同年齢時のアンリに比べても、成熟している
Kylian MBAPPÉ
キリアン・ムバッペ
1998.12.20(19歳) 178cm/73kg FRANCE
速球投手として有名だった頃の江夏豊は遅い球を使うのもうまかったそうだ。サッカーでも足の速さはそれだけで武器になるが、速いだけの選手は長続きしない。緩急を適切に使えるかどうかは、スピードスターとして大成するかどうかの分岐点かもしれない。
キリアン・ムバッペはまだ19歳だが、緩急の使い方がすでにうまい。よく比較されるアンリの同年齢時に比べると、ムバッペの方が成熟している印象だ。
クレールフォンテーヌ(フランスの国立養成所)からモナコという経緯はアンリと同じ、17歳の初得点はアンリの最年少記録を塗り替えるものだった。スタートダッシュの速さだけでなく、足技のうまさもアンリとよく似ている。ただ、18歳のアンリはとにかく縦へ突っ走るだけのプレーが多かった。U-20フランス代表の時は、対戦相手にファウルされると速いだけに吹っ飛んでしまい、よく治療のためにタッチラインの外に出ていたので、「20分間は10人でプレーしなければならない」などと批判されていたものだ。一方、ムバッペはスピードを抑えてプレーすることもすでに覚えていて、緩急の変化で裏へ抜け出すのを得意としている。アンリが真価を発揮したのはアーセナルへ移籍してからなので、19歳時点の比較はあまり意味がないのだが、現時点ではムバッペに軍配が上がる。
ムバッペが速いのは相手にも十分刷り込まれている。間合いを詰めて前を向かせない、前を向かれたら逆に間合いを開けて背後を取られないようにするなど、ムバッペ対策は取っている。アンリは対策が行き渡った時点で最初の壁にぶつかっていたが、ムバッペはまったく歩みを止めていない。モナコではファルカオ、ベルナルド・シルバ(現マンチェスター・シティ)、ルマルがいて、パリ・サンジェルマンではネイマールなど味方に恵まれたところはあるが、ムバッペ自身が緩急をうまく使えるので単純なスピード対策にはまらないのだ。
例えば、右サイドで間合いを開けて対峙された時には、まず縦に仕掛けるとみせて急停止する。これで余計に間合いが開いたところで、中へ持ち込むような素振りをする。ほんの1、2歩だけボールを動かしながら移動するだけなのだが、相手がそれに釣られて動いた瞬間をとらえて今度こそ縦へ持ち出してぶっちぎる。最初の急で相手が揺さぶられているので次の緩が効く。その次の急は相手の反応次第。縦にも中にも振り切れる条件をすでに作っているのでどちらにも行ける。
シュートフェイントで相手を止まらせてから縦へ、突っかける体勢から一度スピードダウン、相手を引き寄せてから味方との壁パスで裏へ抜ける……ムバッペは急→緩→急での突破をよく使っている(図1参照)。その絶対的な速さをいきなり使うのではなく、より速さが生きるような状況を自分で作り出せている。
ネイマール、カバーニとの共存で新たなプレーの幅を獲得
モナコでのファルカオとの2トップでは、左側を担当していた。ムバッペは右利きだが、シュートへ持っていくには左側の方が都合はいい。PSGでは左にネイマールがいるので右ウイングに変わっている。慣れないポジションでどうだろうと思っていたが、右サイドもすぐに手の内に入れていて順応性の高さを示した。ネイマール、カバーニへのラストパスでは新たな才能も見せている。トリッキーなパスやふわりとした柔らかいボールを蹴れるのだ。スピードの印象が強いが、キックの多彩さも持っている。
ネイマールやカバーニへの遠慮もあるのだろうが、味方を生かすプレーが上達したのでこれはこれで収穫だと思う。
PSGは守備の時はムバッペとネイマールがサイドに開いた位置からカウンターを仕掛けるが、遅攻の時にはウイングが中へ入って来てハーフスペースでプレーする。この役割は主にネイマールがこなしているのでムバッペはさほどハーフスペースでのプレーには関わらないのだが、中へ入ってからのパスワークもかなりうまい。もともとそういうプレーも得意なのかもしれないが、ポテンシャルは計り知れない感じがする。
PSGでは快足ウイングとして外へ張るだけでなく、ハーフスペースでのプレーも求められている。一方、例えばマンチェスターCのサネはウイングとして特化し始めた。スピードを武器にする選手にとって、どちらが成長を助けるのかはわからない。ただ、これまでの成長ぶりを見る限り、ムバッペは戦術的な要請を次々に平らげて自身を大きくしていくのではないか。
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Profile
西部 謙司
1962年9月27日、東京都生まれ。早稲田大学教育学部卒業後、会社員を経て、学研『ストライカー』の編集部勤務。95~98年にフランスのパリに住み、欧州サッカーを取材。02年にフリーランスとなる。『戦術リストランテV サッカーの解釈を変える最先端の戦術用語』(小社刊)が発売中。