代理人ジョルジュ・メンデスの「空前の移籍バブルのつくり方」
[対談]片野道郎 x 木村浩嗣「作られた好景気が向かう先」 前編
従来のレコードを一気に倍以上も塗り替える2億2200万ユーロでパリ・サンジェルマンが獲得したネイマールを筆頭に、2017年夏の移籍マーケットでは次々とビッグディールが実現した。この空前の移籍バブルは、2年前の時点ですでに予見されたものだった。
移籍市場のカラクリから代理人メンデスの凄味、そしてサッカー界を待つ未来まで。ともに20年以上にわたって海外からサッカーを見つめてきた本誌でもお馴染みのジャーナリスト、スペイン在住の木村浩嗣氏とイタリア在住の片野道郎氏が展望した月刊フットボリスタ2015年8月号収録の対談を特別掲載。
司会進行 浅野賀一
移籍金高騰のメカニズム
木村 少数の人間で時流を作り出したのは凄い
片野 メンデスは彼女がたくさんいる男くらいマメ
――なぜこの不況下にあって移籍市場は景気が良いのでしょう?
木村「景気の特に悪いスペインに住んでいる感覚からすると、この移籍市場の好況ぶりは本当に不思議。中東やアジアからお金が入ってきて投資ファンドの利用によってクラブの財政が下駄を履かされているという裏があるからこそ、選手の値段が上がっている。活況という点では、選手が動き過ぎるくらい動いている。値上がりするから動かした方が得だという論理で動いているとしか思えないから、両方関連しているってことだよね。値上がりしているってことと、その裏には資金流入があることと、値上がりしているからこそ選手がコロコロとクラブを変える事態になっている。それが見た目は活況に映っている」
片野「正確に言うと、『値上がりしている』ではなく『値上がりさせている』だよね。移籍市場にお金を投じている人たちが選手を値上がりさせた上で転がすという仕組みを作っているから活況になっている。お金を入れるというのが一番先にあって、そのお金を回す仕組みとして移籍金を釣り上げて、しかも移籍の頻度を高めて1年とか2年でどんどん選手を移籍させるという流れを、ジョルジュ・メンデスをはじめとする代理人やドイエンスポーツをはじめとする投資ファンドがうまく作り出している結果として、スペインやポルトガルのように投資ファンドが認可されるところではうまくいっている。イタリアでは投資ファンドが認可されていないので高い選手を買えず、逆にいい選手は引き抜かれていくという状態がここ数年続いているわけだけど、これはある意味で健全だと思うんですよね。金ないんだからしょうがないじゃん、という。その分、先月破産したパルマを除けば、近年セリエAのクラブは経済的に酷いことにはなっていない。UEFAが導入したファイナンシャル・フェアプレー(FFP)がイタリアのリーグでも適用されることになってクラブが経営を健全化せざるを得ない状況でもあり、スペインやポルトガルのようなバブルは起きていないんですよ。この対照ぶりを見ると、好景気がどういうメカニズムで起こっているかがよくわかります」
木村「それにしても驚きなのは、メンデスとお金を持っている数十人がグルになればそれだけのことができることだよね。彼ら一派がこれだけのお金の流れを作り出している。たまたま時流に乗っているのではなく自分たちで時流を作っている。それを少数の人間でやったというのが凄い」
――メンデスは他の代理人と何が違うのでしょう?
片野「彼の画期的な点は、競合していた代理人同士をみんな味方に巻き込んで『一緒に儲けよう』というスキームを作ったことですよね。多分ベルルスコーニ(ミランオーナー/当時)とかと一緒で、人間的にとても魅力があって、だからこそ選手もクラブも巻き込まれていくんでしょう。2006年にピニ・ザハビ(イスラエル出身の大物代理人)がテベスとマスチェラーノをウェストハムへ売り込んだのが欧州で初めて投資ファンドが絡んだ移籍なんだけど、メンデスはすぐその商売に目を付けてどんどん進めていったという流れだよね。自分が選手を動かして全部支配しよう、じゃなくてネットワークを作ってそこで市場を独占しようと考えたのが発想として凄い」
木村「人と人を繋げる人みたいだからね」
片野「そして自らは移籍の当事者にはならずマージンだけ抜くという立場に徹しているのも実は凄くて、そうすると絶対損はしないんだよね」
木村「それとメンデスは顧客である選手の多くとは彼らが20歳前後のタイミングで知り合っていて、いいところに目を付けたというと言い方が悪いけど、人間的に未熟でたぶらかそうと思えばたぶらかせるような若者を取り込むのがうまい。とはいえ、みんなをちゃんとケアしているから関係が続いているんだと思う。それが彼の人間性なのか仕事としてうまくやっているだけなのかはわからないけど」
片野「メンデスは凄くマメで彼女がたくさんいる男みたいなもの(笑)。人間性とテクニックの両方がないとできないでしょう」
木村「そうだね。普通は、マメだったらモテますって言われてもマメになれないもんね(笑)」
片野「ごく自然にマメになれる人じゃないと、ナイトクラブのオーナーがここまでの大物代理人になれないでしょう」
木村「普通の人は24時間働けないよ」
片野「バイタリティにあふれた人なんだろうね。個人的には知らないけど」
木村「実際に会ったら、俺たちは50代だから、裏に何かあるなって思うんじゃない?」
片野「でも『儲かる』って言われたらグラッとくると思うよ」
木村「まあね(笑)。みんな儲かるから、幸せになれるからって言われるとね。その仕組みの中に入っちゃおうかなっていう誘惑は常にあるだろうね」
片野「つまりは言い方が悪いけどマフィアと一緒で、仲間に入れば儲かるけど、仲間に入らなかったら排除される。利益を共有しているグループならどこでも同じだと思うけど、その仕組みがここでも働いているわけだよね」
仕組まれた好況の是非
片野 未来を考えるとポジティブな気分にはなれない
木村 ビジネスのいい部分だけを取り込むことはこれから必要
――するとメンデスのやり方は正しくない?
木村「難しい判断だけど、選手やクラブ、投資家という顧客が感謝していればOKなんじゃないの」
片野「でもこういうやり方がまかり通るかと思うと、サッカーの未来を考えるとポジティブな気分にはなれない。彼らが関わったオペレーションの移籍金はその多くを代理人や投資ファンドが吸い上げてしまってサッカー界に還元されない。クラブの取り分は借金返済や選手への再投資など目先のものに消えるので、クラブ施設やスタジアムの建設といった長期的な視野に基づいたお金の使い方ができない。今は右肩上がりだからそれでもいいけど、バブルが弾けたら悲惨なことになるのは目に見えている」
木村「これからのサッカー界ということで言うと、これまでなかったことをやっているメンデスは注目すべき面白い人。では彼のやっていることはサッカー界のためになるか? という話になると、そんなにネガティブなことばかりじゃないかなとも思うんですよ。クラブは確かに投資ファンド絡みの移籍では大きく儲けていないけど、右肩上がりである限り損もしていない。ただ、スポーツ面の成功によってその他の部分で儲けている。例えば投資ファンド絡みでファルカオやジエゴ・コスタを売ったアトレティコ・マドリーは、移籍金が丸ごと懐に入ったわけじゃないけど、チームはリーグ優勝などの結果を出したし、クラブの知名度や集客力のアップ、国際的なスポンサー獲得といった力を付けることで結果的にはプラスですから」
片野「でも、ポルトやベンフィカは自転車操業だし、スペインならデポルティーボやヘタフェ、エルチェのように投資ファンドの力を借りたものの結果が出なくて経営が傾いたクラブもある」
木村「なら投資ファンドの力を借りない方が良かった?」
片野「そう思います。それが健全。スペインは経営でドーピングしているようなところがありますよね。他の国では認可されていない、いわゆる高利貸しを認可して回しているけど、結局クラブの経営状況は悪くなっていて、それがパンクした時にどうなるのかなと。イタリアはそういう状況をすでに経験したので、その立場から見ていると危うい感じがします。これはメンデスだけの話じゃないんですけどね」
木村「結局、投資ファンドは高利貸しと似たものなんだよね。これまでスペインではOKだけど、イタリアやイングランドではNGだった。FIFAが第三者保有を禁止したので今後はスペインでも駄目だけど」
片野「スペインのクラブは税金も安いし優遇されているよね。イングランドでは放映権料高騰のおかげで中堅クラブでもお金があるからスペインやドイツからも選手を引き抜ける。ドイツはリーグの規制が厳しいから移籍市場でも比較的安い相場で動いている。イングランドやドイツと違って南米を含むラテンの国々はメンタル的にそうした抑制が効きにくいよね。サッカーはパッションとエモーションのスポーツだからと、ロジックがそれに負けてしまうところがある」
木村「俺は第三者保有の禁止自体に反対はしてないんだよね。禁じられるだろうと思っていたから。FIFAの新規定で面白いのは、今後は移籍ごとに代理人の取り分が公式発表されるようになったこと。非常に楽しみです」
片野「そうだね。ネイマールのバルセロナ移籍に関しても、最初に公式発表された移籍金の倍くらいのお金が実際には動いていたわけじゃないですか。もちろん抜け道は常にあるけど、以前よりは透明化へ向けて動いているよね」
木村「リーガでは、もしかしたら2強以外のクラブは第三者保有の禁止によって競争力を失うかもしれない。それはしょうがないけどやっぱり残念。アトレティコの成長で3強になったのにまた2強に戻るのかと思うとね」
片野「セビージャの経営はどう?」
木村「悪くないですよ。もう公的な借金はないし。選手がよく入れ替わるからピッチ上の苦労はあるけど、エメリのような優秀な監督のおかげで奇跡的に強くなっている。アイドルを次々売られるからファンは悲しいけどタイトルは獲ってくれているし」
片野「でも自転車操業だから転べば終わりでしょ?」
木村「だけど今のところはよく走っているからね。猛スピードでレースに勝っている状態」
片野「それでも中堅以下のクラブでは成功が長続きしないことが多いわけで、例えば10年とか15年をかけて中堅クラブからビッグクラブへステップアップした例ってほとんどないんだよね」
――メンデスの新しい手法である、オーナーと監督と選手をすべて連れてきたクラブ経営の総合コンサルティング、バレンシアのケースについてはどう思われますか?
木村「ファンは大歓迎だよね。ただ面白いのは、CL出場権獲得をリーグ最終節で決めるという綱渡りだったこと。今は成功だと言っているけど、もし出場権を逃したら失敗となっていた。ただし潰れかけていたクラブだったわけで、そこにお金が入って借金も返すメドが立ったという面では良かった。今はFFPがあるからポケットマネーで一気に補強するわけにいかなくて、スポーツ面での成功は最終節で辛くも達成したわけだけど」
片野「バレンシアはオーナーが交代してまだ1年だけど、じゃあこれを5年、10年のスパンで見た時に継続性があるのかは気になるよね。投資なり投機なりを目的にやって来た人間は儲からなくなったら逃げていくから。そういう風潮は避けられないけど、サッカーが完全に単なるビジネスになってしまっていいのかというのは議論としてあると思う。タッチ&ゴーであっさり逃げられないような仕組みを作っておかないと。バレンシアも現オーナーのピーター・リムが5年、10年クラブを所有するか、ちゃんと次の人に転売してくれないと元の木阿弥になってしまうわけだから」
木村「結局、昔のオーナーとの違いはクラブ愛があるかないかで、リムは別にバレンシアのファンじゃない。あくまで投資として見ている。昔のオーナーはそのクラブが大好きで、自分がファンの筆頭だから所有していたのであって、ほとんどの場合、そこにはいい意味でのビジネス感覚はまったくなかったからよく破綻していた。クラブ破綻=自分も破産という、ある意味で凄くロマンチックな法則に支えられていたんだけど、リムはもちろん自分が破産しないようにやるよね」
片野「別にそれが悪いと言っているわけじゃないんですよ。しょうがないとは思うけど、売り逃げとか急速な隆盛と衰退とかはあまり起こらない事態にしていかなきゃなと」
木村「儲けるためにビジネスのいい部分だけを取り込むことはこれからのサッカー界に必要だろうね。投資家を締め出すのはもう不可能だからなあ。お金持ちが投資したいと言ってきたら条件付きで歓迎すべきなのかなと」
片野「そうだね。事実、UEFAのプラティニ会長(当時)FFPの投資に関する規制を緩和する方向で動いている」
木村「妥協と言うと表現が悪いけど、現実に合わせながらうまくやっているよね」
片野「UEFAはきちんとやっているし、やり方がうまい。パリ・サンジェルマンやマンチェスター・シティがFFP違反を覚悟の上で大型補強を行った時も、一発で締め出さずに話し合いを重ねた上でいい落としどころを見つけて対処している。原理原則は譲らないけれど忍耐強さがある。だからプラティニは大した人だなと常々思っています」
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Photos: Getty Images
Profile
浅野 賀一
1980年、北海道釧路市生まれ。3年半のサラリーマン生活を経て、2005年からフリーランス活動を開始。2006年10月から海外サッカー専門誌『footballista』の創刊メンバーとして加わり、2015年8月から編集長を務める。西部謙司氏との共著に『戦術に関してはこの本が最高峰』(東邦出版)がある。