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現役セリエAコーチが徹底分析!偏見なしにハリル戦術を評価する

2017.12.15

レナート・バルディの日本代表スカウティングレポート

イタリアの新世代コーチ、レナート・バルディの本職は対戦相手の戦術分析アナリストだ。今回はセリエAが誇るトッププロの分析メソッドで日本代表を徹底解析してもらった。トリノのビデオルームでモニターの前に座り、びっちり3時間。「(トリノ監督の)ミハイロビッチ監督並みの解説を受けた」とはインタビューした片野氏の言葉だ。おそらく半年後に対戦するライバル国も同じように日本を丸裸にしてくるだろう。その一端を味わうとともに、日本代表というチームを客観的に知る材料にしてほしい。本誌最新号のコンテンツを一部公開!

取材・構成 片野道郎

 今回は、我われトリノの分析スタッフが試合に備えて敵チームを研究・分析する時のやり方をそのまま実行して、ニュートラルな立場からブラジル戦、ベルギー戦の2試合を分析した。目的は、日本代表がそれぞれの局面でどのようなプレー原則に基づいてどう振る舞っているのかを把握することを通じて、チームとしての全体像を端的な形で理解することにある。個々の試合における対戦相手のことはもちろん考慮するが、フォーカスするのはあくまで分析の対象とする日本代表の振る舞いであり、試合そのものを分析するわけではない。

 通常我われは、1つの相手を分析する時には最低でも5試合を対象とするので、今回の2試合というのは完全な分析・理解にとっては少な過ぎる数だ。さらにブラジル、ベルギーという相手はいずれも格上であり、それゆえ守備の局面については数多くのアクションをサンプルとして参照できたが、攻撃の最終局面に関しては十分な数のアクションが拾えなかった。その点において、分析のアウトプットは通常我われが行っているほど網羅的なものにはなっていないことをお断りしたい。それでも日本が攻守両局面とも非常に良く組織されたチームであることは十分に見て取れた。これは監督が明確なコンセプトをチームに与え、根づかせていることを意味する。

 以下、攻撃、トランジション、守備の各局面において、日本がどのようなコンセプトに基づいてプレーしているかを個別に見ていこう。

攻撃part1:自陣からのビルドアップ

ルートはサイドのみ、中央は経由しない

 日本の自陣からのビルドアップは、状況に応じてGKがパントキックでロングボールを蹴る場合と、最終ラインからパスを繋いで組み立てる場合に分かれる。
敵の前線が最終ラインに対してプレッシャーをかけてきている場合には、無理に後方からビルドアップするリスクを取らず、GKが直接ロングボールを蹴ることが多かった。一方、敵のプレッシャーが弱く最終ラインがボールを持たせてもらえる場面では、後ろからパスを繋いでビルドアップしていく。その場合、「後方でのパス回しからできるだけ早いタイミングで前線の3、4人にボールを送り届ける」というのが基本的なコンセプトだ。

 そのビルドアップは、最終ラインの4人によるU字型(両SBが前に出ているため)のパス回しによって、その4人の誰かがフリーで前を向いてボールを持つ形を作ることが最初のステップ。そこからは中盤を経由せず直接前線にボールを送り込もうとする、縦のベクトルを重視した展開が特徴だ。グラウンダーの縦パスで2ライン間に引いてきた味方をターゲットにする形が多いが、一気に最終ラインの頭越しに裏のスペースにボールを送り込むというダイレクトな選択肢も常に意識されている。

 一方、最終ラインからセントラルMFを経由して攻撃が組み立てられる場面は稀だった。ブラジル戦のCMFペア(長谷部、山口)の位置関係は基本的にフラットな横並びで、パスを引き出すために段差をつけたポジションを取ったり、マークを外してパスコースを作り出したりという動きは見られなかった(図1)。山口が1枚でアンカーに入ったベルギー戦もその点は同様だった(図2)。流れの中でボールに絡むことがあっても、最終ラインにとって一時的な預けどころになるという以上ではなく、そこからのパスも後ろに戻すか外に開くかのどちらか。CMFから質の高い縦パスが前線のアタッカーに送り込まれるというクリーンなビルドアップは皆無だった。

図1 ブラジル戦のビルドアップ

図2 ベルギー戦のビルドアップ

 私の印象は、彼らは最終ラインからパスを引き出すためにピッチ上のどこにポジションを取るべきかを意識せずに動いているというものだが、これがチームとしての戦術によるものなのか、スマルカメント(マークを外す動き)やポジショニングといった個人戦術が身に付いていないからなのかは判断できない。CMFに与えられたタスクが、組み立てに積極的に関与せず、ボールロスト時のネガティブトランジション(攻→守の切り替え)に備えたカバーリングを意識してプレーするというものだった可能性もある。

 CBの2人はいずれも安定したテクニックを持っており、MF陣もテクニックとモビリティを備えているため、中央のルートを使ったビルドアップを試みる土台は整っているように見える。しかし少なくともこの2試合に関しては、ビルドアップのルートはほぼサイド経由(SBを経由しての縦パス、あるいはCBからウイングやトップ下への縦パス)だけに限られていた。

 その縦パスのコースが塞がれている時には、逆サイドへの大きなサイドチェンジによって一気に敵陣までボールを運ぶという選択肢も用意されている。

 [4-2-3-1]と[4-3-3]、いずれのシステムにおいても、ボールサイドのウイングはやや内に絞ったポジションを取り、主に2ライン間に引く動きによってCFやトップ下([4-3-3]ではインサイドMF)と連係してボールに絡もうとするが、逆サイドのウイングはワイドに開いた位置取りでサイドチェンジに備えている。
ここまで見てきた後方からのビルドアップは、最終ラインへのプレッシャーが緩かったブラジル戦ではそれなりに機能し、敵陣にボールを運ぶことができていた。ブラジルは最終ラインを高く設定してコンパクトな陣形を保っているが、前線のアタッカーはプレッシングを行わず中盤へのパスコースにフィルターをかけるポジションを取っている。しかし日本は中央を経由せずサイドから攻撃を組み立てたため、最終ラインからのパスがこのフィルターに引っかかる心配はなかった。

 しかし[3-4-2-1]の前3人が最終ラインにプレッシャーをかけてきたベルギー戦では、GKからのリスタートはほぼすべてパントキックによるロングフィード、最終ラインからもグラウンダーのパスを繋ぐより浮き球のロングパスを送り込む場面が目立つなど、ビルドアップに困難を抱えることになった。

 ベルギーの3トップによるプレッシングに対しては、2CBが開いてその間にアンカーを落とし、外でSB、内ではインサイドMFの一方がパス回しに加わることで、GKを含めて6対3の数的優位を作ってビルドアップすることが、理屈の上では十分に可能だった。

 例えば前半2分の場面では、4バックが敵の3トップに対して数的優位に立っているので、ボールを持った吉田からGKを経由することで、スムーズに逆サイドのSBにボールを展開できた。しかし日本はその優位性を利用することをせず、ロングボールを使う方を選んだ。この場面はたまたま、吉田からのパスが長澤、大迫と繋がって浅野が裏に抜け出したことで一気に決定機に結びついた。しかしコンセプトのレベルで言うと、日本のアタッカーの体格と適性からすれば前線にロングボールを送り込むのは決して割のいい選択とは言えない。むしろ常に最終ラインからパスを繋いでのビルドアップを試みる方が、日本の特徴には合っているように思われる。

攻撃part2:最後の30m=フィニッシュに向けた展開

興味深いサイド攻略法も、問題はその後

 最終ラインから送り込まれる縦パスや大きなサイドチェンジの受け手となるのは、システムが[4-2-3-1]だったブラジル戦ではCFと2列目の3人、[4-3-3]だったベルギー戦では3トップとボールサイドのインサイドMF。そこからは、受け手の動きによって生まれたスペースを周囲のプレーヤー(ボールサイドのウイング、ブラジル戦ではトップ下も)が効果的に使い、両者の連係によるコンビネーションからフィニッシュへの形を作り出そうとする。「前線のアタッカーの高いモビリティと連係を生かしたショートパスの交換によって敵の守備陣形に穴を空け、裏のスペースに人とボールを送り込んでフィニッシュを狙う」のが、敵陣における攻撃のコンセプトということになる。

 2ライン間に引く動きとの連係によって裏のスペースを常に狙うというのは、日本の攻撃における主要なコンセプトの1つ。上で触れたベルギー戦前半2分の決定機(浅野の裏抜け)、ブラジル戦前半30分の山口から久保へのスルーパスなどはその典型だ。

 両方の試合でCFを務めた大迫は、裏のスペースをアタックする動きと2ライン間に引いてくる動き、双方を巧みにこなしていた。ブラジル戦でトップ下、ベルギー戦ではインサイドMFに入った井手口も、大迫の動きとシンクロして2ライン間や裏を使うタイミングとスペースの感覚を備えた好選手。この2人に加えて左右のウイング(久保、浅野、原口)もそれぞれ組織的なメカニズムの中で連係した動きを見せていた。

 興味深かったのは、何度か繰り返し見られたハーフスペースから外のレーンに流れるダイアゴナルランで裏のスペースに縦パスを引き出す動き。通常裏へのダイアゴナルランは「外」から「内」に向かう動きだが、これは逆のベクトルを持っている。中央の3レーンにボールがある状況ならば敵SBは通常、ピッチの内側に体を向けているため、その目の前を横切って外に抜ける動きに対応するためには一度ターンする必要があり、またそれによってボールと敵を同時に視野に収めることができなくなる。その意味でこれは敵SBを困難に陥れやすい。

 ただし、裏に抜け出したプレーヤー自身もゴールに背を向けた状態でパスを受けることになるため、素早くターンして前を向くか、サポートに来たSBにすぐに落とすかしないと、そこで行き詰まることになる。

 この「内」から「外」へのダイアゴナルラン、そしてSBのオーバーラップによって、日本はサイドのレーンにおいては敵最終ラインの裏を取る場面を何度か作り出していた。しかしそこからフィニッシュに繋がる明確な道筋は確立されていないように見えた。

 サイドの深いところでボールを持ったとしても、その時点で敵の守備陣形がある程度整っている場合、フィニッシュに繋がる形を作るのは簡単ではない。そこから攻め直すにしても、1対1の突破で中に入り込むことができなければ、クロスを入れるかいったん後ろに戻すかという選択肢しか残らないからだ。

 だが日本の場合、1対1の突破力を備えたウイングは、少なくともこの試合に出場した選手の中には見当たらず、またクロスのターゲットとなる体格とパワーを備えたCFもいない。さらに、中盤からの走り込みによってゴール前の人口密度を高め攻撃に厚みをつける試みもこの2試合ではあまり見られなかった。

 「ゴール前の人口密度を高める」というのは、攻撃における非常に重要なコンセプトの1つだ。しかしこの2試合(とりわけブラジル戦)の日本には、サイドにボールがある状況でアグレッシブにゴール前に入り込んでいくという縦のダイナミズムが不足していた。ベルギー戦では何度かクロスからチャンスを作っているが、エリア内で敵DFと数的均衡の形を作れたのは前半25分に大迫が右からのクロスにヘディングで合わせた場面くらい。35分に長友からのクロスに合わせて浅野がファーサイドから走り込んだ時にも、3対3の形が作れる状況にもかかわらず、CF大迫は2ライン間に引いてきており、長澤もゴール前への走り込みが遅れている。

 連係した動きによる裏のスペースのアタックをはじめとして、チームとして明確な攻撃のアイディアと形を持っており、個々のプレーヤーもそれを忠実に遂行していることは間違いない。ただ、その結果がどこまで効果的なものだったかというと、少なくとも格上が相手だった今回の2試合ではポジティブな答えは出せない。

 日本のアタッカー陣はいずれも質の高いオフ・ザ・ボールの動きを身につけており、前線の狭いスペースの中でもうまくマークを外してパスを引き出し、前を向くための時間とスペースを作り出す術を持っている。しかし、そこから的確なプレー選択をするために素早く状況を読み取る認知と判断のスピード、そして相手に対して質的優位を作り出せる絶対的なクオリティは、ブラジルやベルギーを相手に決定機を作り出すには不十分だった。それは、いい形でシュートを打つ場面がほとんど作れなかったという事実に表れている。日本が作り出した決定機の数は数えるほどで、そのうち得点に繋がる可能性、すなわちゴール期待値がそれなりに高いシュートは1本か2本に過ぎなかった。

プロフィール

Renato BALDI
レナート・バルディ

1978.7.24(39歳)ITALY

ナポリ近郊ノチェーラ・インフェリオーレ生まれ。セリエCのカベーゼで育成コーチとしてキャリアをスタートし、セリエBのランチャーノ、バレーゼでカルミネ・ガウティエーリ監督のスタッフとして戦術分析を担当。ミハイロビッチがサンプドリア監督に就任した際にスタッフに加わり、ミラン、そしてトリノにも帯同。チームのパフォーマンスと対戦相手の分析を担っている。

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「レナート・バルディの日本代表スカウティングレポート」
全文は月刊フットボリスタ第52号、18年1月号に掲載!

Photo: Getty Images

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ヴァイッド・ハリルホジッチレナート・バルディ日本代表

Profile

片野 道郎

1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。

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