エスナイデルのジェフ千葉は、なぜ支配率70%でも負けが込むのか。
西部謙司の『戦術リストランテ』WEB出張版
2017年のJ2は曺監督の湘南、風間監督の名古屋、大木監督の岐阜、間瀬監督の愛媛といったユニークな日本人監督はもちろん、スペイン人監督のロティーナ(東京V)やリカルド・ロドリゲス(徳島)がさっそく1年目から存在感を発揮するなど個性的なチームが多い。そんな中、ひときわ異彩を放っているのが千葉の監督に就任したアルゼンチン人ファン・エスナイデルだ。圧倒的なボール支配率で敵を押し込み攻めまくる。しかし、成績は中位以下。フットボリスタの人気連載『戦術リストランテ』のWEB出張版として、西部さんが密着するマイチームの不思議な魅力を堪能してほしい。
構成/浅野賀一
J2に突如現れた“トータルフットボール”
――アルゼンチン人のエスナイデル新監督が率いる今季のジェフ千葉はヘンなサッカーをやっていると噂です。
「何がヘンなのかを語るためにも、まずJ2の中での千葉の位置づけから話しましょうか。当たり前の話ですが、J2はJ1よりもレベルが低い。簡単にいえば『プレッシャーをかけられるとビルドアップできない』、『相手に引かれると崩せない』という2点が最大の違いです。その結果どういうサッカーが展開されるかというと、自陣でごちゃごちゃ繋ぐよりもどーんと長く蹴っちゃって陣地を回復させる。で、前から猛烈にプレスをかける。そういうチームが必ずいくつかあって、毎回1チームは昇格している。J2ではこの“前プレ”がチャンスになる。ここでボールを取れなければ潔く引く。ロングボールを蹴って前から奪いに行くばかりでは間延びするので、実際は引いている時間の方が長いです。引くと攻撃はしにくくなりますが、引いたら崩せるチームは少ない。なので、前プレと引きこもりの組み合わせはJ2の必勝パターンです。その中で今季の千葉は『プレッシャーをかけられてもビルドアップできて、相手に引かれても崩せるチーム』を目指しています」
――“J2の弱点”を両方克服するのは確かに理想ですよね。だから、ボールを支配して攻めまくると。
「特徴はハイライン&ハイプレス、そして高いボールポゼッションです。もうこれで説明を終えていいぐらいの明確な特徴です。ポゼッションはだいたい65%以上取ります。これぐらいないとハイプレスで90分もたすのは無理です。その点でハイプレスの条件はクリアしています。守備ではとにかく前からプレスします。ボールが少しでも動いたらプレス、ボールに近い相手からマンツーマンで捕まえます。それに伴ってDFラインは高く上げ、だいたいハーフウェイラインまでプッシュアップします。とにかくラインが高い。しかも極力下げません。そのためGKの守備エリアは自陣の半分ぐらいカバーすることになります。GKの佐藤優也は毎試合ヘディングしますし、スライディングタックルもします。あらかじめペナルティエリア外にポジションを取っている時もあり、ガラ空きのゴールにシュートされることも毎試合です。それで失点したのは今のところ1点だけですが危ないのは毎回です」
――なぜ、そこまでハイリスクなサッカーをやる必要があるのでしょう?
「ハイラインのメリットはプレスが効きやすくなることで、デメリットは見たままですが裏のスペースが広大にあること。ただ、最近は裏のスペースをモロに突かれる場面は減ってきています。相手が意識し過ぎている感はありますね。トルシエ・ジャパンを思い出します。弱点を丸見せしている守り方なのですが、意外とやられそうでやられない。ただ、トルシエ監督の方が下げる機能もはっきりしていて守備戦術は洗練されていました。千葉のラインコントロールは“トータルフットボール”と呼ばれた1974年W杯のオランダ代表に近い感じです」
――J2で“トータルフットボール”を目指すのはチャレンジングですね。
「しかも最新のトータルフットボールじゃなくて、ちょっとバージョンが古いんですよね。とにかく前からガンガン行って、後ろはオフサイドトラップで守るというのに近い。DFラインを下げる明確な基準がないんです。例えば、トルシエ・ジャパンのフラット3はボール保持者が“オープンな状態=前を向いてパスを出せる状態”だと自動的に後退するなどの約束事がありました。だから、3バックがオートマティックに判断をそろえられた。エスナイデル監督はなるべく下げるなという感じですね」
「指示」と「判断」の板挟み
――でも、下げる時はあるんですよね?
「危ない時は個人の判断で下げます」
――個人の判断だとラインがそろわなくないですか?
「もちろん、こういう時は下げるという約束はありますが、基本は下げないわけですから、下げる判断がけっこうギリギリになります。CBが2人ならそれでも合わせられますが、3人の場合は3人が合わせられる基準、ギリギリでない基準が必要だと思いますね。80年代後半のミランでサッキが[4-4-2]ゾーンのプレッシングサッカーを導入した頃、名手バレージだけが上げ下げの判断が合わなかったそうです。彼はギリギリでダメだという時の判断がめちゃくちゃ早かったんです。サッキが決めた約束事はバレージから見れば緩かったのではないでしょうか。ただ、バレージ独自の基準に全員は合わせられないわけで。結局、バレージがサッキのサッカーに合わせられるようになった後、大枠の約束事だけではカバーできない穴を埋めたのはバレージの危機察知能力でした」
――全員がバレージのように守れと。
「そこまでは言いませんが、状況に応じて守れということでしょう。裏を取られないためにはどこかで危機を察知してラインを下げる必要がありますが、そこは個人の判断に関わる部分が大きい。何しろギリギリなので。相手がラインの手前で余っていれば原則的に1人が前に出てマークしています。ライン形成はしますが無駄には余らさず、ラインを崩すタイミングは早いですね。そこも判断が必要なところです」
――臨機応変さが要求されるので、日本人には少し難しいかもしれませんね。
「日本人は多少理不尽でも監督から『こうやれ』と全部決めてもらう方がやりやすいかもしれませんね。エスナイデルは『前から行け』と常に言っていますが、その通りにDFが前から行って抜かれたら『なぜだ?』と怒りますからね。常識的に考えて、DFが飛び出したらボールを奪うか、奪えなさそうなら止まらないとダメじゃないですか。そのまま行って抜かれたらまずいですよ。千葉の選手も今まで通りの基準でプレーしていたら、起こらないだろうエラーをしているのは、新しい外国人監督が来て、その人の言う通りやろうとするので自分の判断にブレができている。エスナイデルが口に出しているのは『前から行け』ですが、行き過ぎてピンチを招いたら意味がないのは当たり前です。しかし、時々やり過ぎてしまう」
――そのあたりのさじ加減は文化の違いもあるのでしょうね。
「キャンプの段階では意識付けを行っているので、前から行って抜かれたり、サイドチェンジに失敗しても『OK、OK』ですが、実戦で同じことをしたら『え?』となります(笑)。言う通りにはやらなければならないけれども、それでミスになったら選手の責任ですからね。サッカーですから監督がすべてのプレーを決めることはできないし、誰もそうしようとは思わない。オーダーはガイドみたいなもので、それに沿って一つひとつの判断を選手が丁寧に行うのは当然です。ただ、新しい戦術に取り組む初期段階では戦術に寄り過ぎて判断のミスが起こりやすくなりますね」
――選手はどう思っているんですか?
「良くなってきていると言う人もいますし、半信半疑の人もいます。ただ、『監督の方針に従う』のはプロとして当然ですし、千葉もそうなっていると思います」
ハイリスク・ローリターン。なぜ点が取れない?
――ただ、意外とDFラインの裏はやられていないみたいなので、千葉が勝てないのは別なところに原因がありますよね。ここまでリスクを冒して前に出ているのに、全然点が取れていないのはなぜなんでしょう?
「この前の長崎戦では初めて5点取りましたよ(笑)。順番に話すと、ビルドアップではGKからできる限りパスを繋ぎます。相手がプレスしてきてもGKを使いながらパスワークでプレスを外します。詰まった場合はロングボールも使いますが、それもサイドへの速いボールが優先で、そこまでしてもダメな時にトップの頭を狙うロングボールになります。相手のプレスを外したら、ショートパスを使いながら引きつけ、CBやボランチから左右へ大きなパスで展開します。インテリオールが前へ出て、入れ替わりにFWが引いてクサビを使う、SBが出てインテリオールが引くなど、人が入れ替わりながらサイドを狙う攻め方はビエルサ方式というか、アルゼンチン的な感じです。ただ、結局はサイド攻撃ですね。少し詰まったら大きなパスでサイドチェンジが監督推奨です(笑)。そういうわけでクロスボールの数はJ2でもトップなのですが、その割には得点に結びついていません。ラリベイ、指宿の高さはあるのですが、ハイクロスでそんなに点は入りませんからね」
――中央からの崩しはないのですか?
「あまりないですね。攻撃のアプローチはサイドからのクロス中心です。現状サイドまでボールは運べますが、そこからの攻め手が少ない。1対1で抜けるドリブラーがいませんし、ボックスまで入っていけるようなパスワークもない。ここは課題です。ポゼッションできるということは、逆にいえば相手は諦めて引きます。引いてくれるのでさらにポゼッションは上がりますが、カウンターのチャンスが少なくなる。守備でハイリスクを負っている割にはローリターンなのが順位が上がらない原因です。早い時間帯で先制できると相手も前に出てきてチャンスも増えるのでしょうが、そうでないと手詰まり感があります」
――要は「引いた相手を崩せない」のが課題ということですね。高さはあるのになぜ決め切れないのでしょう?
「そもそもサイドからハイクロスを放り込むだけでは点になりにくいです。両サイドを広く使ってクロスではシンプル過ぎますし、クロスの精度にも課題があります、中に関しても指宿やラリベイはクロスのターゲットとして獲得した選手なので、もう少し頑張ってほしいですね。指宿はゴール以外での貢献も大きいですが」
――1対1で突破できるウイングがいないのならばサイドチェンジしない方がいいのでは? 同じアルゼンチン人監督でもシメオネは守備を考えて、あえてワンサイドのみを攻めますが。
「そこは監督のこだわりなんでしょうね。オランダ的なサッカーですよね。ただ、中央から攻めない理由は、シメオネと同じくカウンター警戒だと思います。違いはサイドチェンジすることですが、サイドを変えても1対1で抜けるドリブラーがいないので、密集するまで待たなければならない。味方が集まるまで待っていたら敵も集まるので、結局同じことの繰り返しになります。で、最終的にはアバウトなクロスを放り込むことになる。今後改善していきたいのはクロスを上げる場所ですね。タッチライン際から放り込むのではなく、ペナルティエリアの角まで進出して精度の高いショートクロスで勝負したい。レアル・マドリーがよくやるパターンですが、ゴールに近い位置まで切り込めればクロスの精度も上がりますし、エリア内で高さの優位も生かしやすくなります」
――前からのプレスで奪ってショートカウンターというパターンはないのですか?
「それは一番の狙い目です。しかし、千葉相手に自陣からボールを繋いでくるチームはほとんどありませんね。思ったほどショートカウンターからの得点チャンスがないのが現状でしょう。プレスを外し切ろうとするチームは名古屋と岐阜くらいじゃないでしょうか。名古屋には完勝しましたよ。湘南戦もプレスを外されていますが、湘南にはパスワークではなくCBのドリブルで外されていました。その他のチームは裏のスペースががら空きなのでそこを狙ってきます。ただ、この前の長崎もそうでしたが、明らかに裏が空いているので焦ってしまったのか、ゴールラインを割る雑なボールばかりでチャンスを潰していました。その点、松本山雅の反町監督は徹底していてコーナーフラッグ目がけて蹴ったそうです。ゴールラインを割る確率が下がりますし、距離が長い分走って追い付くかもしれない。千葉の守備は穴だらけに見えますが、対策を意識するとけっこう相手がミスをしてくれています」
独自路線の行き着く先
――3バックと4バックを併用していますが、相手に合わせて変えているのでしょうか?
「開幕からしばらく[3-5-2]でしたが、途中から[4-3-3]がメインになっています。フォーメーションはどちらも使うつもりだったようですが、相手によってDFの数を変えているのではなく自分たちの都合だと監督は話していました。例えば、サリナスを使うか使わないか。縦の推進力があり左足で強いボールを蹴れるのでウイングバックとしては最適なのですが、守備に穴が空きやすい。運動量があるので守備力が低い印象はないかもしれませんが、4バックのSBとしては使いにくい。例えばサリナスを使うなら3バック、使わないなら4バックといった具合に、選手のコンディションや組み合わせによってフォーメーションを決めているのではないでしょうか」
――我が道を突き進むエスナイデルのサッカーは尖っていて興味深いですが、未来はあると思いますか?
「現状はプレッシャーをかけられるとビルドアップも危ないですし、引いた相手を崩せてもいませんが、このサッカーが浸透してくれば崩せるようになるかもしれません。うまく行けば長崎戦のように5–0で勝てるチームになるかもしれない。J2は勝ち点が詰まって団子状態になるのが常なので、ラスト10試合ぐらいで強力なチームに仕上がっていればプレーオフには入れます。ハイリスクをもう少しコントロールして、得点力が上がればチャンスはあるでしょう」
――湘南のサッカーにも言えることですが、「アグレッシブで見ていて楽しい」というのはエンターテインメントとしては大切なことだと思います。
「ピンチもあるけどチャンスも多いですし、見ていて面白いのは確かです。とても個性的なサッカーで、そもそもなぜこんな極端な戦術なのか。いろいろな理由はあると思いますが、最終的には監督がこれをやりたいからでしょうね。勝つためにやっているのですが、それだけじゃない。勝つために守備的な戦術をやる、つまり『仕事』をすることもあるのかと質問したら、『私が今までの試合でそれをしたことがありましたか?』と言っていましたよ。これからもやらないだろうと。オランダやスペインには割といるタイプでしょうか。サッカーが単なる勝ち負けのゲームではなく、人生観と重なっている感じなんです。『このサッカーで勝つ』と決めているので、プレスがかからなければ引くではなくもっと強いプレスをかける、相手のプレスが強烈で繋げなくなれば蹴るのではなく繋げる選手に代える。気が付けば、今季の千葉はボールプレーヤーばかりになっていました。チーム作りは明確な方針がなければダメで、戦術に合わせてチームが良くなっていくかもしれない。少し長い目で見た方がいいと思います。『プレッシャーをかけられてもビルドアップできて、相手に引かれても崩せる、かつ相手のビルドアップを破壊できるサッカー』という目標は、時間をかけても挑戦する価値はあると思います」
Photo: Getty Images
Profile
西部 謙司
1962年9月27日、東京都生まれ。早稲田大学教育学部卒業後、会社員を経て、学研『ストライカー』の編集部勤務。95~98年にフランスのパリに住み、欧州サッカーを取材。02年にフリーランスとなる。『戦術リストランテV サッカーの解釈を変える最先端の戦術用語』(小社刊)が発売中。