汚職連盟会長解任を「不当介入」扱いするFIFAの尊大さ
FIFAはいつから国より偉くなったのだろう? 汚職容疑で逮捕された連盟会長を職務停止にし、会長選挙のやり直しを命じることのどこが各国連盟の自治を脅かすことになるのか? 自浄能力がない汚職の親分が子分をかばって脅迫しているようにしか見えない。
W杯優勝候補のスペイン代表に思わぬ敵が現れた。FIFAである。2017年12月15日、「スペイン政府がスペインサッカー連盟に不当介入を続けるなら、代表をW杯から追放する」との文書を送りつけたことが明らかになったのだ。予選を突破したチームの国際大会からの追放となると、EURO1992でのユーゴスラビア代表以来である。
そして、このFIFAの警告を一人喜んでいる人物がいる。アンヘル・マリア・ビジャール。68歳の元連盟会長は現在、汚職疑惑で逮捕され保釈中の身だ。
記者会見を開いた彼は「警告は深刻」と脅し、「W杯出場は間違いない」と確約したマリアーノ・ラホイ首相に対して「そんなにサッカーのことを知っているのならロペテギの助手にする」、「空いた枠をイタリアが狙っている」など言いたい放題だった。一国の首相を相手にこういう態度を取れるところがビジャールという人物と、FIFAを後ろ盾にした連盟の権力の強大さを物語っている。
ビジャールについては逮捕時にも書いた。29年間連盟会長に君臨し続け、その権勢を利用した数々の汚職(代表の興行権を息子の会社に与える。審判のユニフォームを知り合いの会社に発注しバックマージンを受け取る。地震被害にあったハイチの子供たちの学校建設費として渡された公費の使途不明。アマチュア選手がプールした健康保険料を自宅の建築費に充てたまま未返済など)の容疑者である。
追放すべきは代表ではなく汚職会長の方
FIFAの言う「不当介入」とは、こういう怪しげな人物を監督官庁(上級スポーツ委員会=CSD)が職務停止処分にして5月の会長選挙をやり直そうとしている動きを指している。
確かに、政府は監督する立場ではあっても通常は連盟の決定や人事に口を挟むべきではない。だが、ビジャールのケースのように会長が連盟を私物化し莫大な権益を独占的に握りながら、しかも周囲にイエスマンを配して会長選挙では全戦全勝(昨年5月の選挙が8選目)となると、もはや民主的な手続きに頼ってはいられない。連盟に自浄能力、つまり汚職会長を選挙で落とす能力がないのなら、監督官庁が介入するしかないではないか。
汚職会長ブラッターの5選を阻止できず警察の介入でやっと排除したFIFAが、同じことをスペインがやろうとすると「不当介入」だと騒いでW杯追放をチラつかせるのは、汚職の親分が汚職の子分(ビジャールは逮捕後に辞任するまでFIFA副会長だった)を守ろうとしているようにしか見えない。さらに言えば、倫理規定がありながら各国で次々と汚職会長が摘発されているのはFIFAの会長選挙規定に問題があるのではないか? 「権力は腐敗する」。FIFAがまずやるべきことは多選を禁止することではないのか?
裁判所がビジャールを解任。FIFAはどう出る?
FIFAによる追放警告の1週間後の12月22日、画期的な判決が出た。CSDの告発で審議していたスペインスポーツ裁判所がビジャールの会長解任を決めたのだ。これまでは暫定的な職務停止だったが、これで完全に職を解かれることになった。
判決によるとビジャールは5月の会長選が公示されると、選挙管理委員長に就任し、立場を利用し自前の選挙運動を展開したという。選ばれる側が選ぶ側に回るなんてとんでもない話だが、こういうインチキがまかり通り、それをチェックする者もいなかった。「連盟の自治」を隠れ蓑に、人事的にも金銭的にも汚職が行われていたのだ。
本人はこの解任判決についても汚職容疑についても「政府の陰謀」で「潔白」という立場を貫き、徹底抗戦の構え。FIFAに圧力をかけてもらってW杯参戦と引き換えに会長職に返り咲こう、というのがビジャールの魂胆だ。政府の方もそれを承知で、万が一のために会長選のやり直し、さらに不信任決議と第2、第3の追い落としの手段を用意している。
FIFAにはビジャールの汚職の真偽を調査する能力はない。よって“潔白だから会長に留任すべき”という論陣を張ることはできない。「連盟の自治は尊重されるべきだから解任は不当」とFIFA規約を振りかざして連呼することしかできない。要は原則論でしかないのだ。汚職会長が金をばら撒いて会長選挙の票を買っていた、なんて“例外的”(半ば常態化しているが)な事態を想定しておらず、それに対抗する論理も手段もない。
サッカーが強大な力を持ち、巨額の権益を動かすからFIFAは自治権が拡大しているように勘違いしているのかもしれないが、実は逆。現実には汚職の危険性が高くなって、警察や司法、行政が介入せざるを得ない余地が広がっているのだ。
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Profile
木村 浩嗣
編集者を経て94年にスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟の監督ライセンスを取得し少年チームを指導。06年の創刊時から務めた『footballista』編集長を15年7月に辞し、フリーに。17年にユース指導を休止する一方、映画関連の執筆に進出。グアルディオラ、イエロ、リージョ、パコ・へメス、ブトラゲーニョ、メンディリバル、セティエン、アベラルド、マルセリーノ、モンチ、エウセビオら一家言ある人へインタビュー経験多数。