サッカー予想もAIの時代に!?戦況予測サービス「WARP」とは?
近年、目ざましい進歩を遂げるAI(人工知能)。そのAIを用いてサッカーの戦況を予測し、Jリーグの試合結果を予想するサービス「WARP」をご存知だろうか?
いったいどのようにして、AIでサッカーを予測するのか。開発の経緯や戦況予測の仕組み、そして将来的なサッカーとAIの可能性について「WARP」の開発者に話を聞いた。
誕生のきっかけ
データサイエンスやAIを使って、
正しいサッカーの観戦スタイルを作りたい
──まず、「WARP」とはいったいどんなサービスなのか、簡単に説明してください。
金子「WARPは、世界初のサッカー戦況予測AI(人工知能)を搭載した、AIサッカーシミュレーションメディアです。過去の戦績を元にした確率統計や、決まったプログラムを実行するテレビゲームとは発想がまったく異なり、独自に開発したAIを用いてサッカーのリアルな再現に挑戦しました。そして、そのシミュレーションを基にJリーグの試合結果を予想します」
──次に伺いたいのがWARP誕生のきっかけとその経緯です。なぜサッカーの戦況予測をAIで行おうと思ったのでしょうか?
及部「データサイエンスやAIを使って、新しいサッカーの観戦スタイルを作れないだろうか、というのが発想の原点です。ちょうどAIブームが訪れてマシンラーニングが始まった頃に、Jリーグとデータスタジアムが協力して集計しているスタッツデータとトラッキングデータをAIに学習させて、エージェントと呼ばれる疑似選手を11人作れば、(実際の選手と)同じように動くんじゃないか、と考えてプロトタイプを作ってみました。そうしたら、意外と本物っぽい動きをしてくれたんです。それで2015年くらいから研究をスタートして、昨年正式にサービスをスタートしました。現状、サッカー観戦はほぼ週末だけになってしまっていますが、結果だけじゃなく試合の戦況を予測することで、スタジアムに行く前に(今度の試合は)こうなるんじゃないか、と考える楽しみを増やしたり、サッカーIQを高めることができればいいなと考えています」
──サービス開始までに2年近くかかっていますが、どういった点が大変でしたか?
及部「ちょっと専門的な話になってしまうのですが、選手がどこでボールをもらってタッチしているかを集計した、選手とボールに関するスタッツデータと、選手がどう動いたかを集計したトラッキングデータを重ね合わせてエージェントに“食べさせる”、つまり学習させるのは本当に苦労しました。これは特許レベルの技術だと思っています」
──最初の説明で「テレビゲームとは違う」とありましたが、具体的にどう違うのでしょうか?
及部「テレビゲームとWARPのAIとではその思考プロセスが違います。テレビゲームというのは『IF/THEN』型のルールベースで作られています。例えば、『ルイス・スアレスが左サイドを駆け上がったら、メッシは中央に向けて走り込んでくる』といった具合に『もしこうなったらこうなる』というのが決まっていて、そのルールを何パターンも想定して作り込むことで現実に近い動きを再現し、エンターテインメントとして成立しています。一方でWARPの場合は、それぞれのエージェント(選手)が『相手がこう攻めてくるなら自分はこうする』といった感じで、会話をしながらポジションを取ります。つまり、それぞれのエージェントは自立していて、考えながら相対的にポジションを決めていくんです。仮にゲームの選手たちにデータを記憶させてもそれを反映した動きにはならず、リアルなシミュレーションはできませんし、統計データを用いて過去の回帰式から生み出したものもそうです。これはWARP独自の特徴ですね」
――選手の動きをよりリアルに近づけていくための課題はありますか?
及部「ニューラルネットワークを代表とする深層学習の欠点というのは、インプットとアウトプットの間に“ブラックボックス”があることです。AIが判断しているので、なぜこのデータを学習させたらこういう動きになるのか、思考プロセスを可視化するのが難しい。その部分は永遠の課題と言えると思います。だから、我われはディープラーニング以外でのアプローチも研究を続けてきました。さらにどれくらい間違っているかという『不確かさの度合い』を把握する予測モデルの開発のために事前情報を意識したベイズ的深層学習などにも取り組んでいきます」
――他にどんな独自性がありますか?
及部「我われの目的というのは、AIを使って予測することではありません。『AIはこう予測しているけど、自分の予測はこうだ』といった形で、ユーザー間で新たなコミュニケーションを起こすことです。よく『人間 vs AI』と言われたりしますが、そうではなくコミュニケーションを活性化させることでサッカージャーナリズムの民主化と言いますか、一般の方がより語りやすくなる場を提供する、それこそが今後のWARPの真骨頂だと思います」
――そのコミュニケーションを活性化させる仕組みとして今シーズンからスタートした「アナリスト」について、どういったものか説明してもらえますか。
金子「今シーズンから、自分の予測を登録して他のユーザーと共有することができるようにしました。コンセプトは『自分で予測をしてみれば、もっと試合を楽しめる』。toto予想という枠組みで考えると、あまり詳しくないチームの試合も予想しないといけません。その時に、自分が好きなチーム以外のチームに詳しい人の予測を参考にして予想に活用してもらうことをイメージしています」
及部「自分の好きなチームを予測し合えば、集合知的に戦況を予測するコミュニティが生まれるんじゃないかと考えています。私たちがAIやデータサイエンスを提供するので、それをネタにユーザーの皆さんが語り合ってサッカー脳を鍛えましょう、と。そういう楽しみ方、それが提供価値になります」
予測方法と予想の精度
1カードにつき100回シミュレート
今年の天皇杯では、スコアまで完璧に的中しました
──WARPでは戦況予測を使ったtotoの予想を公開しています。どのように予想をしていくのでしょうか?
及部「先ほどスタッツデータとトラッキングデータを学習させるという話をしましたが、この他に各クラブの専門家による先発予想や選手の調子といったソフトデータもWARPに読み込ませています。私は『ウェットウェア』と呼んでいますが、そういった人間が肌で感じた情報と、先ほどお話したスタッツやトラッキングデータとを組み合わせて予想をしていきます」
――通常のデータによる予測と専門家が得た情報を組み合わせるのは難しいというのが通説ですが、どのように組み合わせるのでしょうか?
及部「先発メンバーの予想や対戦相手との相性など様々なデータに関して、試合結果とどれくらい連動しているか、変数を設定して予想への反映度を決めています。一番影響力が大きいのは予想スタメンです。この部分も研究しているところです。例えば、データを読ませた後の動きを専門家の方に見てもらって、こういう得点シーンは100試合のうち何回くらい起こりそうか、意見をもらったりもしています」
──予想を決定するプロセスを教えてください。
金子「先ほどお話した、ソフトデータとスタッツ&トラッキングデータを学習させたAIに、1カードにつき100試合をシミュレートさせます。その結果と、もう1つの独立したAIが統計的な手法を用いて算出した試合結果とを組み合わせて最終的な予想を決定しています」
──ソフトデータの内訳については先ほどお話いただきましたが、スタッツデータやトラッキングデータに関しては具体的にどういったものを学習させているのでしょうか?
及部「詳しくはお話できないのですが、パスやシュートに関するものや走行距離、走行スピードなどの基本的なデータは学習させています。データスタジアムから提供されるデータはビッグデータです。その中からどのデータを入れれば最も“本物の選手っぽく”振る舞うのかというのは、私たちにとって永遠のテーマです。日々試行してアップデートを続けています」
――データ学習に関して、特に課題となっているのはどんな部分でしょうか?
及部「例えば、それまで5バックで戦っていたチームが4バックに変更したとします。そうすると、使っているトラッキングデータは5バック時のものなので、選手のポジショニングが過去のデータに引きずられてしまう部分がどうしても出てくる。使用するデータは過去1年間のものなので、監督交代などドラスティックな変化があると、それを反映しづらいというのは中長期的に見た時の課題としてあります。また、最近では対戦相手によってシステムを変えたり、可変型システムで試合中に布陣を変えるチームも少なくありません。そうした監督の意向やチームのスタイルをいかに学習させていくのかというのは、これからの課題ですね」
――現状の予想の精度というのはどれくらいなのでしょうか?
及部「今年の元旦に行われた天皇杯では、結果だけでなく前半と後半それぞれのスコアまで完璧に当てることができました。先ほどもお話したように過去のデータを使用する以上、開幕戦よりはシーズンが進んだ後の方が予想しやすい部分はあるかもしれません」
金子「昨シーズンの1節単位の平均的中率は59%でした。ざっとではありますが、人間の予想よりやや良いくらいではないかと思います。実は今、我われが追求しているのは的中率ではなく『チームらしさ』なんです。結果を当てることだけを考えたら、もしかしたら別のアプローチの方がいいかもしれません。ただ、その『チームらしさ』というのは現状プログラミングでは表現できません。ですから、人の目で判断せざるを得ない状況です。仮に結果を的中させる方にフォーカスしたとしても、サッカーの競技特性を考えるとそこまで飛躍的な的中率の向上は難しいのではないか、30%くらいはバッファがあるのではないかと感じています」
――ここまでお話を伺ってきて、この予測の精度がさらに上がっていったとしたら、現場での試合に向けたシミュレーションに使うことも夢じゃないのかな、と感じたのですが、そういった展望はあるのでしょうか?
及部「今年中に、Jクラブへのコンサルティングを開始したいなと考えています。その際は、シミュレーションの精度を上げるために試行数を1000試合にするつもりです」
金子「クラブへのコンサルティングというのは、現在のBtoCビジネスとは性格が違うと考えています。なぜなら、サッカーというのは結果に対して偶然性の占める割合が高い競技だからです。BtoCの場合、toto予想という形を取っている以上はどうしても当たったか否かで見られてしまいます。ですが、クラブへのコンサルティングの場合は『こういうシチュエーションが起きやすい』という情報に意味が出てきますので、やりやすい部分もあるのではないかと思っています」
――今後の具体的な目標設定はありますか?
及部「BtoCに関してお話しますと、私自身、サッカーをやってきた人間として、サッカー界に恩返ししたいという気持ちがあります。そのためにユーザー同士が議論するコミュニティができて、サッカー脳を高め合う、そんな土壌ができればいいなと思っています」
最新の予測は「WARP」公式サイトで公開中!
Interview with
TOMOHITO OYOBE
及部智仁[左]
(株式会社Sports AI 代表取締役CEO)
YOSUKE KANEKO
金子陽介[右]
(株式会社Sports AI WARP開発エンジニア)
<WARP紹介>
◯サービス概要
正式名称 WARP
利用料金 無料会員 無料
有料会員 月額500円+税
提供会社 株式会社Sports AI
サイトURL https://warp-football.jp/
問い合わせ先 info@sports-ai.jp
Photo: Takahiro Fujii
Profile
久保 佑一郎
1986年生まれ。愛媛県出身。友人の勧めで手に取った週刊footballistaに魅せられ、2010年南アフリカW杯後にアルバイトとして編集部の門を叩く。エディタースクールやライター歴はなく、footballistaで一から編集のイロハを学んだ。現在はweb副編集長を担当。