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グアルディオラ以降の新たな世界。欧州で起きている「指導者革命」

2018.07.13

『モダンサッカーの教科書』から学ぶ最新戦術トレンド 第3回


書籍『モダンサッカーの教科書』は、ヨーロッパのトップレベルにおいて現在進行形で進んでいる「戦術パラダイムシフト」を、その当事者として「生きて」いるバルディとの対話を通して、様々な角度から掘り下げていく一冊だ。

この連載では、本書の中から4つのテーマをピックアップしてモダンサッカーの本質に迫る。第3回はまさにバルディが体現している元プロ選手以外の台頭=「欧州で起きている指導者革命」の背景を結城康平氏に解説してもらった。


 ペップ・グアルディオラの思想によって加速する戦術のパラダイムシフトは、現代フットボールを緻密な論理によってコントロールすることを目指している。「新世代」の指導者が実力を示し始めた今、彼らを導く「理」について考察してみたい。


集合知の時代

 ペップ・グアルディオラが近代フットボールにおける、1つのマイルストーンになった事実を否定することは難しい。バルセロナで彼が成し遂げたことはアリーゴ・サッキやヨハン・クライフのような「戦術史の分岐点」であった。リオネル・メッシの0トップは、アレックス・ファーガソンが率いるマンチェスター・ユナイテッドを機能不全に追い込み、新たな時代の到来を高らかに告げた。

 しかし、「0トップ」や「ビルドアップの手法」自体はグアルディオラ本人が認めているように「戦術史を読み解けば、見つけ出すことが可能なシステム」であり、先進的なものではなかった。実際、0トップだけを参考にしようとした多くの指揮官は苦しみ、表層的なグアルディオラの模倣は不可能であることが明確となった。

 そこから数年を費やした継続的な研究により、グアルディオラの偉業は徐々に「メソッド化」されていく。さらに彼の思想において根幹となった概念であった、スペインのフットボールにおける「ポジショナルプレー」が解読されることによって、グアルディオラの戦術は「再現可能」となる。多くの研究者がオープンに自分たちの発見を共有しようとしたことで、言語の壁を超えた知識の集約が進んでいった。インターネットを代表となするテクノロジーの進歩も、当然この「急速に知の集合が可能となった」現象に影響している。


「多文化×解釈」の化学反応

 トリノやミランのコーチングチームでミハイロビッチを支えたレナート・バルディも、まさにグアルディオラの思想に賛同する「新世代」の1人だ。興味深いのは、スペインの文化を共有しないイタリア人の若手指導者にも「グアルディオラの影響」が及んでいることにある。ポジショナルプレーについても造詣の深い彼は、グアルディオラの理論をイタリア的な思想から「再解釈すること」に成功している。

 もともと、グアルディオラはポジショナルプレーを誰よりも巧みに「解釈した」と評されており、理論は個々の経験や環境をベースとして適用されなければならない。実際、グアルディオラを解釈者として一流としたのはバルセロナでの教育だけでなく、選手として経験したイタリアやメキシコの戦術でもあった。グローバリズムは境界を希薄化させ、グアルディオラは越境者として恩恵を得たのである。

 例えばバルディのイタリア的解釈は、イタリアの地でポジショナルプレーという哲学を根付かせることを可能とする。保守的なイメージが強いイタリア人監督でもマウリツィオ・サッリ、マルコ・ジャンパオロといった指揮官がポジショナルプレーの原則をそれぞれ異なった方法論で解釈することで、チームに落とし込んでいる。

 世界王者に上り詰めたドイツにも、グアルディオラの影響は見られる。バイエルン時代の指導から「ハーフスペース」という概念が抽出され、ドイツサッカー協会の指導者教育にも取り入れられていることは好例だろう。ラルフ・ラングニックのゲーゲンプレッシングを受け継ぐ若手指導者たちにとっても、ポジショナルプレーの哲学は親和性を持ったものだ。即時奪還を目指す上で攻守の流動化は進み、トランジションの段階に着目が集まることになる。

 攻守の分類が「2つの分断された段階」から「4つの流転する段階」へと変化したことは、指導者にとって革命的な変化だった。それは攻撃時の位置こそ、守備を開始する位置となることを示唆している。トッテナムのマウリシオ・ポチェッティーノがミドルプレスを好むのも、中盤に誘い込んでからの攻撃こそが「彼らの真骨頂」であることを示している。その連関は、同時にビルドアップの価値を高めていくことになる。自分たちが陣形を組むことを目的とすれば、相手から可変する時間を奪い取る必要がある。そこで、数的優位を保てる後ろからのビルドアップが活用されるわけだ。


「経験と感覚」から「知識と論理」へ

 グローバル化による「戦術の均一化」とまでは言い過ぎかもしれないが、「戦術の同質化」は、様々なところで確認できる事象となっている。同時に、新世代の監督像が「元選手による、経験を重視した感覚的な職業」から「知識と分析力が求められる論理的な職業」へと変化したことも見逃せない。名選手であったグアルディオラが戦術史を学ぶだけにとどまらず、他のスポーツからも貪欲に情報を吸収しようとしているように、選手としての経歴に頼る時代は終わりを告げた。

 同時にジョゼ・モウリーニョを筆頭としたポルトガルの指導者が世を席巻したことで、彼らを育んだ「アカデミックなアプローチ」の重要性はさらに強調されるようになる。ユリアン・ナーゲルスマンを筆頭としたドイツの若き指導者たちも、広い範囲の知識を統合することでチームを率いる。論理と哲学の融合は近未来的なアプローチだが、ザルツブルクに引き抜かれた「元戦術ブロガー」であるレネ・マリッチは、常にフットボールの世界に疑問を投げかけるようなアプローチによって選手の感覚と最先端の戦術を融合させようとしている。

 知識の共有は効率的な方式を導き出し、英語という共通言語を介することで「メソッド」として広がっていく。前述したようにインターネットの発展も、情報共有を飛躍的に簡単なプロセスへと変えた。「様々な情報にアクセスしながら、それを自らの指導に使うために解釈する」ことが重要となっている今、重要なのは研究者と同じように「適切な参考文献を選び、読み解くスキル」であり、「データや類似研究によって研究を補強するスキル」であり、「議論の中で自らの研究を発展させるスキル」となったのだ。ドイツのフットボール教育でも議論は重要視されており、特に「異なるバックグラウンドを持つ多様性のあるグループ」が新たなアイディアを生み出すと考えられている。

 価値基準の変化によって、レナート・バルディのような新世代の指導者は「海外のフットボール」にも一定以上の知識を有しており、学ぶべきポイントがあれば躊躇なく吸収する。グアルディオラの思想に共感しても、彼らは盲目的に思想を模倣することはせず、自らの戦術哲学を作り出していくのだ。ヨーロッパの指導者が南米から学ぶことも珍しくないし、南米の指導者がヨーロッパから学ぶこともある。シメオネやポチェッティーノのようにヨーロッパでの選手経験をベースに、活躍する南米人監督も当たり前になった。フランス代表として活躍したティエリ・アンリやパトリック・ビエラがウェールズサッカー協会で指導者教育を受けたように、「指導者として学ぶ場所」も自らの意志で選べるようになっている。

 ペップ・グアルディオラ以降の指導者は、若くして指導者の道を選択することも珍しくはなくなった。多くの選手が指導者の勉強を現役の間に始め、20代の若さでコーチやアナリストとして活躍する者も少なくない。経験の重要性だけが強調されなくなった今、実力を示せればヨーロッパのトップクラブも夢ではない。変化を続ける現代フットボールの中で、新世代の指導者たちは虎視眈々と機会を待っている。




■『モダンサッカーの教科書』から学ぶ最新戦術トレンド

・第1回:欧州の戦術パラダイムシフトは、サッカー版ヌーヴェルヴァーグ(五百蔵容)
・第2回:ゲームモデルから逆算されたトレーニングは日本に定着するか?(らいかーると)
・第3回:欧州で起きている「指導者革命」グアルディオラ以降の新たな世界(結城康平)
・第4回:マリノスのモダンサッカー革命、CFGの実験の行き着く先を占う(河治良幸)


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Photos: Getty Images

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ペップ・グアルディオラモダンサッカーの教科書

Profile

結城 康平

1990年生まれ、宮崎県出身。ライターとして複数の媒体に記事を寄稿しつつ、サッカー観戦を面白くするためのアイディアを練りながら日々を過ごしている。好きなバンドは、エジンバラ出身のBlue Rose Code。

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