柴崎岳は、絶妙な“サス”だった。インスタント・ジャパンを支えた男
「プランC」を見出し、バランスを取る
自動車や電車には、サスペンションと呼ばれる部品がある。車輪から車体に伝わる振動を和らげ、乗り心地や安定性を高める装置のことだ。
柴崎岳は、西野ジャパンの絶妙な“サス”だった。彼のプレーを司令塔と見る人は多いかもしれないが、筆者のイメージは違った。
ロシアW杯の直前、専門誌『サッカーダイジェスト』に掲載された柴崎岳のインタビューでは、ハリルホジッチ解任の理由について、彼の見解が述べられていた。記憶からの引用になるが、「プランAとプランBの意見があるところに、ハリルさんはプランCを提示できなかった」という内容だった。
本番に向けても、本当にハリルホジッチにプランCがなかったのか。それは答えが出ないので、脇に置いておく。
それより、この回答が実に柴崎らしい。AとBの意見がぶつかった時、どちらかに偏ったポジションを取らない。プランCを見出し、バランスを取る。何がきても、どんな状況でも対応できるように。相手の意見を真っ向否定せず、自分の中で咀嚼(そしゃく)し、新たなバランスを生み出す。これは彼の本質的なキャラクターでもある。
プランAをハリルホジッチのサッカーとすると、プランBは本田圭佑、香川真司、乾貴士らのポゼッション派だろう。Aよりも、もっとボールを持って試合をコントロールしたい。ハリルホジッチは最終ラインにMFが下がることを禁止し、厚みを増して縦に運ぶことを要求したが、これは選手からの異論もあった。実際、西野ジャパンになると、長谷部誠が状況を見ながら最終ラインに下がり、前時代にNGとされたボトムチェンジを実践している。
このようなプランBに偏り過ぎると、今度はダイレクトに相手ラインの裏を突くスピード感が失われる。無意味にボールを回してカウンターを食らうのを、座して待つだけだ。これも良くない。
その点で柴崎は、まさにプランCだった。B派の要求に応えつつ、同時にダイレクトなボールも狙う。奪ったボールからすぐに大迫勇也を狙ったり、あるいはセネガル戦の1点目ではダイアゴナルのロングパスで一気に裏を突いたり。アクセントが利き、特にロングパスは効果的だった。コロンビア戦では4本中3本の成功、セネガル戦では5本中4本の成功、ポーランド戦はスタメンも変わったことで3本中1本にとどまったが、ベルギー戦も3本中2本成功。高い成功率を誇っている。また、どの試合も、柴崎は前方へのパス比率が高かった。プランBに傾くチームにおいて、柴崎がダイナミズムを与えたのは間違いない。
味方のチョイスを許容する、状況認知力の高さ
ベルギー戦では81分、その柴崎に代わって、山口蛍が投入された。2人の所作を見て、気づいたことがある。
山口はポゼッション時、ボールを持っている味方に対して、アッチ、コッチと、しきりにボールを運ぶ方向を指示していた。サイドへ運べ、逆サイドへ展開しろと。しかし、柴崎にそういう様子はなかった。ボールを欲しいタイミングで「自分受けられるよ」と足下を示すことはあるが、こうしろ、ああしろとは、あまり味方に指示しない。基本的には味方がどんなチョイスをしようと、受け入れて、その場その場で柔軟に対応していた。まさしく、サスである。
そうやって味方のチョイスを許容できるのは、状況認知力が高いからだ。柴崎は攻守において、ボールが転がっている間に、常に首を死角に向けて振り、状況を確認する。また、ボールに正対せず、角度を半身などにずらし、横目で確認できるボディシェイプを作っている。この視野の広さがあってこそ、AもBも受け入れられる、プランCの働きがあり得た。
一方、守備はどうだったか。柴崎のデュエルは、ボランチに求められるレベルには達していない。相手が10人だったコロンビア戦こそ、7回中6回のデュエルに勝ったが、セネガル戦は6回中2回、ポーランド戦も6回中2回、ベルギー戦は9回中3回と、いずれも低い勝率にとどまった。
しかし、その分、視野の広さとポジショニングを生かしたインターセプト数は突出しており、コロンビア戦は6回、セネガル戦も6回、ポーランド戦は8回、ベルギー戦は7回と、安定して高い数字を出している。また、デュエルで負けるシーンでも、最後まで食らいついて相手の動きを制限するため、少なくとも歴代の司令塔タイプよりは戦えているのではないか。プランCの男は、攻撃だけでなく、守備面でもバランスが取れていた。
今大会、GKとDF以外で唯一、全試合でスタメン起用されたのが柴崎である。ハリルホジッチが作ったベースに、自分のオリジナリティでアクセントをつけていこうとする西野監督が、プランCのサスペンションを、チームの中心に置いた。これは躍進の大きな要因だった。
2カ月のインスタント・ジャパンの限界
一方、大会中に成長したこのチームは、なぜベスト16の壁を破れなかったのか。2-3で逆転負けしたベルギー戦の後、柴崎は次のように振り返っている。
「(このチームには阿吽の呼吸があると感じていた?)そこは正直に言えば、もっともっと長い期間をかけて、ブラッシュアップしていきたい部分ではありました。本当にようやく良いチームになって、形も作れてきている。本大会の最中でそれを感じることができているのは、ちょっと遅いかなという部分もあります。
本当に、これからもっともっとチーム状態が、期間があれば良くなっていく印象を、僕は受けていたので。まだまだこのチームに可能性を感じていましたし、ベスト8に行ける力も、もちろんあったと思いますし。そこは残念ですね。もっともっと、このチームでやりたかったというのはありますね」
この短い発言の中に、「もっともっと」3回。「まだまだ」1回。柴崎は今後の成長の道筋をかなり強く見据えている。先輩たちとは、少しニュアンスが違った。
そして、「本大会の最中でそれを感じるのはちょっと遅い」という柴崎の言葉は、このチームの大きな手ごたえと同時に、2つの限界も示唆している。
一つは、戦略的な柔軟性が欠如していたこと。ベルギーのフェライーニ投入に対して、何も策を打てなかった。『2-0の状況下で相手のパワー攻撃を防ぐ』という、ファーストプランでは対抗できない戦略を実践できなかった。
火事場の好パフォーマンスの前に忘れがちにもなるが、この日本代表は2カ月前のハリルホジッチ解任から始まった、インスタント・ジャパンである。23人のメンバーは最高の11人の組み合わせを見出すためのリストであり、実践的な采配がイメージされたわけではない。交代カードは本田圭佑や岡崎慎司を入れるなど、全体的にワンパターン。守備の修正もできず、相手の大きな変化に対抗するためには、このチームの経験値が足りなかった。
やむを得ない面もある。解任によって主力に返り咲いた選手は、ハリルホジッチとは違うサッカーをしたいと言っていたのだから。その着地点を模索するだけで精一杯である。短期間で11人の最適解にたどり着けただけでも、現場的には成功とするしかない。
もう一つは、コンディションの問題だ。柴崎はベルギー戦の後、こんなことも言っていた。
「今日のパフォーマンスで言えば、納得できてない部分の方が多い。ボールロストも多かったですし。試合の中でやはり、身体が重い感覚もあって、そういったことも自分の課題だと思います。この大会を通して試合に出場させてもらっている中で、連続してやっているのは言い訳にならない。こういった状況でも、自分のパフォーマンスを出さなければいけない。ただ、コンディションの面で、納得いく部分はなかったですけど、その中でやれた部分もありました」
身体の重さについては、柴崎はポーランド戦後も、同じように吐露していた。過密した日程の中で、どうしてもコンディションは下降してしまう。最高の11人を発見することに精一杯だった西野ジャパンでは、控え組の起用が難しく、ポーランド戦は6人の選手を変えたが、あまり機能せず。11人が固定されて、阿吽の呼吸が高まれば高まるほど、交代カードで動きづらくなった。これも、2カ月のインスタント・ジャパンの限界。
柴崎は身体の重さを感じながらプレーを続けた。酒井宏樹はベルギー戦の後半途中に足をつって引きずりながらもプレーした。でも、終盤まで代えられないし、3戦目でも休ませられなかった。
プランCの柴崎を中心とする理想の戦術にたどり着いた反面、W杯という多彩で過密な舞台における、戦略的な限界を露呈した。それが今回のチームだった。
ブラジルW杯、ザックジャパンの追試としては大成功。しかし、もともと今大会でいちばんトライしたかった、W杯仕様の多彩な用兵といった戦略は試せず、その点が敗因となった。
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Profile
清水 英斗
サッカーライター。1979年生まれ、岐阜県下呂市出身。プレイヤー目線でサッカーを分析する独自の観点が魅力。著書に『サッカーは監督で決まる リーダーたちの統率術』『日本サッカーを強くする観戦力 決定力は誤解されている』『サッカー守備DF&GK練習メニュー 100』など。