ミランを翻弄する中国マネー。カオスすぎる状況に全員がお手上げ
CALCIOおもてうら
中国マネーに支えられてこの夏、大型補強に打って出たミラン。年間チケット数が大幅増を記録するなどミラニスタは希望に胸ふくらませていたが、誰もが懸念していたファイナンシャル・フェアプレー(FFP)規程に引っかかり、一転雲行きが怪しくなってきている。もはや誰が意思決定しているのかもわからないカオスな状況だ。
12月15日、UEFAはミランが11月に提出していたFFPに関する自主協定(Voluntary Agreement=VA)の締結申請を却下した。VAの仕組みは、資金的な裏付けを持った新規参入オーナーがチーム再建・強化のために短期的な大型投資を必要とする場合、UEFAに投資計画と収支の見通し(赤字幅)を明確化したビジネスプラン、そしてその赤字を全額穴埋めできる保証をあらかじめ示してネゴシエーションを行えば、その結果に従う形で最大4年間にわたって計画的な赤字経営を行うことができるというものだ。
VA申請却下ですべてがご破算
昨年4月に前オーナーのシルビオ・ベルルスコーニからクラブの経営権を買収した中国の投資家ヨンホン・リーの下でミランの経営を預かるゼネラルディレクター(GD)のマルコ・ファッソーネが、今シーズンに向けた夏の移籍市場で2億ユーロを超える大型投資を敢行し11人もの新戦力を補強したのも、このVAを締結することで初期投資としての大幅な赤字が許容されることを前提としていたからだった。
しかしUEFAは、買収直後の5月にファッソーネがVAに向けたネゴシエーションを持ちかけた時には、中国市場での過大な売上見通しに依存した経営計画は実現性が薄いとして申請そのものを受け付けず、より説得力のある計画を整えた上で秋にあらためて申請するよう指導。それを受けて、より控えめな売上見通しに基づく経営計画をベースに行われた今回の申請に対しても、経営計画そのものの内容については問題なしとしながらも、オーナーのリー会長に経営の継続性と安定性を保証するだけの資金的な裏付けが欠けているという理由で、最終的に却下するという判断を下したのだった。
最大のネックは、リー会長がミランの株式取得時にアメリカのヘッジファンド、エリオット・マネージメントから借り入れた買収資金約3億ユーロを返済するメドがいまだ立っていないこと。この借入は、今年10月までに年利10%を超える利息を含めた約3億5400万ユーロを全額返済しない限り、保有するミランの全株式を「借金のカタ」としてエリオットに差し出さなければならない契約になっているのだが、リー会長自身はもちろんミランにも、それだけのキャッシュを用意できる見通しはまったくない。
唯一の可能性は、他の金融機関からより有利な条件で「借り換え」する形でエリオットに返済すること。実際ファッソーネはここ数カ月、その可能性を探り続けてきた。しかし、ゴールドマン・サックス、メリル・リンチという大手投資銀行には交渉の末融資を断られ、現在は、もう1つの大手JPモルガンの傘下から独立したHPSインベスティメント・パートナーズという投資ファンドと交渉中と伝えられる。だがこの交渉も、成立する確証があるわけではない。さらにUEFAは、当面見込まれる赤字(向こう3年間で1億6000万ユーロ)を穴埋めする資金力がリー会長にあるかどうかについても疑問を呈しており、VA申請却下の主な理由としてこの2点を挙げている。
もはや主力売却は避けられない
VA締結に失敗したことで、ミランは今後、通常のFFPの手続きに従ってUEFAの審査を受けることになる。FFP規程が許容している過去3シーズンの赤字総額は3000万ユーロだが、ミランは過去3シーズンの決算でおよそ2億5000万ユーロの赤字を計上しており、規程違反はすでに確定している。したがって、これまでPSGやマンチェスター・シティ、ローマやインテルがそうだったように、UEFAと和解協定(Settlement Agreement=SA)を結んで、それが定める罰則(移籍オペレーションの制約、CL/EL登録選手数制限など)を受けると同時に、今シーズン以降の収支を劇的に改善して、2年後の19–20シーズンにはブレークイーブン(収支トントン)を達成することが義務づけられるだろう。
今夏VAを前提として行った大型補強がもたらす移籍収支の赤字は1億5000万ユーロを上回っており、さらにその補強によって手に入れるはずだった来シーズンのCL出場権(=それがもたらすUEFAからの分配金収入)も現在の成績では絶望的ゆえ、このままだと17–18シーズンの赤字が1億ユーロ規模に達することは避けられない。ファッソーネは今冬、そして来夏(6月30日まで)の移籍マーケットで、この赤字幅をできる限り削減することを迫られる。そしてそのための事実上唯一の手段は、主力選手の売却である。
移籍収支として帳簿に計上されるのは、その選手の獲得にかかった金額と売却によって得られる金額の差額。したがって、最も大きな利益をもたらすのは獲得時に移籍金がかかっていない選手だ。ミランの場合は、生え抜きのドンナルンマ、そしてリバプールからわずか130万ユーロで獲得したスソがそれにあたる。2人合わせて少なくとも1億ユーロ近い純利益が見込めるだけに、今冬あるいは来夏にこの2人を売却するのが最も手っ取り早い赤字削減策であることは明らかだ。
もう1つの手段は、人件費の圧縮である。年俸750万ユーロのボヌッチは買い手がつけば手放したいし、600万ユーロのドンナルンマはこの観点から見ても売却が妥当だ。350万ユーロの年俸に見合った働きをしていないカリニッチ、ビリアも切りたいところだろうが、現状では買値と同じかそれ以上の移籍金をオファーしてくれる買い手は見つかりそうにない。
いずれにしても、UEFAとSAを締結して収支の改善を強いられるということになれば、それに伴う戦力ダウンを避けることは難しい。ローマやセビージャのように、毎年のように主力を高値で売却しながら戦力レベルを保ち、CLの舞台に踏み止まっているクラブもあるが、今夏の補強と今シーズンの成績を見る限り、ミランの経営陣にそれだけの手腕があるようには見えない。したがって来シーズン以降のミランは、リー会長とファッソーネGDが買収時に広げた大風呂敷とは裏腹に、つい5、6年前にベルルスコーニがイブラヒモビッチとチアゴ・シウバをPSGに売却した時と同じ縮小均衡路線に追い込まれる可能性が高い。文字通り「元の木阿弥」である。しかもリー会長のオーナーとしてのリーダーシップや安定度は、当時のベルルスコーニとは比較にならないほど脆弱だ。
それ以前の話として、もし上で見た「借り換え」が実現できないまま来シーズンを迎えるようなことになれば、ミランそのものがリー会長からエリオットの手に渡ることになる。債権の売買を通して利益を追求することを本業とするヘッジファンドのエリオットが、オーナーとしてプロサッカークラブの経営に乗り出すというのは、普通に考えればあり得ない話だ。したがって、借り換えに失敗した場合に最もあり得るのは、エリオットが次のオーナーを探すなり、クラブを競売にかけるなりして、ミランの経営権が第三者の手に渡るというシナリオだ。その第三者は、現時点では影も形もない。
新経営陣の背後にメンデスの影
しかしここにきて、一部のマスコミでは気になる情報が流れ始めている。エリオットのオーナーであるポール・シンガーの43歳になる息子ゴードン・シンガーが、オーナーとしてミランの経営に乗り出す可能性を検討し始めているというのがそれだ。フットボールビジネスに特化したイタリアのニュースサイト『カルチョ&フィナンツァ』は、名だたるハリウッドスターを抱える世界的な大手芸能エージェンシー「クリエイティブ・アーティスツ・エージェンシー(CAA)」が、エリオットの依頼を受けてスポーツエグゼクティブのヘッドハンティングに乗り出しているようだ、と伝えている。
ここを出発点にして、関連する「点と線」を繋いでいくと、興味深い事実が浮かび上がってくる。
・CAAはすでに2009年から、ジョルジュ・メンデス、ピーター・ケニオンと組んで「第三者保有」のための投資ファンドQFIを設立するなど、フットボールビジネスに参入済みだ。
・そもそも、現オーナーのヨンホン・リーにそのエリオットを紹介したのは、ほかでもないファッソーネGDだと言われている。
・そのファッソーネがミランのGDに内定したのはリー会長のシノ・ヨーロッパ・スポーツ(SES)による買収が決まった後の2016年秋だが、実はそれ以前からコンサルタントとしてSESと結びついていたことがわかっている。
・ファッソーネは最終的に、インテル時代の部下(スカウト部門責任者)だったマッシミリアーノ・ミラベッリをスポーツディレクターに据えたが、その候補として最初に名前が挙がったのは、当時モナコ、現在はリールのSDを務めるルイス・カンポス。モナコとリールの買収を手引きし現在も絶大な影響力を行使しているジョルジュ・メンデスの子飼いである。
・ミランが昨夏獲得したアンドレ・シルバはそのメンデスの顧客であり、ファッソーネとミラベッリが最も信頼し昨夏の補強でも大きな役割を果たしたエージェント、アレッサンドロ・モッジはメンデスと非常に近い関係にある。
・A.モッジは、90年代から00年代前半にかけてユベントスの黄金時代を築き「カルチョポリ」で失脚したカルチョの黒幕ルチャーノ・モッジの息子。ミランの「借り換え」のコンサルタントとしてミランにHPSインベスティメント・パートナーズを紹介したBGPウェストンというコンサル会社は、そのモッジと組んでユベントスの経営に携わっていたアントニオ・ジラウドと深い繋がりを持っている。
こうして関連する事実を並べてみると、リー会長による買収を手引きしたのはむしろファッソーネの方であり、そのファッソーネの背後にはエリオットやCAAのようなグローバル資本、そしてその間を繋ぐメンデス、モッジ、ジラウドといったブローカーが絡み合っていることが見えてくる。
筆者は買収当初から、リー会長は一種のダミーでありその背後には最も大きな誰かがいる、ミランの「次」のオーナーがその本命、と指摘してきたが、どうやら少しずつその実像が浮かび上がりつつある。
Photos: Getty Images
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Profile
片野 道郎
1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。