サッカー代理人が警鐘を鳴らすJリーグと世界の“移籍観”の違い
マネーゲーム化した移籍市場でJリーグはどう対処すべきか 前編
柳田佑介(日本サッカー協会登録仲介人) × 浅野賀一(footballista編集長)
東大出身の代理人として話題になった柳田佑介は現在、ドイツのデュッセルドルフを拠点に欧州を飛び周り、日本との架け橋となるべく活動している。欧州と日本の事情を知る柳田氏に、欧州サッカーの移籍ゲームに組み込まれたJリーグの現状、そしてマネーゲームと化したグローバル市場で生き残っていくための戦略を一緒に考えてもらった。
グローバル市場とのギャップ
柳田「日本チームの海外遠征は向こうからすれば“鴨が葱を背負って来た”状態」
浅野「欧州クラブは青田買い対策で16歳頃までにはプロ契約を結んでプロテクトする」
浅野「この対談のテーマは『グローバル化した移籍市場でJリーグがどう対処すべきか』です。近年、日本人選手がブンデスリーガなどで計算できる戦力として評価されるようになったことでJリーグがグローバル市場に組み込まれ、その結果、有望な若手が次々と海を渡るようになりました。最近は10代の高校生にもスカウトの目が向いているという話も聞きます。このままJリーグが何もせずにいたら骨抜きにされるのは時間の問題です。まずは柳田さんの現状認識を教えてください」
柳田「近年はアンダー世代の日本代表やJクラブのユースチーム等がヨーロッパに頻繁に遠征していますよね。18歳まではプロ契約をしていない選手がほとんどなので、向こうからすれば“鴨が葱を背負って来た”じゃないですけど、あの選手、凄くいいけど契約はどうなっているの?ってよく聞かれるんです。彼はアマチュアだよって言うと、そうなの?プロ契約がないならTC(トレーニング・コンペンセーション)だけで獲れるよね。代理人は? いない。なんで? みたいな(笑)。そんな世界です」
浅野「欧州クラブは青田買い対策で16歳頃までにはプロ契約を結んでプロテクトしますからね。国内でのタレントの奪い合いも熾烈ですし」
柳田「FIFAのルールでヨーロッパのクラブがEU外から選手を獲得できるのは満18歳からとなっているので、彼らはEU外の選手については大体16、17歳の頃にスカウティングして継続的に見ていく中で、18歳になった時に自チームのレベルに達しているようだったらオファーするという流れになっているんですね。このFIFAルールの存在によって、理論上は選手が満18歳になるまでにプロ契約を済ませればプロテクトできるわけです。ただ例えばJクラブのユースからの昇格(プロ契約)に関していうと、日本のクラブは教育的な観点や契約を提示するクラブとしてのタイミング、または予算の問題など様々な事情からプロ契約を結ぶのが高校3年生の夏以降となることが多く、有望な選手がプロテクトされないままになっているのが現状なんです」
浅野「基本、国内でのユース間の移籍を禁止されているじゃないですか。だから海外から獲られる以外に早くプロ契約を結ぶメリットがないんですよね。トップでプレーさせるという意味だけであれば2種登録という制度もありますからね」
柳田「EU国籍の選手は16歳からEU内の国際移籍が可能になりますし、国内の移籍はユース年代でもバンバン起こりますから、ヨーロッパのクラブは可能性のある選手の権利を確保して、オファーが来たらきちんと見返りをもらうという対策を早め早めにやります。そうでないとプロテクトしないままタダで持っていかれることが頻繁に起きますからね。そのためには提示する条件も重要で、選手の権利をクラブが確保することの見返りとしてそれなりの金額を提示する必要があるし、選手に対してのメリット、選手が契約を結びたいと思えるような仕組みやビジョンを提案することも求められます」
浅野「クラブ側としたらせっかく頑張って育ててきたのにプロ契約が遅れてタダで持って行かれたらもったいないですからね」
柳田「Jクラブのアカデミー制度は、当たり前の話ではありますが、アカデミー所属の選手が同一クラブのトップチームに昇格する前提で設計されているんですね。アカデミーの選手たちもそうしたいと思ってくれているだろうと。でも最近はJアカデミー所属の選手の中にも、もちろんクラブに愛着があり、できることならそこでトップに昇格して活躍したいと考えている一方で、同時に将来はできるだけ早く海外に出たいとか、自分が成長できて活躍できるなら今のクラブじゃなくてもいいと思っている子も増えてきているように感じます」
浅野「しかも日本を出るんだったら早く出ないと間に合わないと思っていますよね」
柳田「そういうJアカデミー所属の選手に海外から話が来たら、トップ昇格と天秤にかけてでもチャレンジしたいということになってもおかしくないですよね」
浅野「実際その認識は正しいですよね。24、25歳になってから行くっていうのだとちょっと遅いですし。もちろん日本代表にまでなって、ある程度の移籍補償金を残して行くというのが今までの成功パターンだと思うんですけど」
柳田「これまでの傾向を見ると、J1で10代でもバリバリできるくらいの選手が、Jで順調に成長して海外クラブが移籍補償金を払ってでも獲りたい選手になって、20代前半くらいでヨーロッパに行くのが一番の成功パターンです」
浅野「確かに今まで活躍している海外組は完全にそれですね」
柳田「それが理に適っています。J1で若いうちからレギュラーで出られるポテンシャルと能力があって、Jリーグでプロとして心と身体を鍛えられて、技術だけでなくメンタルやフィジカルが成熟してから海外に挑戦するので活躍できる。現状ではそれが成功への一番の近道なのかもしれないです」
浅野「そういうビジョンを提示する役目もJクラブにはあると思うので、ただうちでやった方がお前のためだって言われても説得力がないですよね」
柳田「プロ契約を提示するタイミングで、選手の成長とキャリア形成に向けた具体的なプランを提案してあげるのが良いかもしれませんよね。クラブとサッカー選手の契約は雇用-被用関係ではなく、対等なものですから」
浅野「いきなり海外に行って成功している人は少ない。今の日本人のメンタリティでまったくプロとしての経験がないまま成功するというのはハードルが高いと思うんですね。Jリーグを経由しない海外移籍が増えることが、日本サッカーにとってプラスなのかと言えばそうではない可能性の方が高い」
柳田「そういう意味では、Jクラブが日本でまずプロ選手になることのメリットをきちんと提示することが効果的かもしれないですね。ヨーロッパクラブのスカウトが代表の遠征やJアカデミーの海外遠征だけでなく、時には日本国内で行われる試合ですら見に来ている状況であり、いつでも海外の視線にさらされていることを認識して、有望な選手は早めにプロ契約してプロテクトする。同時に、その選手にクラブに対するロイヤルティを持ってもらうための価値を与えていく。それはサラリーを上げるといった金銭面もそうですし、トレーニングや試合を通じて成長を実感させるというのも一つの方法です。アカデミー所属の選手なんだからうちのトップに上がるのが当然というのは日本国内では通用する論理なのですが、日本の慣行や教育的配慮を尊重するつもりのない海外のクラブや代理人からすれば関係のない話ですし、ヨーロッパからの魅力的なオファーに筋とか義理で対抗するのは難しい時代になりつつあると感じます」
海外移籍のモデルケースを作る
柳田「長友選手のように移籍先をヨーロッパ市場へのショーケースに使う」
浅野「一番わかりやすいのは早期デビュー。18、19歳の段階でJ1で50、60試合」
浅野「逆にピンチはチャンスじゃないですけど、こういう状況だからこそ大きな移籍補償金を取れるチャンスに変えていくこともできると思います。一番わかりやすいのは早期デビュー。18、19歳の段階でJ1で50、60試合出ている選手だったらかなりの金額がつくはずです。何かそういう高い移籍補償金を取れるモデルケースを作れるといいんですけどね。今Jリーグから直で海外に行ったケースのマックスの移籍補償金は武藤嘉紀の推定4億円なのかな。このくらいもらえれば全員にとってwin-winだと思うんですけど、そういうJリーグが目指すべきモデルケースについてどう考えますか?」
柳田「難しいですね。こういう話をすると、Jリーグが選手を獲られる側に回ることを受け入れるのかというテーマを避けて通れないんです。例えば過去に武藤選手や柿谷曜一朗選手のケースであったように、1、2年くらいJ1や代表で目立った活躍をした選手にすぐオファーが来て移籍してしまうとなると、Jクラブの方々からすればヨーロッパのために育成しているのかとなりますよね。もちろん最低限の対価は得るんですけど。実際に予算的なパワーとか、あるいはコンペティションのレベルや華やかさとか、そういうものを選手目線で見た時に、ずっとJリーグにいるよりはチャンスがあればヨーロッパに挑戦したいとほとんどの選手が思ってしまっている時代なので、Jクラブは難しい立場に立たされています」
浅野「それは日本だけではないですよね」
柳田「このJリーグ→海外という現状の選手の流れを前提とすると、Jリーグがあたかも海外クラブの下部組織であるかのように、いい選手を常に獲られてしまうリーグという立ち位置を受け入れてどうするか? みたいな話にどうしてもなってしまうんですね。その上で対策しましょうという話じゃないですか、このテーマは」
浅野「完全にそうですね」
柳田「そこがまず難しくて、そうじゃなくてJリーグがヨーロッパのリーグと対抗して、逆に向こうから選手を引っ張ってやろうよという意見も根強いですし、長い目で見た時はそれが理想だと思います。ただ現状はDAZNとの契約によってリーグやクラブが潤ったといっても、ヨーロッパ主要国のクラブの規模と比較してしまうとまだまだ差が大きいのが現実です。そこに葛藤があって、なかなか議論のスタートの時点で受け入れがたい感覚がある。良い悪いは抜きにして、いい選手がヨーロッパに獲られる状況を受け入れて、でもその中でどうしようと考えるんだったら何かしらモデルケースはあると思います。例えば多くの移籍補償金収入を得ようと考えるのであればプロデビューを早めて実績を積ませ、選手の価値を上げるのも一案ですし、あとは以前の長友佑都選手のケースのように移籍先をヨーロッパ市場へのショーケースに使うことも考えられますね。日本からダイレクトに完全移籍した場合の移籍補償金は、リーグ競争力の向上やクラブ関係者の交渉努力の甲斐あって少しずつ上がり、今では武藤選手の移籍の際にFC東京に対して支払われたような金額(約4億円)も可能になってきてはいます。ただ、こうした金額が発生するのはまだ稀なケースですので、より戦略的に、最初はレンタルでヨーロッパのクラブに移籍させ、向こうのマーケットの中で活躍させて価値を上げるという方法を積極的に採用するクラブがこれから出てくるかもしれないですね」
浅野「買い取りオプション付きのレンタルですよね」
柳田「例えばJクラブに将来有望な選手がいた時に、その時点で海外移籍をした場合の移籍補償金は1億円にしかならなくても、レンタル+買い取りオプションにすればこれが4億とか5億になるかもしれない。そこでもうヨーロッパのクラブと提携してしまって、そのクラブをショーケースとして使い、試合に出して価値を上げて高く売ってくれということをするJクラブが出てくるかもしれないです。でもそれは先ほどもお話した通り、そのヨーロッパのクラブの育成組織のような立ち位置を受け入れることがスタートになります」
浅野「Jリーグの最初のプロ契約はC契約で年俸上限が460万円になりますよね。海外クラブが狙っている年代って、FIFAルールで外国から選手を連れて来られるのが18歳なので18、19歳がメインターゲットになっていて、18歳の有望株がどことプロ契約を結ぶかとなった時に460万が上限だとなかなか引き留めるのが難しいと感じますが、そのあたりはどうなんですか?」
柳田「個人的にはあまり関係ないという気がしています。選手が新卒でもチャンスがあればヨーロッパのクラブに行きたいと考えているのは、Jクラブと契約する場合より年俸が高くなるからということが主因ではないように思いますね」
浅野「最初のプロ契約の時に契約解除金を設定したりとかもあまりないんですかね?」
柳田「通常はしないですね。新卒の選手はだいたい3年契約が多いのですが、シンプルに1年目の金額があり、あとは年数だけしか決まっていないということも結構あります。なぜならそれこそC契約だったらA契約になった時に中身をもう一回決め直さなければいけないんですね。であればそのタイミングでいいよねと」
浅野「A契約はどのタイミングで結び直すものなんですか?」
柳田「選手が定められた公式戦出場時間を達成した時に契約をA契約かB契約に変更しなければならないとJリーグの規約で決まっていて、J1であれば450分、J2であれば900分、J3は1350分出場したタイミングということになります」
浅野「そこで年俸も見直されたりというのもある?」
柳田「年俸はC契約の場合は460万円(消費税抜き/以下同じ)という上限があるのですが、A契約に変更する際にこれを年換算ベースで670万円まで上げられるんです。それで次の年から上限がなくなる。したがってA契約になる、イコール活躍次第でいくらでも給料が上がる契約になるので、金額を決めなければいけないんですよ。ただC契約の間は460万円以上には上げられないので、例えば高卒の選手と契約して『君C契約で3年ね』となった時に、初年度に上限の460万円の設定だったとして、1年目に規定時間以上の試合出場がなければ2年目もC契約のままで、年俸交渉の余地はないんですね。だから契約上話し合うべきことが少ない。もし選手が移籍補償金を設定してくださいって言ったら話し合いはできますが、そういったこともあまり起きません」
浅野「選手は移籍補償金を設定するメリットがないですからね」
柳田「移籍補償金を設定したいというとクラブから移籍希望だと取られてしまう可能性もありますし、金額の相場感もわからないですよね。クラブから言われた移籍補償金額が高く、結果的に自分の将来を縛ってしまうリスクを取るよりは、設定なしにしておいて後で移籍の可能性が出てきた時に話し合った方が良いという判断でしょうね」
浅野「例えば、Jリーグにはほとんど出ていないけどアンダーの代表で目立った活躍をしている若くて有望なC契約の選手がいて、彼に海外から獲りたいと声がかかった時は安い金額で獲られてしまうことになるのですか?」
柳田「その場合でも、TCを請求できる可能性があります」
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Yusuke YANAGIDA
柳田佑介(日本サッカー協会登録仲介人)
1977.8.26(40歳)JAPAN
チリ・サンティアゴ生まれ。幼少期をベネズエラで過ごす。東京大学法学部を卒業後は日本貿易振興機構(ジェトロ)に就職し、日本企業の海外ビジネス支援に従事する。2008年にジャパン・スポーツ・プロモーション(JSP)に転職。日本サッカー協会公認代理人資格を取得して契約選手をサポートする傍ら、欧州サッカー界とのパイプを構築。JSP所属選手の欧州移籍やオランダ・アムステルダムでの東日本大震災チャリティマッチの開催等に携わった。2013年よりドイツ・デュッセルドルフに居を移し、本格的に欧州クラブ関係者との人脈作りに取り組む。2015年に独立し、現在はフリーランスとして活動中。
Photos: Getty Images
Profile
浅野 賀一
1980年、北海道釧路市生まれ。3年半のサラリーマン生活を経て、2005年からフリーランス活動を開始。2006年10月から海外サッカー専門誌『footballista』の創刊メンバーとして加わり、2015年8月から編集長を務める。西部謙司氏との共著に『戦術に関してはこの本が最高峰』(東邦出版)がある。