「25-0大勝で監督解任」報道に想う
日本でも報道された、大勝したチームの監督が解任された問題。25-0がやり過ぎなら18-0はいいのか? 手を抜けと言うのは逆に失礼ではないのか? スコアの操作で取り繕ってOKという安易さは? 少年の「教育」の名の下にスペインで行われていることを報告したい。
まず事実関係を整理しておこう。バレンシア連盟主催の8人制サッカーのアレビン1年目(10歳)カテゴリーで、6月3日に行われたリーグ最終節でセラーノスBがベニカラプCに25-0で大勝。これが「常識外れ。小学5年生を貶めている」(セラーノスのコーディネーター)行為だとして大勝監督を解任した、というものだ。コーディネーターは「得失点差でタイトルが懸かっていれば(大勝狙いも)しょうがない」とも言っている。ただ、同クラブは4位が確定済みで個人の得点王だけが唯一手の届くタイトルだった(実際、この試合で6ゴールを荒稼ぎした選手が得点王を獲得した)。監督は今季限りの退団が決まっており、親善試合を数試合残しての途中解任だった。
さて、解任の判断は妥当だったのか?
得点経過を見ると前半で10-0、後半で15点を追加しているから監督がストップをかけた気配はない。後半GKが2点決めており、これがPKでなく攻め上がっての得点だとするとやり過ぎかもしれないが、このGKはリーグ通算で21得点を挙げており、フィールドプレーヤーを兼任しているのかもしれない。
いずれにせよ大事なのは、大敗側の子供たちが打ちひしがれていたのか? 大勝側の子供たちに相手を馬鹿にするような言動があったのか? という2点。だが、これは試合の現場にいないとわからない。
53-0で子供はどうなった?
こんな実例がある。2014年にセビージャでアレビンの7人制サッカーの試合で53-0(!)というのがあり、大騒ぎになった。教育関係者が「子供の精神衛生上良くない」としたり顔で語り、セビージャ連盟が大勝側の監督を処分すると報道された。だがこれ、メディアの勇み足だった。処分が事実でなかっただけでなく、そもそも子供たちが精神的苦痛を受けた事実がなかった。勝った方に礼を欠く行為はなく、負けた方(1人少ない6人でプレー)も大敗を淡々と受け入れた、という文書を両クラブが連名で発表したのだった。
意外に子供は平気、というのが指導者としての私の実感だ。だから大勝にブレーキもかけない。手を抜くなんて逆に失礼ではないか。ただ、相手が落ち込んでいれば逆足でシュートさせるとか、不慣れなポジションでプレーさせるとかで、こちらも学べるし得点も制御できるしの一石二鳥の手を打つのは良いと思う。
指導していたチームが22-0で負けたこともあるし、リーグ1勝で最下位独走なんてこともあったが、それ私の手腕が問われることはあっても子供がショックで寝込むとか、練習に来なくなるなんてことはなかった。「トラウマだ」「屈辱だ」と騒ぐのは決まって外部の人間で、特に「サッカーは教育だ」という正論を述べる人にこのタイプが多い。
スペインの育成世代の指導者は、「人間教育」や「育成」の名の下で勝利を要求されるという無理難題を課されている。スコアを繕うというのも、この種の矛盾の一つ、偽善の一つであると思う。たとえ1-0でも礼を失した言動があれば子供は傷つくし、53-0でもスポーツマンシップに則っていれば普通は平気である。
プロの予備軍が子供を蹂躙?
7、8人制サッカーでは10点差ゲームは当たり前。特に、プロクラブの下部組織は街クラブを毎週叩きのめしている。今回大敗を喫したベニカラプCはバレンシアのGチームにも15-0で粉砕されている。同じ年代のアンダルシア2部リーグのベティスAも18-0なんて試合も含む28勝2分(259得点25失点)で首位独走。カタルーニャ1部リーグのバルセロナCは30戦全勝(233得点36失点)、マドリッド1部リーグのアトレティコ・マドリーAも22戦全勝(244得点11失点)で、いずれも優勝している。良いことだとは言わないが、これが毎年繰り返されるのが現実なのだ。それでも、トラウマだなんだと騒がれないのはさすがにプロ予備軍、ひとえに教育が行き届き、勝利者側に失礼な行為がないからだろう。
育成に人間教育という面があるのは否定しない。しかし、例えば大敗のショックを和らげるために、10点差以上のゲームについて「スコアボードに反映しない」とか「WEBページに結果を載せないで伏せる」「チーム成績にも個人成績にも換算しない」とかが、実際にクラブや連盟によって行われているとなると、「ちょっと待てよ!」となる。
こういうスコア操作で“ああ良かった。これで明日も練習で頑張れる!”と落ち込んでいた子供が元気になると考えるのは、“大勝は失礼で大敗は心の傷の元”と早合点するのと同じくらい浅はかだ。得点差で善悪を決めるという大ざっぱさが守るのは、子供の心ではなく大人の面子ではないのか?
Photo: Hirotsugu Kimura
Profile
木村 浩嗣
編集者を経て94年にスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟の監督ライセンスを取得し少年チームを指導。06年の創刊時から務めた『footballista』編集長を15年7月に辞し、フリーに。17年にユース指導を休止する一方、映画関連の執筆に進出。グアルディオラ、イエロ、リージョ、パコ・へメス、ブトラゲーニョ、メンディリバル、セティエン、アベラルド、マルセリーノ、モンチ、エウセビオら一家言ある人へインタビュー経験多数。