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「PSGはクラブじゃなくカタール」 首都の“ご本家”パリFCを観てきた

2018.03.15

小川由紀子のおいしいフランスフット[特別編]

 パリ・サンジェルマン(PSG)のアル・ケライフィ会長はかつて「エンブレムにエッフェル塔があったからこのクラブを手に入れた」と語ったが、エンブレムにエッフェル塔が描かれているクラブは実はもう一つある。というか、こちらこそがフランスの首都パリのクラブとしてご本家にあたる、「パリ・フットボールクラブ」(パリFC)だ。今季フランス・リーグ2(2部)でプレーする彼らは現在、昇格を狙える上位で奮闘中。実現すれば、リーグ1にパリのクラブが2つ!という、これまでフランスにはなかった首都ダービーが拝めることになるのだ。

 とはいえ、この2つはもとは同じクラブだった。PSGの前身は、今も彼らのトレーニング場がある、パリから西へおよそ25kmのサンジェルマン市を拠点とするクラブで、1969年にパリFCが創設されると、翌年に両クラブは合併。これがPSGの公式な創立年となっている。しかし2年後には再び別のクラブに分裂。直後の2年間はパリFCがリーグ1に残り、PSGはリーグ2でプレーしていたが、以降PSGは首都を代表するクラブとして大型スポンサーをつけるなど着々と成長していき、一方のパリFCはナシオナル(3部)を主戦場とするローカルなセミプロクラブとなっていった。

 彼らは1度だけ、同時にトップリーグに属したことがある。78-79シーズンだ。両チームによるパリダービーは、2-2、1-1でともにドローに終わっている。このシーズンはPSGが13位、パリFCは19位で降格となり、これがパリFCにとっては最後のトップリーグ参戦となった。もし今季昇格が叶えば、来季は40年ぶりのダービーが実現するというわけだ。

「PSGはクラブじゃなくて国だもん」

 2月下旬、パリFCのホームゲームを観に行った。ホームグラウンドを持たない彼らは練習場もスタジアムもパリ市の施設を借りていて、パリ南部にあるシャルレティ競技場(数年前になでしこジャパンの対フランス代表戦でも使われた会場だ)をホームとしている。集まるのは毎試合だいたい3000人程度。客層は地元のサッカー少年団のようなチビっ子集団や家族連れ、友達グループなど、特にサポーターではないレジャー感覚な人たちも多い感じだ。

スタジアム(シャルレティ競技場)外観

 その中で、襟元から控え目にクラブカラーのマフラーをのぞかせる40代男性に声をかけると、「彼らは私が生まれ育った実家の側のグラウンドで練習していたので、私にとっては彼らが地元クラブなんです」とパリFCをサポートしている理由を教えてくれた。「このクラブのサポーターはけっこうそういう人が多いですよ」。なるほど、その頃の練習場があったパリ20区は庶民が暮らすエリア。ロンドンでいうとトッテナムのあたりに似ている。PSGはもともとがサンジェルマン市のクラブでパリではないし、本拠地のパルク・デ・プランスは高級住宅街に建てられ、土着のサポーターに支持されているわけではない。

試合前に演奏(?)していた謎の集団

 スタンドには『OLD CLAN』、『LUTETIA』という2つのウルトラスグループもいて、厳寒の中、声を張り上げて「俺たちはいつも後ろで支えているぜ~、どんな時にもあきらめない、それがパリFCのスピリッツなのさ~♪」と泣かせるチャントを歌い続けていた。

ウルトラス「LUTETIA(リュテシア)」のエリア

 ティーンエイジャーのメンバーもいたので、「君たちの年代で、なぜPSGじゃなくてパリFC?」と尋ねたら、「本当のサッカークラブはパリFCだ。PSGはサッカークラブじゃなくて国だもん。カタールだよ」という答えが返ってきて笑ってしまった。

でも監督は慎重、イケメンGKは発奮!

 それでもファンたちは、昇格については「まだわからない」と意外に慎重だった。このリーグ第27節(全38節)はロスタイムに失点してブレストに0-1で惜敗したものの、ここ16戦でこれが2敗目と、十分プレーオフ出場圏内の5位以内を狙える位置につけているのだが……。

 試合後、今季が就任初年度のファビアン・メルカダル監督も、「選手たちのモチベーションが上がっているのは確かですが、客観的に見て、チーム力はまだトップリーグに匹敵するレベルにはない。もちろん、昇格に向けてあらゆる努力はしますが」とこれまた控え目だった。

ファビアン・メルカダル監督

 ナシオナルで3位だった昨季は、入れ替え戦には敗れたが、リーグ2にいたバスティアが諸事情により降格処分を受けたため繰り上げ昇格となった。そういう背景もあって、今季の好調にサポーターや監督が「でき過ぎ」と慎重になるのもわからなくはない。パリFC所属10年目で、ルマン時代には松井大輔の同僚でもあったイケメンGKのバンサン・ドゥマルコネイは、「去年、チームには物凄く良いスピリッツが育まれたんだ。今季はスタッフや主力メンバーが入れ替わったけれど、その勢いや団結力が継続していることが好調の理由だと思う」と語ってくれた。

 ドゥマルコネイが試合後に会話したというサポーターは、かつてはPSGの年間パス所有者だったそうだが、「クラブがどんどん違う方向に行ってしまっている気がする。パリにPSGのライバルとなれる別のクラブが必要だ」と感じて今ではパリFCを熱心に応援しているらしい。PSGがリーグ1のファン層や人気の拡大、レベルアップに絶大な貢献をしているのはみなが認めるところだ。しかし、自分たちだけが知っていたアングラアイドルが全国的な人気者になってしまって寂しい、といった心理に似たものを抱く人がパリFCに鞍替えしているという話も聞いた。

イケメンGKバンサン・ドゥマルコネイ

 「自分も含めて、リーグ1でのプレー経験がない選手は多い。だからみんなこのチャンスを手にするために物凄く張り切っている。大きなスタジアムでビッグチームと対戦する気分を味わってみたい! 今日は惜しい負けだったけれど、来週からまた俺たちは奮起するさ!」

アンチPSGを巻き込み、超人気クラブに!?

 実際、パリに第2のクラブが登場したら面白いことになると、会長の下には海外から大口スポンサーの話も届いているらしい。この日はブラジルのテレビ局も取材に来ていたほど、すでに注目度は上がっている。パリFCは女子サッカーの超名門であるパリ郊外のFCジュビジーを合併して女子部を強化したり、自前の育成所を整備するプランも進んでいるというから、リーグ1昇格となれば、数々のプロジェクトはより前進しそうだ。

 ロンドン、ミラノ、ローマ、マドリッド、バルセロナ……他国の大都市のようなシティダービーがなかったパリに、そのチャンスがめぐってきた。

 アンチPSGサポも多いから、そんな彼らも巻き込んで一躍、超人気クラブになりそうな気もする。なにより、サポーターたちが話していたように、パリFCは古き良き時代のクラブがそのまま残っているような、実に良い感じのサッカークラブなのだ。

 毎年、トップ10くらいまでのクラブに最後まで昇格のチャンスが残る、非常に接戦のリーグ2だけにたやすいチャレンジではないが、彼らの昇格を心から祈る!


※本稿は月刊フットボリスタ第55号に掲載した連載コラムを加筆・修正したものです。


Photos: Yukiko Ogawa

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Profile

小川 由紀子

ブリティッシュロックに浸りたくて92年に渡英。96年より取材活動を始める。その年のEUROでイングランドが敗退したウェンブリーでの瞬間はいまだに胸が痛い思い出。その後パリに引っ越し、F1、自転車、バスケなどにも幅を広げつつ、フェロー諸島やブルネイ、マルタといった小国を中心に43カ国でサッカーを見て歩く。地味な話題に興味をそそられがちで、超遅咲きのジャズピアニストを志しているが、万年ビギナー。

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