日本のサッカー中継は低レベル? 欧州は解説者も進化している
CALCIOおもてうら
イタリアのTVでサッカーの試合実況中継を観ているとしばしば唸らされるのが、アナウンサーと解説者のレベルの高さだ。目の前で起こっている一つひとつのプレーをリアルタイムで、かなりのディテールまで含めて凄いスピードで描写していくアナウンサー、そしてそこにタイミング良く戦術面を深く掘り下げた解説を付け加えていく解説者。その情報量とコメントの質は、普通にTV中継を観ているだけでサッカーを見る目が自然と肥えるほどの充実度である。
かつて地上波のTV(国営放送『RAI』、ベルルスコーニの民放局『メディアセット』)だけしかなかった90年代には、実況の描写はもう少し冗長で、かつシュートやクロスといった危険な場面のアクションを抑揚をつけて強調するタイプの、言ってみれば盛り上げ系とも言うべきスタイルが主流だった。しかし2000年代に入って、衛星ペイTV局『スカイ・イタリア』がセリエAやCLの中継をするようになって以降、試合中継のクオリティと専門性が急速に上がった。
人気解説者は「並の」DF
特に近年は、実況も解説もいかにディテールに踏み込んでそれを言葉に変換していくかを追求する傾向がますます強まっている。どこまで専門性を高め内容を高度化できるかを、第一線の実況ジャーナリストと解説者が競い合って進めているという印象すらある。
スカイ・イタリア解説陣は、全員がプロコーチライセンスを持った元プロ選手。その中で最も情報量とその密度が高いことで定評があるのがダニエレ・アダーニだ。選手としては1990年代から00年代にかけてブレシア、フィオレンティーナ、インテルなどでプレーした「並の」DFでしかなかった。しかし解説者としてはピッチ上の状況をリアルタイムで読み取って言葉に変換するスピードの速さと掘り下げの深さが他の解説者と比べても段違いで、今や看板解説者の一人。14-15シーズン半ば、インテルの監督に途中就任することになったロベルト・マンチーニ(フィオレンティーナ時代に監督と選手の関係だった)から助監督就任のオファーを受けたにもかかわらずこれを断って解説者としてのキャリア継続の道を選んだことでも話題になった。
その情報量と内容の深さがどのくらいなのか、昨年のある試合の実況中継を例にとって、実際のコメント内容をちょっとここに訳出してみよう。前半13分、ユベントスのアレックス・サンドロが左サイドをドリブルで突破し、その流れでマンジュキッチがシュートを打った場面から始まって、その30秒ほど後にプレーが切れたところでシュートシーンがリプレーされ、その後すぐにまたプレーが切れてブッフォンがゴールキックを蹴るまでの2分弱(正確には12:50から14:45までの115秒間)の内容はこうだ。
実況:キエッリーニからアレックス・サンドロ。静止状態からイアゴ・ファルケに突破を仕掛けて一気に抜き去った。ザッパコスタが飛び出して捕まえに行くも、エリア内に走り込んだストゥラーロにスルーパス、それをすぐにクロス! ケディラが入って来たがシュートは当たり損ね、そこにマンジュキッチだ! しかしハートがよく反応してトリノのゴールを守りました。ユベントスは頻繁に、そしていい形でジョー・ハートを脅かしています。
アダーニ:マンジュキッチはアタランタ戦でもこういう形でゴールを決めましたね。エリア内のボールに反応して触り、軌道を変える。しかし今回はGKが良かった。逆を突かれながら反応して左手一つで弾き出しました。
実況:ここで再びユーベ。リヒトシュタイナーが外からマンジュキッチに向けてクロス、クロアチア人FWはロッセッティーニと競り合いましたがファウルになりました。トリノのFKです。両チームともにクレイジーなほどハイペースの展開が続いています。
[ここでシュートシーンのリプレーがインサートされる]
アダーニ:ここではザッパコスタが(A.サンドロに対して)高い位置に出過ぎているし食いつくタイミングも早い。でも状況から見てそうせざるを得ないんですね。その背後をカバーするためにロッセッティーニも外に引き出されて、ストゥラーロが縦に走り込むスペースができました。その流れでマンジュキッチがシュートに触ってコースを変えているけれど、ハートがよく反応してセーブしました。
実況:逆を取られているにもかかわらず素早く倒れ込んでよく左手を出したトリノの大型GKです。ここでイアゴ・ファルケがアレックス・サンドロにファウルを受けてトリノのFK。
アダーニ:その直後のクロスをめぐる空中戦でのロッセッティーニは良かったですよ。さっき言ったマンジュキッチの当たりの強さにもかかわらず、競り合いで前を取ってボールに触らせずファウルを誘った。
実況:トリノのロングボールがゴールラインを割って、ブッフォンからのゴールキック。ここでピッチサイドのレポーターからです。
レポーター:今ミハイロビッチがザッパコスタをピッチサイドに呼んでいくつか指示を出しました。A.サンドロにかなりやられているので心配しており、修正が必要です。
アダーニ:ザッパコスタは外に出ていくタイミングを見極めないと。マークするFWを持たず、最終ラインに入って内に絞ったポジションを取っているSBはどう振る舞うべきか。近い距離感でプレーするユーベの2トップを2対2でマークするCBをカバーするポジションを取るか、そうでなければやや開き気味に動いて、そこから外に飛び出し敵ウイングバックを捕まえる動きに備えるか。そこのところはスカラトゥーラ(マークの受け渡しに伴うポジション移動)のタイミングの問題です。
特徴は、空白、沈黙の時間は非常に少ないこと。実況アナウンサーはプレーの展開を言葉で追いながら、誰から誰にボールが渡ったかという名前を連呼するだけでなく、ここのプレー内容をできる限り細かく描写しようと試み、流れが途切れると解説者がすかさずその場面を掘り下げるコメントを入れていくという具合である。
参考までに、日本のある実況中継だと、同じ試合、同じ115秒のシークエンスを通じた実況・解説は次のような内容だった。
実況:さあアレックス・サンドロです。ストゥラーロにボールを出してファーサイドはマンジュキッチ。ここからケディラ! マンジュキッチに当たったんですが、ハートがよく反応しました。いやあハートは良く反応しましたね。
解説:足下でしたけど、コースがいきなり変わったのにハートはよく反応しましたね。
実況:さあもう一度チャンス。リヒトシュタイナーからふわっとしたボール。マンジュキッチ! 何かシーズンを追うごとに調子が上がってきましたこのマンジュキッチ。
[ここでシュートシーンのリプレーがインサートされる]
最近はイグアインが、残念ながらカンピオナートではゴールを決めていません。むしろマンジュキッチの方がゴールを挙げてきている。だからユベントスにとっては非常にいい流れですよね。
解説:そうですね。この組み合わせの時にはどうしなければいけないかというのが、徐々に見えてきていると思うんですよね。シーズン後半に重要な試合をたくさん控えてますから、誰がもしどういうタイミングで欠けても対応できるように、前半戦から積み重ねていっているというか、経験値を増していってる感じはしますね。
実況:チームの得点源であるイグアインが、残念ながら10月29日以降まだ得点がありません。そんな中このマンジュキッチが調子を上げてきてここまで4ゴール。昨日29歳の誕生日を迎えたイグアインです。
解説:ユベントスはCLも含めて非常に多くの試合でいろんなバリエーションを使っているので、どれを使っても100%機能するようにするにはやはり時間がかかると思うんですよね。それを今急ピッチで進めていると思うので、それに勝利もついてきていますから、非常にいいと思いますね。
ハードルの高さをどこに設定するか?
単純に日本語としての情報量(=文字数)を比較しても、イタリアは日本の2倍近く、しかもその中に詰め込まれている情報の量と深さには格段の違いがある。日本の中継は、より広い層の視聴者にサッカーの魅力を知ってもらおうという狙いもあるのだろう、実況アナウンスも解説コメントも試合全体の流れを大枠で捉えて見せていくような傾向が強く、プレーや戦術のディテールまで踏み込んでいくことは少ない。
このあたりは実況者や解説者の知識や技術の違いというだけでなく、ターゲットとする視聴者をどう想定しているかという違いも大きいように見える。しかし、日本の一般的なサッカーファンが日本の実況中継を観ていても、それを通してサッカーの知識が豊かになったり、プレーのディテールや戦術に関して新たな発見や気づきを得たりする機会はそれほど多くないのではないかという気がする。それと比べるとイタリアのサッカー中継は、内容がほとんどプロスペックに近づいているだけに、入りとしてはかなり取っつきにくいかもしれないが、見ているうちに知識がついてきたり、それによってさらに学習意欲が刺激されたりするところがある。
TV中継にしても、あるいは雑誌の誌面にしても、量と質の両面で受け手にとってのハードルの高さをどこに設定するのかというのは、マーケティング上非常にデリケートかつ難しい問題なのだろうが、一般論として言うと日本はハードルを低く設定し過ぎる傾向がある。もう少し高めにした方が、受け手のみなさんがより深くサッカーを楽しめるのではないかという気もするのだが……。
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Profile
片野 道郎
1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。