9月のプレミアリーグで物議を醸したチャントが2曲。1つはチェルシーのアルバロ・モラタ、もう1つはマンチェスター・ユナイテッドのロメル・ルカクに関する曲だ。いずれもサポーターによる新FW讃歌だが、差別撲滅を目指して活動する『キック・イット・アウト』から廃止勧告を受けた。
モラタが先制ゴールを決めた第4節レスター戦で聞かれたチャントは、確かに人種差別用語を含んでいた。「アルバーロ、ウォ・オ・オ・オ~。レアル・マドリーからやって来た」までは良いのだが、結びは「大の“イード”嫌い」。
「Yid」はユダヤ人に対する蔑称だ。アウェイゲームに駆けつけたファンは、軽い気持ちで当日の試合とは関係のないロンドン市内ライバルへの“口撃”を兼ねた新チャントを歌ったのだろう。トッテナム界隈は、歴史的にユダヤ系の住民が多い地域として知られている。巷には、黒人に対する「ニガー」ほど酷い蔑称ではないという理解もある。
とはいえ、耳にすれば良い気はしない。試合後の会見では、ユダヤ系のチェルシー番記者が問題を指摘。クラブ広報官も、「まったくもって許しがたい歌詞であり、即刻廃止をファンに求める」と返答していた。幸い、ファンも即座に反省。モラタがハットトリックを決めた第6節では、「太陽燦々のスペインからやって来て、ハリー・ケインよりも上」という新バージョンが披露された。アウェイスタンドの“作詞家”たちは、トッテナムCFの苗字が「スペイン」と韻を踏む「ケイン」で大助かりだ。
ジーニアスとペニスで韻を踏む
同じ第6節、マンチェスターUサポーターたちは、前節後の『キック・イット・アウト』による警告を無視して問題のチャントを歌った。サウサンプトン戦でルカクがゴールを挙げた数分後、マンチェスター出身のロックバンド、ストーン・ローゼズの『メイド・オブ・ストーン』のメロディに乗せて、「男根24インチ(約60cm)。3本目の足で全得点」と。続いて、「俺たちは歌いたい曲を歌う」と合唱して開き直ってもいた。
正直、ルカクへのチャントが人種差別行為かどうかは疑問だ。イングランド史上初の黒人キャプテンでもあったポール・インスは、「現役時代の自分に対するチャントだったとしたら笑い飛ばしていたさ」とコメントし、ダーティーなジョークに過ぎないという見方をしている。問題のくだりの前には「ベルギー産の我らが天才ゴールゲッター」という歌詞があるのだが、「ジーニアス」と韻を踏む単語として「ペニス」を当てる感性は、この国のサッカーファンならではのような気もする。
当のルカクは「これっきりに」とツイートして封印を願っているが、これもおそらく気恥ずかしさが一番の理由だろう。下ネタのチャントが、広く「ルカクの歌」として知られるようになってしまったのだから無理もない。人種差別ではないと主張したいマンチェスターUファンも、まだ24歳で感受性の強い新エースに免じて、チェルシーファンに右へ倣えしてはいかがなものか?
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Profile
山中 忍
1966年生まれ。青山学院大学卒。90年代からの西ロンドンが人生で最も長い定住の地。地元クラブのチェルシーをはじめ、イングランドのサッカー界を舞台に執筆・翻訳・通訳に勤しむ。著書に『勝ち続ける男 モウリーニョ』、訳書に『夢と失望のスリー・ライオンズ』『ペップ・シティ』『バルサ・コンプレックス』など。英国「スポーツ記者協会」及び「フットボールライター協会」会員。