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なぜ「風間ロス」が起きない?川崎の原理主義は受け継がれる

2017.09.25

西部謙司の戦術リストランテ Jリーグ編
第1回「川崎フロンターレ」

海外サッカー月刊誌footballistaの名物連載『戦術リストランテ』のJリーグ版がWEBで開店! 第1回は西部さんが「今Jリーグで最も質が高いサッカー」と絶賛する川崎フロンターレだ。風間前監督に何度もインタビューしている西部さんだからこそわかる難解な風間サッカーの解釈、そして彼が去った後もさらにチームが進化している理由を聞いた。

構成 浅野賀一

風間サッカーの継承

――風間前監督は「カザマ語」とも呼ばれた独特のサッカー観を持つ指導者でした。5年間監督を務めたカリスマが去った今シーズンの川崎フロンターレは分岐点を迎えていましたが、鬼木監督は非常にうまくやっていると思います。なぜ、独特のサッカーがうまく継承されているのでしょう?

 当然のことですが、コーチを務めていた鬼木監督がそのままチームを引き継いだのが大きかったですね。最初の頃は、取材している記者たちみんながカザマ語に「?」だったわけです。トラップして「ボールが止まっていない」とか言われても、おそらく選手も「?」だったでしょう。ただ、5年もやればさすがに選手も取材している人たちもみんなわかってきます。今までと同じことをやるのに追加の説明はいらない。風間監督の考え方は遺産としてもうあるので、それを土台に発展させていけばいいわけです。

 独特のサッカーを続けるということでいえば、浦和のミシャ体制が崩壊したのとは対照的に、むしろ川崎はより進化している感すらあります。川崎のスタイルは「形」を追求していないからでしょう。ミシャ方式には形がはっきりとありました。それが選手の成長を促す面もある一方で、形が選手のプレーを制限し、チームの進化を制限していた面もあったと思います。形が独特なので、最初は対戦相手も驚いて対応できませんが、数年が経過すればすっかり分析し尽くされる。分析したからといって完全には無効化できないでしょうが、当初の効力は必ず減る。形があるゆえのプラス、進化が、形があるゆえのマイナスに追いつかなくなるわけです。

――あらためて「形がない」風間サッカーの原理を教えていただけますか?

 カザマ語は新しい発明ではなく、昔から言われていたことの焼き直しでもあるんです。ただ、当たり前として定着したことは継承されるうちに劣化していくというか、上辺だけになってしまう。そこにメッセージ性のある言葉で注意を向けさせた。当たり前を当たり前で終わらせずに突き詰めていくのが風間監督の凄さで、加えて言葉選びのセンスは解説者経験が役に立っているのかもしれません。
例えば「ワンタッチコントロール」。普通、トラップしたらミスしない限りボールは止まっていると考えますよね。ところが、風間監督は「止まっていない」と言う。そこに選手はまず驚くわけです。ボールの上を触れば足を引かなくても止まる。ボールが止まる一点を見出せれば、動いていても、体からの距離がどうであろうと、ボールは止まる。このボールが止まった瞬間が、受け手がマークを「外す」基準になるんです。

 顔を上げてすぐにボールを蹴れる体勢になることが「止まる」。止めてからパスを出すまでに1秒かかっていたら遅いと風間監督は言っています。それ以上の時間がかかる、つまりボールが動いていて蹴るまでのタイムロスがあるなら「止まっていない」になる。ボールが動いてしまうと出し手は体を動かしながらパスを出すことになってしまい、ボールのリリースにわずかな遅れと精度の低下が生じてしまいます。こうした「止める」「外す」などの基準を統一することを「目をそろえる」と言っていました。

 DFの逆を突くプル・アウェイという定番のプレーがありますが、パスの出し手が蹴れる瞬間に外していなければすぐに捕まってしまいます。タイミングを無視してプル・アウェイをしても効果がないわけです。ボールを静止させることでマークを外すタイミングがわかる。だから「止まっている」かどうかは決定的に重要になる。戦術に血を通わせるのがタイミングであり、タイミングを共有するために原理原則があるという話ですね。

――前に西部さんは風間サッカーを組織を攻略するのではなく個人を攻略するサッカーと言っていましたよね。

 組織を崩すのではなく、組織の中の個を崩す。ボールは1つなので、実際に攻略すべきは個人という発想ですね。崩し方を俯瞰的に理解するのではなく、ミクロレベルまで細分化して認識するとそうなるのでしょう。教科書的な知識ではなく、ボールとともに体得した理論という趣ですよね。

ポゼッションサッカーの解答

――結果、川崎はボールプレーヤー中心のメンバー構成となり、ボールを支配するチームになっています。ただ、こういうサッカーは決める人がいないと危ない。エースの大久保が去っても得点力が落ちていない理由は何でしょう?

 川崎のボールポゼッション、パス本数はずば抜けています。ただし、800本以上繋ぐようなゲームはあまり良い結果が出ていない。パスは繋がればいいというものでもなく、川崎のようなチームでもベストは500~600本ぐらいだと思います。これ以上多い時は、仕掛けられていない場合であり、相手の守備陣を崩せていない。つまり防御ラインの手前で持たされている状況。もっといえば中盤の手前で持たされているかもしれません。

 悪い時の川崎は自慢のパスワークがゴールに結びついていない。しかし、逆にいい時の川崎はパスワークをゴールへ繋げられています。なぜなら、彼らは「どうやって崩して得点するか」という回答を持ってゲームに臨んでいるからです。これなしにパスワークだけがうまくなっても支配率だけが跳ね上がる結果になり、いつしかポゼッションに意味がないことを知り、むしろカウンターの方に望みがあると結論して、パスワークを捨ててしまうことになります。かつてバルセロナを模倣したチームが等しくたどることになった末路です。どのバルサ信奉クラブも、自分たちにメッシがいないことに気づかされました。

――今の川崎にもメッシはいませんよね?

 メッシも大久保もいませんが、風間サッカーの原理はそもそもスピードやパワーといったアスレティックな能力に依存しないものです。ヨーイドンで走れば到底歯が立たない相手でも、反対方向へ走らせてしまえばいいわけです。そうすれば相手がウサイン・ボルトでも勝てます。

 川崎が得意とする中央突破の原理は「相手が止まっている時にインターセプトできない位置を占める」「相手を動かせて逆へ動く」この2点。つまり、2人のDFの間でパスを受けるか、マークしているDFに仕掛けて一歩を踏ませて逆へ動く、そのどちらかが基本的な動きになります。どちらもパスの受け手は瞬間的にせよフリーになれる。その瞬間にパスが入ってくれば、おそらく1秒間の猶予が与えられる。その1秒の間にDFラインの裏へ入り、GKとの1対1を決めればいい。

 単純化したケースですが、ペナルティエリアの幅に4人のDFがいて、その間に3人のFWが立っているとします。出し手がボールを止めた瞬間に3人のFWがそれぞれマークしているDFとの駆け引きに勝てば、最大で3つのパスコースが生まれるわけです。

 トップの小林悠は「外す」動きのエキスパートです。例えばあえて一度、相手の左SBの付近に移動します。そうすると対面のCBはマークを受け渡したと認識し、ボール保持者の方を見ます。その後で少しだけ中に戻って、左SBを背負うような形で右足にボールを要求します。この形になればファウル以外ではDFの足は届きませんし、CBは距離が離れているので右足でひっかけて前に出られればSBとCBの間を割って、GKと1対1にまで持ち込める可能性があります(図1参照)。

――左SBがそのパターンを警戒して小林の前に入って来たらどうでしょう?

 その場合はさらに大外にまで開いて左SBの視野から消えて、ダイアゴナルラン(斜めの走り込み)でSBとCBの間を通すスルーパスを狙います(図2参照)。

――なるほど。二段構えの形になっているんですね。

 ただ、これはパターンではない。口で言ってしまえば簡単なんですが、パスの出し手と受け手の「止める」「外す」という原理への理解、0.5秒で判断をシンクロさせられる技術やコンビネーションの練度の問題です。川崎はゴール前だけでなく、こういう駆け引きをピッチ上のいたるところでやっていて、それを繰り返すことでボールを前に進めているわけです。

 先ほど鬼木監督のチームはさらに進化していると言いましたが、一番大きいのはこのサッカーはやればやるほどお互いへの理解が深まり、練度が上がっていくサッカーだからです。新加入選手もこのサッカーに合いそうなタイプを獲ってきていますしね。特に阿部はもう何年もこのチームでプレーしているみたいです。

――反対に、大久保がFC東京で点が取れていないのは……。

 大久保が「外して」いてもパスが出てこないんでしょうね。

「仕掛け」をめぐる鬼木監督の葛藤

――風間監督時代は弱点と言われていた守備はどうですか?

 そもそも風間監督は「守備」という言葉すら使っていませんでした。守備をするのではなく、どう失点しないかを考える。簡単にいえば、守備力を上げるよりパスミスを減らした方が失点減に直結しますから。鬼木監督のチームになってハイプレスがさらに速くなったのも、押し込んでいるのでそれが守り方として効率がいいからです。風間監督はカウンターも否定していないのですが、その場合守れる人がいないとは感じていたようです。

――風間監督にとって「守れる人」とは具体的にはどんな選手でしょう?

 1人で2人を止められたり、駆け引きできる人でしょうか。これも例を出した方がわかりやすいかもしれませんね。「守れる人」がそろっているユベントスのDFのケースでいきましょうか。自分の受け持ちゾーンに攻撃側の選手が受け手として2人いるとします。その時にボールホルダーに対して牽制を行って、自分が思う方へパスを出させる守備の技術ですね。2人のうち、パスを出させたくない方をマークする素振りをボールホルダーに見せ、もう一方へパスを出させて前進させない。ボールホルダーを迷わせる。迷ってくれればボールホルダーの背後から味方がボールをスチールしてくれますから。

 あと、とにかく動かない。攻撃側は「止める」「外す」の原理がまさにそうですが、その瞬間にフリーになればいいんです。一番簡単な方法はDFが動いた逆を突くこと。だから攻撃側は動いてほしい。でも、ユーベのDFはあまり動かないし、まったくバタつかない。動いた時も、実はフェイクだったりしますしね。シュートの瞬間に守備が間に合っていればいいとわかっているので、落ち着き払っています。

――先ほどの攻撃の原理の守備版ですよね。守備の原理を理解しているからこそ駆け引きができるし、落ち着いていられるわけですね。

 日本人は守備の文化がないと言われますが、それはそうかもしれません。スペインリーグの強豪バレンシアがウォーミングアップの時、ワンツーで入れ替わるトレーニングをしていたんですが、パスを出して入れ替わろうとした攻撃側の選手に必ずDFが体を当てるんです。日本だと簡単に入れ替わられることもありますが、体を当てたら勢いを殺せますし、ゴールから遠ければ最悪ファウルでもいいじゃないですか。日本はサッカーがキレイ過ぎるというか、泥臭さや激しさ、守備のディテールには差があると思います。

――川崎もカウンターを受けた時にけっこうスコっと行かれることはありますしね。

 前に人数をかけているので必然的な弱点ですよね。バルサ化を目指した多くのチームがそうだったように、ポゼッションというのはわりと簡単に上がります。ビルドアップに対して奪えないと相手が思えば、引いてしまうからです。後方はフリーで回せるので、そこでボールを持っている限りポゼッションは上がっていきます。その罠にはまってしまうと、ボールを持たされてカウンターの餌食になりやすい。DFにとってはカウンターの方が対処は難しいですからね。

 川崎の現状での対策は前からプレスしてボールを奪い返すことと、あとは変な取られ方はしないこと。難しいのは、「仕掛け」ですね。川崎の攻撃の基本である「外す」は出し手と受け手のタイミングが合わないとパスが通らないので、実は何度もやり直しています。とはいえ、どこかで仕掛けないと打開できず、ただパスを回しているだけになります。

――先日、うちのサイトに中村憲剛のインタビューを掲載したのですが、そこに興味深いコメントがありました。以下引用しますね。「今は(成功確率が)フィフティフィフティでは出さない。それは(受ける選手の)能力が低いというわけじゃなくて、チームとしての方向性というか。オニさん(鬼木監督)は『出していい』って言ってくれているんですけど、より正確にやる方がいい、って30歳過ぎて自分の中で考え方が変わってきている」

 変な形で奪われてカウンターを受けるのが今の川崎の急所なので、中村の意識は非常によくわかります。一方で、仕掛けないと何も始まらないので鬼木監督の「仕掛けていい」というのもよくわかります。鬼木監督は記者会見でいつも「仕掛けが足りない」と繰り返している。とはいえ、仕掛けて成功するのが一番いいのですが、無理なら止めるという判断も大事。試合の状況によってリスクをどれだけ取るか、その判断を的確に行う必要があると思います。

――呼吸がピタッと合った時は最高の攻めになるんですけどね。川崎のゴールはファインゴールばかりですし。ただ、最高の崩しばかり狙うとポゼッションサッカーの落とし穴にはまる可能性もあると。

 そうですね。まあ、どんな点でも1点は1点なのでキレイかどうかは気にしていないと思いますけど(笑)。ただ、緻密な崩し方なので崩した時はだいたいキレイです。

――ACLの浦和戦が典型ですが、守りに入っても良くないですしね。

 このチームはそういうふうに設計されていませんし、攻めた方が強いと思います。あのバルセロナですら押し込まれれば脆い部分もあります。ただ、彼らにはカウンターを防げるマスチェラーノやピケという強力なCBがいますが。

「個」とは何か?

――お話を聞いていて思ったのが「個」とは何かについてです。日本サッカーではW杯が終わるたびに「個」が足りないと言われるじゃないですか。そこでイメージされる「個」と風間サッカーの「個」は違いますよね。

 そもそも「個」が足りないと言っておきながら、その「個」が定義されてすらいないですからね(苦笑)。一般的にイメージされる「個」とはメッシやロナウドみたいにドリブルで何人も抜いたり、スピードやパワーといった飛び抜けた能力を持っている選手ではないでしょうか。ただ、サッカーの「個」はもっと多彩というか、いろいろあるんだと思います。

 例えば、DFが右へ一歩踏み出した瞬間に左側に来たボールを処理することはできません。背走しているDFにはボールが見えない、前方へパスした後に素早く動くとマークは簡単に外れてしまう……など、こうしたサッカーの原理はこのスポーツが始まった時から存在していました。丸いボールの原理、人体の原理が同じだからです。それを理解して実践できれば1対1の闘いで勝つことができます。

 天才は子供の時分から原理に忠実にプレーしています。メッシの子供時代の映像を見ましたが、現在とまったく変わっていないんです。体格やスピードはもちろん変化していますが、プレーの作法はまったく同じ。相手の逆を突き、フリーになり、GKの動きを予測し、ゴールを見ないでもドリブルしながら正確にポストの位置を知る。知っている人は知っているし、知らなくてもメッシのように子供の時から本能的にできてしまう天才もいます。ベッケンバウアーはユース時代にクラマーに始めて戦術を教えられたそうですが、「全部自分が実行していることだった」と言っていたそうです(笑)。

 言葉としてはみなが知っていることも多い。パス&ゴー、プルバックの有効性、ワンタッチコントロール、ボールが来る前に周囲を見ること……本当は誰もが知っているはずのことなんです。ただ、「ボールを止めろ」と言われた時に完全に静止させられるか、動いてしまっているか、その差を明確に意識するまで原理の意味を突き詰めているかといえば極めて怪しい。

――日本人はすぐ右から左になるので心配なのですが、海外サッカーに比べてフィジカル面の鍛え方が圧倒的に足りない。だから鍛えましょう。となるのはOKなんですが、一気にそっちに傾き過ぎるとまた危険だなと。いくらスピードやパワーが上がっても、その使い方を知らなければ意味がないじゃないですか。

 川崎の選手の技術は高いかもしれませんが、他チームの選手に比べて明確なアドバンテージがある選手ばかりではありません。しかし、技術の使い方を知っています。そこが大きな差になっていますし、彼らのスタイルの中でやり続けることで技術そのものも向上する余地が出てくる。大久保はシュートの原理を知った後、得点を量産してJリーグ最多得点者となりましたが、その時に「こんなに簡単なんだ」と言っていたそうです。技術はあっても使い方を知らない選手だったわけです。原理を知って大きく進化した典型だと思います。

 風間監督はサッカーの原理を遺していきました。川崎の選手たちは原理を知り、共有し、活用することで進歩しています。原理は形ではない。原理なしで形から入ると形から出られません。原理を知った選手たちが作る形なら変化できます、というか形と言えるほど一定のものでもないでしょう。だから川崎はいつまでも変化し続けられる。あるのは原理であって形ではないので、分析されても困らない。また相手を分析する必要もあまりないんですね。自分たち次第なんです。だいたいボールは自分たちにありますし、個を壊していくので相手がどう守るかもさほど影響がない。完成図がない代わりに、選手が進化する限りチームも進化し続けていく体質になっているのではないでしょうか。

Photos: Getty Images, Takahiro Fujii

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J1リーグ川崎フロンターレ戦術リストランテ

Profile

西部 謙司

1962年9月27日、東京都生まれ。早稲田大学教育学部卒業後、会社員を経て、学研『ストライカー』の編集部勤務。95~98年にフランスのパリに住み、欧州サッカーを取材。02年にフリーランスとなる。『戦術リストランテV サッカーの解釈を変える最先端の戦術用語』(小社刊)が発売中。

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