コンテからサッリへ。チェルシーとイタリア人監督の不思議な縁
『戦術リストランテV』発売記念、西部謙司のTACTICAL LIBRARY
フットボリスタの人気シリーズ『戦術リストランテV サッカーの解釈を変える最先端の戦術用語』の発売を記念して、書籍に収録できなかった西部謙司さんの戦術コラムを特別掲載。「サッカー戦術を物語にする」西部ワールドの一端を味わってほしい。
チェルシーが初のリーグタイトルを獲得したのは54-55シーズンだった。テッド・ドレイク監督は若手を積極的に抜擢して話題になっている。57-58シーズンのFW4人の平均年齢は18.5歳、61-62シーズンには28人中19人をユースチーム出身者が占めた。47年に発足したユースアカデミーは52年にディッキー・フォスが監督になって大きな成果を上げ、FAユースカップを連覇したメンバーには伝説的なジミー・グリーブスや監督として大成功することになるテリー・ベナブレスがいた。チェルシーは若手育成で最初の黄金時代を築いたわけだ。ドレイク監督はほとんど練習に顔を出さないことで有名で、トレーニングはアシスタントコーチに任せ切り。新戦力の発掘や移籍交渉に集中する文字通りのマネージャーだった。
70年代にはフーリガンで有名になっている。ホームスタジアムのスタンフォードブリッジは高級住宅地にあり、土地柄からすると凶暴なフーリガンは意外だが、豊かな地区の労働者たちにはそれだけフラストレーションが溜まっていたのかもしれない。
中産階級のイタリア人が多い土地柄
1982年にケン・ベイツが1ポンドでクラブを買収(つまり莫大な負債つき)、それから中産階級ファンの取り込みが本格化した。チケットは高騰、客層も変化した。付近にはレストランなどで財産を築いたイタリア人が多く、彼らを惹きつけるためにジャンルカ・ビアッリ、ジャンフランコ・ゾラといったイタリア人選手を獲得していった。
18-19シーズンから指揮を執るマウリツィオ・サッリは、チェルシーで6人目のイタリア人監督になる。英国人を除くとイタリア人監督の6人は最多だ。2番目はポルトガルとオランダの3回だがジョゼ・モウリーニョとフース・ヒディンクが2回ずつやっている。あとの外国人監督はブラジル、イスラエル、スペインが1人ずつ。イタリアとチェルシーの結び付きはかなり強い。
最初のイタリア人監督は選手兼任のビアッリだった。プレーイングマネージャーはビアッリが三代目で、最初はグレン・ホドル。94年のFAカップ決勝で「交代、俺」をリアルにやってのけた人物である。続いてオランダ人のルート・フリット、その次がビアッリである。選手兼監督にはケニー・ダルグリッシュ(リバプール)の成功例があるものの、やはり珍しい。チェルシーの場合はそれが3人続いた。
クラウディオ・ラニエリは2000年から4シーズンにわたりチェルシーで監督を務めた。兼任でない初のイタリア人監督である。最後のシーズンはCLベスト4、リーグ2位と好成績を残しながら解任され、モウリーニョが後任に収まっている。ラニエリ最後のシーズンはオーナーがロマン・アブラモビッチに代わった。若手中心の緊縮路線で強化を始めていたところ、新オーナーの登場で次々とビッグネームがラニエリの現場に投げ込まれ、あっという間に当初の予定とは正反対のチームになっていた。
ラニエリ監督の課題は、12カ国の選手からなる多国籍軍をまとめること、同時に高額のスター選手たちをローテーションで使って競争させることだった。戦い方を統一して選手間の連係を高め、同時にローテーションを導入するという矛盾する強化を短期間で成立させなければならなかった。ところが、ラニエリはこの無理難題をやりおおせている。イングランド風[4-4-2]に戦術を固定しながら、選手の個性によって戦術に変化をつけるというウルトラCで強引に着地させてしまうのだ。いったん軌道に乗ると、どのチームよりも選手層の厚いチェルシーはマルチ対応のチームとして強豪にのし上がっていた。超攻撃型から堅守速攻まで、3人の選手交代によって変化させる手腕は手品のようだった。
ラニエリの次のイタリア人監督はカルロ・アンチェロッティ、この人も無理難題を何とかする手腕にかけては定評がある。ワンマン型のオーナーの下で力を発揮できる点で、チェルシーのカラーに合っていた。
実は最もプレミア優勝経験監督が多い
プレミアリーグ最多優勝監督はもちろんアレックス・ファーガソンだが、国別にみると実は最も優勝経験監督が多いのはイタリアだ。意外なことにイングランド人監督の優勝は一度もなく、コンテ(チェルシー)、アンチェロッティ(チェルシー)、ラニエリ(レスター)、ロベルト・マンチーニ(マンチェスター・シティ)の4人を輩出したイタリアがトップ。ファーガソン(マンチェスター・ユナイテッド)とダルグリッシュ(ブラックバーン)のスコットランドが次ぎ、ベンゲル(フランス/アーセナル)、モウリーニョ(ポルトガル/チェルシー)、ペジェグリーニ(チリ/シティ)、グアルディオラ(スペイン/シティ)が続く。イングランドとイタリアではプレースタイルやサッカー文化的に水と油のように思えるけれども、イタリア人監督の相性はかなり良さそうなのだ。
共通点はハードワーク。イタリア人はサッカーに関しては緻密で勤勉なので、ハードワークを基調とするプレミアリーグとは相性がいいのかもしれない。イタリア人監督の細かい要求や規制の多い戦術にも、けっこう順応している印象がある。
『戦術リストランテV』発売記念、西部謙司のTACTICAL LIBRARY
・第1回:トータルフットボールの理想のボランチ像はベッケンバウアー?
・第2回:ブラジル「10番」の系譜。PSGのネイマールは「ペレ」
・第3回:FKの名手、ピャニッチの凄さ。ユベントスは名キッカーの宝庫
・第4回:コンテからサッリへ。チェルシーとイタリア人監督の不思議な縁
・第5回:ジダンがいればなぜか勝てる。誰も説明できない不思議な魔力
・第6回:組織でなく組織の中の個を崩す。U-20代表に感じた風間メソッド
Photos: Getty Images
Profile
西部 謙司
1962年9月27日、東京都生まれ。早稲田大学教育学部卒業後、会社員を経て、学研『ストライカー』の編集部勤務。95~98年にフランスのパリに住み、欧州サッカーを取材。02年にフリーランスとなる。『戦術リストランテV サッカーの解釈を変える最先端の戦術用語』(小社刊)が発売中。