MLSは、なぜ投資家を惹きつけるのか? ベッカム氏、孫正義氏もオーナーに
これが米国流スポーツビジネス!急成長するMLSの可能性
NFL、NBA、MLB、NHLに並ぶ第5のメジャースポーツへ。欧州のリーグ、クラブのそれとも異なる運営・経営手法で、着実に階段を上ってきたメジャーリーグサッカー(以下MLS)。2020年にマイアミに誕生する新チームのオーナにはデイビッド・ベッカム氏や孫正義氏も名を連ねる。新たな10年、アメリカの“サッカー”は世界をリードする存在になるかもしれない。世界のビッグネームを惹きつける魅力とは――?
プレミアリーグではマンチェスター・ユナイテッド、リバプール、アーセナルと北米資本のクラブが存在感を発揮しているが、アメリカ本土では、アメリカンスポーツビジネスの枠組みでプロサッカーリーグを構築し、NFL、NBA、MLB、NHLと肩を並べる第5のメジャースポーツに成長させようという試みが、20年という時を経てその果実を実らせ始めている。メジャーリーグサッカーである。
基盤構築の10年→拡大路線の10年
前回アメリカがW杯を開催した2年後、1996年に10チームでスタートしたMLSは、昇格・降格なしのクローズドな独立リーグ、サッカー協会とは独立したプロリーグ団体による中央集権的な運営とフランチャイズ制の採用、ドラフト制やサラリーキャップなどによる機会均等・競争促進的なシステムなど、アメリカンプロスポーツの枠組みに則って運営されている。
注目すべきは、ペレ、クライフ、ベッケンバウアーといったビッグネームを招へいしながら、リーグとしてのインフラや組織基盤が脆弱だったために15年ほどで衰退したかつてのNASL(北米サッカーリーグ)の反省に立って、スタートからの10年はリーグとクラブの経営組織、フランチャイズの地域密着、自前のスタジアム確保などに投資し、リーグとして継続的・安定的に運営できる基盤の構築に専念したこと。ハード、ソフトの両面で土台が固まった2000年代後半の段階で初めて、欧州、南米からのスター選手導入に踏み切って拡大路線に転じるという段階的なアプローチを取った。
その第1号となったデイビッド・ベッカムの獲得に合わせて2007年にサラリーキャップ適用外の特別指定選手枠(1チーム最大3人まで)を導入すると、その後はティエリ・アンリ、スティーブン・ジェラード、フランク・ランパード、アレッサンドロ・ネスタ、カカー、ディディエ・ドログバ、アンドレア・ピルロといったワールドクラスのトッププレーヤーも、キャリアの最後を飾る舞台としてMLSを選択するようになった。
この顔ぶれを見ると、いわゆる“年金リーグ”のようにも見られがちであり、実際に現時点ではそうした側面も強い。しかし、2015年にユベントスから当時まだ現役のイタリア代表だった28歳のセバスティアン・ジョビンコがトロントFCに移籍し、1年目に33試合で22ゴール16アシストを記録して得点王に輝き、以降もMLSのトップスターとして活躍を続けるなど、流れは少しずつ変わってきた。現在もニコラス・ロデイロ(ウルグアイ、シアトル・サウンダーズ)、ジオバニとジョナタンのドス・サントス兄弟(メキシコ、ともにLAギャラクシー)などの現役代表がプレーしている。
3年後は28チーム、観客数は2万突破
ベッカムがLAギャラクシーに移籍した2007年の時点では13チームだったフランチャイズも、2010年には16、15年には20となり、2020年には28チームまで増える(東地区、西地区それぞれ14チーム)。2012年には4000万ドルだったフランチャイズ権(新規参入時のチーム設立権)は、2016年にはその5倍の2億ドル(約220億円)まで跳ね上がっている。それだけハードルが高くなったにもかかわらず、参入を目論む投資家は後を絶たない。例えば2015年に参入したニューヨーク・シティは、プレミアリーグのマンチェスター・シティを保有し、Jリーグの横浜F・マリノスにも資本参加しているシティ・フットボール・グループ(アブダビ資本)だ。2020年からは、引退後に実業家へ転身したベッカムが共同オーナーを務めるマイアミの参入が予定されている。
インフラ的にも、多くのフランチャイズがサッカー専用スタジアムの建設を進めており、2020年過ぎにはほとんどのチームが自前の専用スタジアムを持つことになる見通しだ。
観客動員数も、2000年代を通じて1試合平均1万5000人前後で横ばいだったものが、10年代に入ると少しずつ伸びて2015年シーズンには2万人を突破、2016年シーズンは2万1692人、2017年シーズンは2万2112人と、セリエAと変わらないレベルに達している。チーム別に見ると、2016年はシアトル・サウンダーズが4万2000人でダントツ、カカーを擁したオーランド・シティが3万1000人、ピルロとランパードがプレーしていたニューヨーク・シティが2万7000人でそれに続く。2017年シーズンは、新規参入したばかりのアトランタ・ユナイテッドが4万8000人を超える観客動員を記録した。
売上高はもう欧州6、7位レベルに
MLSの成長性を示すもう一つのファクトは、この8月にアディダスとの間で更新したテクニカルスポンサー契約の内容。アディダスはMLSが創設された1996年以来のビジネスパートナーであり、2004年からは「オフィシャル・アスレティック・スポンサー」として、参加全クラブのユニフォームから練習着までのキット類一式、そしてオフィシャル試合球の独占サプライヤーとなっている。今回、2018年までだった契約を2024年まで延長したスポンサー料は、従来よりも25%以上アップした年間1億1660万ドル(6年間で7億ドル)。これはMLSが『FOX』、『ESPN』などのブロードキャスターから得ている放映権料のトータル(年間9000万ドル)をも上回る数字だ。
MLS2016年シーズンの売上高はおよそ6億ドル(約660億円)。欧州5位のフランス・リーグ1(14億ユーロ)の半分以下だが、6位ロシア(7億4000万ユーロ)、7位トルコ(6億5000万ユーロ)にはそう引けを取らない数字だ。今の成長ペースで行けば遠からず追い越すことになるだろう。MLSコミッショナーのドン・ガーバーは、ベッカムを招へいして拡大路線に打って出た2007年当時、「2022年までに世界のトップリーグに」という長期目標を打ち出していた。欧州5大リーグと肩を並べる規模ということならば、何年か先にずれ込む可能性はあるにしても、実現の可能性は十分だ。
その時は2026年、W杯開催とともに
ところで、アメリカが2022年のW杯開催国に立候補した2009年は、MLSがベッカム招へいを通じて拡大路線に転じたタイミングにあたる。W杯招致は、「2022年に世界のトップリーグになる」という長期目標の達成に最後のドライブをかける切り札になるはずだったのだ。
そして2022年大会の開催は、MLSの成長にとってだけでなくアメリカそのものにとっても、国家戦略上重要な位置づけにあった。プラネット・フットボールにおけるUSAサッカーの存在感が高まれば、アメリカの国際政治・外交戦略上も大きなプラスになることは明らかだからだ。その観点から見れば、オバマ大統領(当時)が「カタールが2022年W杯を開催するのは間違い」と口走ったことが示す通り、開催を逃したのはアメリカにとって巨大な損失だった。
それから5年間を費やして執念深く捜査を続け、2015年に「FIFAゲート」の引き金を引いたのもアメリカだった。その背景に、ロシアとカタールにW杯開催権をもたらしたブラッターとプラティニを権力の座から引きずり下ろし、プラネット・フットボールにおける覇権争いの主導権を手元に引き寄せる、という思惑があったことは想像にかたくない。
2022年を逃したものの、アメリカはすでにメキシコ、カナダとの共催で2026年W杯に立候補することを表明している。現在のレギュレーションでは過去2大会を開催した大陸連盟、すなわちヨーロッパとアジアに立候補権がなく、ライバルとして最も手強い南米も、W杯100周年となる2030年に焦点を絞り、第1回の開催国だったウルグアイとアルゼンチンの共催で立候補する意思を表明しているため、2026年はほぼ無風のまま北米(アメリカ、カナダ、メキシコ)に決まりそうな雲行きだ。おそらくそれが、MLSが欧州5大リーグと肩を並べる上で最後のジャンプ台になるのだろう。
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Profile
片野 道郎
1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。