「ほとんど」ノーリスク。リーガ会長の大いなる野望
2018年1月21日、スペインプロリーグ協会(LFP)から1部に5人、2部に4人のサウジアラビア人選手が加入することが発表された。この異例の事態の立役者は、あの史上初のクラシコ13時キックオフを実施した人物と同じ。成長の野望に憑りつかれた“剛腕”会長、ハビエル・テバスである。
スペインの7クラブに9人のサウジアラビア人選手が加入――と聞くと最初の反応は「なぜ?」だろう。サッカー強国でない、しかもブラジル人やアルゼンチン人に使いたい貴重なEU外選手(3枠)を占めてしまう国からの大量移籍。さらに、移籍発表が当該クラブではなくサウジアラビアで行われたとなると、裏に何かがあると疑うのが普通だろう。くんくん。臭う。このオペレーションには濃厚なお金の臭いがする。
この移籍劇の仕組みは単純明快だ。サウジアラビアの選手を獲る→同国の企業がシャツやスタジアム広告に出資することで即金が入る→中期的には、同国でのリーガへの注目度が高まることで放映権料も上昇し、そのお金がLFPを通じてリーガにばら撒かれて潤う――という絵である。
6月末までのレンタル移籍だからクラブ側の移籍金負担はゼロ。スポンサーの収入(1人当たり500万ユーロ=約6億8000万円と試算されている)がまるまる儲けとなる。選手たちは一流の監督やスタッフたちによる指導を受けられるし、世界的なリーグでデビューできればキャリアアップの大きなチャンスとなる。ビジャレアルのサレム・アルドーサリ、レガネスのヤヒヤ・アルシェフリ、レバンテのファハド・アルムワラドについては今夏のロシアW杯への参戦が濃厚であり、欧州の空気に慣れるという意味でも意義は小さくない(DATA参照)。もちろん、彼らが戦力となれば、クラブにとっては経済面だけでなくスポーツ面でも大きなメリット。つまり、スペイン側もサウジアラビア側もWin-Winで大喜び、特にクラブ側にとっては「ほとんど」ノーリスク・ハイリターンというのが今回の大量移籍劇の裏の顔である。
RFEFが噛まなかった理由
かつて、日本人選手のリーガ行きには“スポンサーつき移籍”などの不名誉なレッテルが張られた。乾の活躍によりそのレッテルが剥がされ日本人が実力で評価されるようになるまでには、十数年の年月が必要だった。それをサウジアラビアは、アラブマネーの力で強引に自国選手をねじ込んできた。25人の登録選手枠の1つ、3人のEU外選手枠の1つを金で買ったのである。
クラブにはプレーさせる義務も、ベンチ招集する義務もない。そこは実力勝負。選考の基準についても、「クラブのスカウトがサウジアラビアを訪れて厳しいセレクションを経て選んだ」と説明、サウジアラビア側による強制はなかったとしている。しかし、サウジアラビア人選手の加入によって選手登録枠から外されたり、EU外選手枠が埋まったことで加入の道が閉ざされた選手は確実にいる。「ほとんど」ノーリスクだがマイナス面がないわけではないのだ。
今回の提携の当事者がサウジアラビアサッカー協会とLFPとなっている点に注目してほしい。スペインサッカー連盟(RFEF)は一切噛んでないのだ。なぜか? 選手登録の最後の枠を争うのはクラブ育ちの若手であることが多い。彼らから枠を取り上げてサウジアラビアに売るなんて行為を、育成に力を入れるRFEFが支持できるわけがないのだ。この点、プロリーグの1部、2部計42クラブで構成される業界団体のLFPであれば、リーガの商売繁盛のためにしがらみなく動ける。
クラシコ13時開催がOKなら…
今回の絵を描いたハビエル・テバス会長はアジア、中東、アメリカ市場を今後のリーガ成長のカギと位置づけている。というか、彼の抱くプレミアリーグに追いつき追い越せの野望は、スペイン国内での観客動員やスポンサー開拓が天井に達している現状、海外資本の取り込み以外の方法では果たせるわけがないのだ。
だからこそ、FIFAが難色を示す投資ファンドや第三者保有の積極活用に賛成し、バルセロナと楽天とのスポンサー契約やアトレティコ・マドリーと中国のワンダグループの資本提携に拍手を送ってきた。昨年12月のクラシコがアジアの視聴者に優しい13時(日本時間21時)にキックオフされたのも、彼のリーガ海外売り込み策の一環だった。その一方で、商品としての対外イメージをアップするために、ウルトラスをスタジアムから追放し、八百長疑惑を追及したほか、放映権料の分配率を見直してコンペティションの魅力アップのために尽力してもいる。
“便宜を図ってお金を引き出すために少々の不満は我慢しましょう”という彼のスタンスに反発するファンによる、「テバス、出て行け!」コールを週末耳にしないスタジアムはないが、本人は意に介していない。プロサッカーはしょせん金、という諦観はスペインでも広がっており、選手枠を売るという、スポーツ精神を踏みにじる行為も意外に抵抗なく受け入れられるかも。リアクションに注目したい。
Photos: Getty Images
Profile
木村 浩嗣
編集者を経て94年にスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟の監督ライセンスを取得し少年チームを指導。06年の創刊時から務めた『footballista』編集長を15年7月に辞し、フリーに。17年にユース指導を休止する一方、映画関連の執筆に進出。グアルディオラ、イエロ、リージョ、パコ・へメス、ブトラゲーニョ、メンディリバル、セティエン、アベラルド、マルセリーノ、モンチ、エウセビオら一家言ある人へインタビュー経験多数。