サラーにマネ、MF陣までCFに変身させる9番の価値
Roberto FIRMINO
ロベルト・フィルミーノ
1991.10.2(26歳) 181cm/76kg BRAZIL
ロベルト・フィルミーノ。あだ名は「ボビー」。ロバート→ロブ→ボブと訛って派生した愛称で現地のファンに親しまれているブラジル人FWは、他チームのストライカーとは毛色が違う。2015年夏の渡英以来、プレミアのFWでタックルとインターセプトの合計数が最も多いという守備の貢献度を示すスタッツや、クロップ流のゲーゲンプレッシングを体現する走力なども異質だが、その真髄はまた別のところにある。
彼のことを「プレミアリーグで最も過小評価されている選手の1人」と言ったのはクラブOBのキャラガーだ。ケインやアグエロといった生粋の点取り屋たちと同列で語られることはないが、解説者の彼に言わせれば「とてもクレバーで、パスと動き方で敵のポジションをずらすことができる。彼がボールに向かって動き、CBとSBの間のスペースにサラーが走る。とても優れたコンビネーションだ。だからクロップにとっては代役不在の選手なんだ」。そんなキャラガーいわく、「オフ・ザ・ボールの動き」にかけてはフィルミーノがプレミアでトップだという。
今季ここまで、14得点7アシストはいずれもサラーに次ぐチーム2位で、数字も文句なしだ。だが、フィルミーノの持ち味はそれらと違うところにある。彼はゴールともアシストとも異なる、チームで唯一無二のタスクを任されているのだ。今季から9番を背負う彼は、背番号の通りCFがスタートポジションだ。ところが、リバプールのCFは彼だけではない。正確に言えば、システム上の9番であるフィルミーノがサイドに開いたり、中盤に下がったりすることで、空いたスペースにサラーやマネ、はたまた時にはワイナルドゥムやチェンバレン、エムレ・ジャンらが走り、彼らが即席のCFに変身するのだ。いわゆる“偽9番”の役割で、その道においてプレミアリーグでフィルミーノの右に出る者はいない。冒頭のキャラガーの言葉もそういう意味になる。
チームとしてゴールに迫るための最適解
フィルミーノの特徴は“ゴールから離れる”動きを躊躇(ちゅうちょ)しないこと。普通の9番ならゴールへのベクトルが最優先になり、中にはそれしか見えていない選手もいるところだが、彼は横と後ろへの動きが秀逸なのだ。それは、常にゴールから逆算し、自分だけでなくチームとしてゴールに迫るための最適解を考えているからだろう。一連の細やかなポジショニングや囮の動きを、彼は常に考えながらやっている。感性やセンスによる部分もあるのかもしれないが、プレー中に絶えず“首振り”をして周りを見ている彼の様子からは、間違いなくそれが頭をフル回転させて導き出された動きなのだとわかる。
“ちょっと下がる”“ちょっと開く”ことで攻撃に違いを生み出せるフィルミーノの動きは、今季も数々のゴールに繋がっている。例えば4-0で勝った昨年8月のアーセナル戦。この試合で自身が先制点を決めたシーンで、右から味方のクロスが入る際に、彼は意図的にやや後方にポジションを取っていた。彼の前にはサラーとマネが2トップのような形で並び、自身は引いた10番の位置から2人の間に飛び込んで、ヘッドを決めた。仲間を動かし、狙い通りの形を作った場面だ。
12月に再びアーセナルと戦った試合(3-3)でも、フィルミーノが右サイドに敵をおびき寄せて、サラーにスペースを作ってあげた上でアシストを決めたシーンがあった(図1参照)。
また中盤に引いてスペースを作るパターンでは、9月のバーンリー戦(1-1/図2参照)や11月のサウサンプトン戦(3-0)が思い出される。いずれも敵の最終ラインを釣り出し、前者はE.ジャンのロングパスに、後者はコウチーニョのスルーパスにサラーが裏抜けをして決まったゴールだった。目下ゴールを量産中のサラーが得点したシーンを見返していくと、得てしてフィルミーノが右サイドや中盤の深い位置に立っていることが多いのに気づくはずだ。
いずれの場面でも知的な動きでキーマンとなったフィルミーノは、リバプールにとって不可欠な人材になった。1月にバルセロナへと移籍したコウチーニョの穴はもちろん痛かったが、もし引き抜かれたのがフィルミーノだったら、正直クロップはもっと頭を悩ませていたかもしれない。指揮官がフィルミーノに改善を求める点があるとしたら、ゴール後に興奮のあまりユニフォームを脱いでしまい、イエローカードをもらう悪い癖くらいだろう。
Photos: Getty Images
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寺沢 薫
1984年生まれ。『ワールドサッカーグラフィック』編集部を経て、2006年からスポーツコメンテイター西岡明彦が代表を務めるスポーツメディア専門集団『フットメディア』に所属。編集、翻訳をメインに『スポーツナビ』や『footballista』『Number』など各媒体に寄稿するかたわら、『J SPORTS』のプレミアリーグ中継製作にも携わった。