モデナFCは消滅しました。とあるモデナ女子の独白
日曜日、日本時間の午後10時半。モデナの試合が始まる。
モデナは今、レガ・プロにいる。イタリアで上から3番目のリーグだ。15-16シーズンにうっかりセリエBから降格してしまった。パルマやレッジーナ、ベネツィア、カターニア(編注:パルマとベネツィアは16-17シーズンにB昇格)といった名の知れたチームも今はこのカテゴリーにいる。
人生とは孤独であることだ
思い起こせば5年ほど前、私には一つの夢があった。University of Modena and Reggio Emiliaへの留学を夢見ていたのだ。モチベーションを維持する手段の一つとして選んだのが、現地のサッカーチームを応援することだった。いつの間にか、夢は消えた。私にはモデナFCだけが残った。
パソコンの前で、私は待機する。レガ・プロの試合は、『Sportube.tv』という有料配信サービスでの視聴が可能だ。39.90ユーロ(約4900円)で今シーズンのモデナの試合をすべて見ることができる。安心してほしい、合法だ。セリエBの試合は『Sky Calcio』で放送されるためにこのような配信サービスはなく、日本からの視聴はほぼ不可能だった。極東のセリエBファンに許されていたのは、後日配信されるハイライトを見ては「この打ち損じシュートが昨日のハイライトか。なるほどね」などと溜息をつくことだけだった。それを考えると、レガ・プロに降格して良かったとすら思える。私にとってもはやセリエBであるメリットは一切ない。時代はレガ・プロだ。
さて今夜のアウェイ戦、対戦相手は聞いたことのないチームだ。
『Sportube.tv』のカメラは正面スタンドに据え付けられている。そのため、正面スタンドにしか客席を持たないような、小規模な陸上競技場をホームスタジアムにしているチームの試合は、見かけ上無観客試合である。高校サッカー部の練習試合にしか見えない。先日行われたある試合では、バックスタンド側に5列ほどの客席があったものの観客を入れておらず、代わりに犬を散歩させている人がいた。
観戦中、Twitterのタイムラインには得点の瞬間の歓喜も、相手チームに対するブーイングもない。モデナの試合など私以外誰も見ていないからだ。しかし、Twitterにはチャンピオンシップ(イングランド2部)やエールステ・ディビジ(オランダ2部)のチームを応援している人もいる。寂しいのは私だけじゃない。Twitterと言えば数年前、一度だけモデナの選手からレスポンスをもらったことがある。「私たちは日本からモデナを応援しています!」と返信してしまった。つい、主語を複数にしてしまったのだ。悲しい嘘にはしたくない。誰か、心の中だけでもいいからモデナを応援してくれ!
“ボードマン”という密かな楽しみ
レガ・プロの試合にだって楽しみはある。ボードマンの観察だ。選手交代のボードを掲げる人、あれがボードマンだ。私が勝手に名付けた。あれって第4審判でしょ? ボールの状態やコート外での反則をチェックするんだよね? と詳しい人は言うかもしれない。しない。レガ・プロのボードマンはしない。ボードしか持たない。試合中はどちらかのチームのベンチに座っていて、選手交代の時だけ出てきてボードを掲げる。ジーンズにパーカーだったり、スーツだったりする。緊急時、主審に代わってピッチに入るつもりはまったくなさそうだ。
試合は今日も負けた。レガ・プロには3グループ計60チームが在籍していて、セリエBに昇格できるのはたったの4チーム。とりあえず、今季の昇格はなさそうだ。むしろ降格の匂いすらする。全力残留。レガ・プロの下はセリエD、ここから先はプロリーグではない。
セリエAのクラブを応援しているあなた、どうかこの記事を他人事と読み飛ばさないでほしい。あなたの応援しているクラブが将来、成績不振や破産、八百長スキャンダルなどでレガ・プロにいるかもしれないのだから。先が読めないのがカルチョの魅力である。
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……という文章を今年初めに書いた。よく言ったものだ。苦笑する以外ない。セリエAを応援している人たちに、いつか君のチームもレガ・プロに降格するかもよ?みたいな大きなお世話を焼いた自分を叱責ののち抱きしめてあげたい。
2017年11月6日 モデナは消滅しました。
始まりは“モデナの葬式”
一連の騒動の発端は、10月1日に行われたティフォージによる“モデナの葬儀”だった。内部ではもっと前から問題が山積していたはずだが(実際サラリーは7月から払われていなかった)、事件としてはあそこから始まったと言っていいと思う。
第6節Mestre戦を控え、モデナは市からスタジアムの使用停止を言い渡されていた。使用料の支払いを延滞していたからだ。このままでは試合ができない。400人にのぼるティフォージが集い、愛するチームをこのような状況に追いやったCaliendo会長への不満を叫んだ。「モデナの死」を伝えるチラシを撒き、チームカラーである青と黄色で立派な棺をあつらえ、発煙筒を焚き、スタジアム付近を行進し、事務所を襲撃し、それはもう盛大にモデナの死を悼んだ。
試合内容に対するフラストレーションもあったのだと思う。レガ・プロは8月27日に開幕したが、この時点でモデナは1勝もしていない。それどころか、勝ち点1すら得ていない。葬儀があまりに盛大だったので、Mestreとの試合は行われなかった。3-0で負け扱いの裁定が下り、これで6連敗。しかしこの騒動でCaliendo会長が辞任して新しい会長が決まり、不戦敗は痛いけれどもこれで事態は好転する、状況をよく理解していなかった私はそう思っていた。
第7節Südtirolとのアウェイ戦は――まさかこれが最後の試合になるとは思ってもいなかったが――3-1で負けた。この後スタジアムは使用できないまま、7月からサラリーを受け取っていない選手たちがストライキを始めた。第8節、第9節、第10節。モデナはホームもアウェイも試合ができなかった。10月は結局、1回しか開催できなかった。
11月に入り、迎えた第11節Santarcangelo戦。日本時間では深夜2:30試合開始の予定だったが、待てど暮らせど『Sportube.tv』での試合配信は始まらない。「4試合放棄でリーグ除名」などという規則を知るはずもない私は、また延期かと早々に諦めて布団に入った。
翌朝、モデナのレガ・プロからの除名が発表されていた。
さようなら私のモデナFC
セリエB以下のチームでは、もちろん例外はあるけれども、監督はしょっちゅう変わるし、選手もレンタルが多いからシーズンが終わるとごっそり入れ替わってまるで違うチームみたいになることもあるし、チームに対する愛着というものをなかなか説明しにくい。それでもクラブ消滅となれば、こんなに悲しい気持ちになるものなんだなぁと、妙に感心してしまった。
私はブログを書いている。今回、久しぶりに過去記事を読み返した。連勝と連敗、昇格と降格、監督の交代やベテラン選手の放出、ゴール裏のガラの悪そうなティフォージ、不細工で可愛いマスコット、落書きだらけのスタジアム、青と黄色のエンブレム。私が追っていたのはMODENA FCの歴史だった。ずいぶんと短い期間だけれども、それでも毎年積みあがっていく歴史だった。105年にわたり積み上げられた歴史の、最後の6年間だった。
モデナは消滅し、105年の歴史に幕を閉じた。エンブレムに刻まれている1912という数字にもう何の意味もない。
今後は、新体制でクラブを再建し、来季セリエDへの登録を目指すことになる。”モデナ”という地名はチーム名として残るだろう。青と黄色のチームカラーもわざわざ変えないはず。多くのティフォージは新チームを応援するだろうし、私も今とは少しも変わらず、勝ったの負けたの一人で騒ぐと思う。とんとん拍子にセリエBまで帰ってくるかもしれない。なかなかセリエDを脱出できないかもしれない。そもそも再建がうまく進むかもわからない。それでも悲しいけれど、新しいモデナの1年目が楽しみでないと言ったらそれはそれで嘘になる。先が読めないのが、カルチョの魅力だから。
Photos: Getty Images, Miko Imai
Profile
いまい みこ
モデナ女子、そしてテリア女子。誰がなんと言おうと女子です。カメラと映画が好きなハイカル女子でもあり、からあげが好きなからあげ女子でもあります。たぬきに似ています。特技はベン・ウィショーの物まねです。