素の1つだと思います」
── 今までは筋肉を壊して大きくするということだったんですよね。
「今まではそうだったんですけど、今後は過負荷の部分で重りによって筋繊維に直接オーバーロードをかけるのではなく、コーディネーションという神経筋協調性や動きの習得、より効果的に動ける状態を作るところへの刺激を与える。それに関してはたくさんの回復時間を要さないので、次のトレーニングを気にしないで練習できます。フランス・ボッシュの言うストレングストレーニングは、コンディショニングトレーニングに抵抗、負荷をかけたものと話しましたが、サッカーのトレーニングの中にも生かしやすいものになっていると思いました」
── 負荷というのは重りだけではなく神経だったり、頭の中の判断も含めてということですか?
「そうです。それも含めて負荷です。筋トレは筋肉を肥大にするイメージがあるので、そこは変えていく必要があります。サッカー選手にとっては筋肉を大きくすることが、そもそもの目的ではないことがほとんどです」
── 相良さんは従来の筋トレとは違うことをやっていますが、選手はどういう反応しますか? 事前に効果を説明したりするんですか?
「説明しないです。今のところ、オランダ語で言うストレングストレーニングだと話しています。『やったことない』という反応をする選手もいますけど、だからといって嫌がることはないです。疑問のある選手は聞いてくるので説明はしますし、選手にとっては『何か良い気がする』と思ってもらえるのが一番大事ですし、それは1つのバロメーターなんです。選手は直感的な部分があって、これは良いトレーニング、これは悪いトレーニングだとわかるんです。それは選手の反応を見れば明らかです」
── それが一番のバロメーターですよね。
「基本的にピッチ上のサッカーと同じように爆発的に動くことをいろいろな形でやっていくので、サッカーに繋がると感じるんだと思います。むしろサッカーと関係ない重りを持ってゆっくり力をかける従来の筋トレを嫌いな選手はいます。直感的に『違う』と感じる部分があるんだと思います。爆発的に速く動く筋トレは、『いいね』という反応が非常に多いです」
── サッカーから独立したジムでの筋トレがあるとして、筋トレベースでサッカーに近づけるアプローチもありながら、相良さんが試みようとしているサッカーのトレーニングから筋トレの効果を得ようとするなど、いろんなアプローチが混在している状況なんですね。
「今はコンディショニングトレーニングに関しても、大部分がゲーム形式のトレーニングになっていますが、もっと負荷をかけたいと判断したら純粋なスプリントを切り出して行っているチームもたくさんあるので、筋力トレーニングもおそらく同じような形になるのかもしれませんね。結局、サッカーからトップダウンで分解していって、フットボールアクションがあり、ベーシックアクションがあり、その動きを改善するトレーニングがあります。それでも足りない部分は、今までのイメージの筋力トレーニングで補っていくようになるのかなと。体の小さい人が体を大きくするために行う独立したトレーニングも残っていくかもしれません。動きを改善するトレーニングだけで補えない部分は必ずあります」
── その場合は、他のトレーニングに影響を及ぼさないようにするため、負荷をコントロールしながらやっていくんでしょうか?
「下半身に関してはサッカーの動きの中だけで改善できますけど、上半身のトレーニングに関してはサッカーの中だけで鍛えるのは難しいのが現実です。肩周り、大胸筋は、ある程度独立したトレーニングでせざるを得ない。逆に言えば、それはサッカーの中で負荷がかかりづらいということなので、下半身にかかる負荷よりもリスキーではないです」
── 相良さんは今季からトップチームに新しい考え方を導入するんですよね。
「サテライトではすでにやっていたので蓄積はあるのですが、トップでいきなり全部を変えてしまうと負荷のコントロールが難しくなってしまいます。いきなり変えた場合に選手の体にどんな反応が起こるのか不確かな部分が多いですから。少しずつ、移行していく予定です」
── 相良さんの言う筋トレには新しい名前が必要ですよね。
「フランス・ボッシュの原書のタイトルは『Strength training and coordination: an integrative approach』(ストレングストレーニング&コーディネーション:統合的アプローチ)と呼んでいますが、まだ正式な名前はありません。1つ言えるのは動きをトレーニングするのであって、筋肉をトレーニングするのではない。ストレングストレーニングと言って筋肉をトレーニングすると誤解されたくないので、何か考えないといけませんね(笑)」
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Profile
浅野 賀一
1980年、北海道釧路市生まれ。3年半のサラリーマン生活を経て、2005年からフリーランス活動を開始。2006年10月から海外サッカー専門誌『footballista』の創刊メンバーとして加わり、2015年8月から編集長を務める。西部謙司氏との共著に『戦術に関してはこの本が最高峰』(東邦出版)がある。