“コエマン”と“ウードス”に見る愛国的言葉遣い
『フットボリスタ主義』選外集
コエマンが解任危機なのだそうだ。
攻撃サッカーの申し子のはずのコエマンは、重鎮外しなどの大ナタを振るうものの、結果は出ないゴールもさっぱりで、選手にもファンにも愛想を尽かされているらしい(その夜のカップ戦で勝ち抜いて危機はひとまず去った)。スペインのラジオ局がそんなニュースを伝えてくれた。
このコエマン、誰だかわかりますか?
あのクーマンである。
Koemanという綴りが、何でもローマ字読みする国の人たちと出会った悲劇。オランダ語でたぶん「クー……」と発音するのだろうが、「そんなものはどうでもいい。スペイン人にはスペイン人の読み方がある」と開き直った人たち、「相手の言語の都合に合わせて……」なんてお人好しでない人たちによる、傲慢さと清々しさの結晶が、このコエマン呼ばわりなのだ。
「あーあ、この国なんにも変わっていない」――。
私はスペインでサッカーを覚えた。
だからVan Gaalはバンガルだと信じていた。Kluivertはクルイベルトだと疑わなかった。Reizigerはレイジゲルだと思っていた――こう挙げていくとバルセロナのオランダ人が多いのは、私がサッカー好きになり始めた時期と重なっていたことと、オランダ語はローマ字読みと最もかけ離れた発音をする言語の一つで、その分日本で訂正された時の恥ずかしさが印象に残っているからだ。
コンプレックスの表れ方の違い
私はスペイン人たちに抗議したい。
誰も教えてくれなかったじゃないか。「あれはファンハールと読むんだよ」と。
誰もたしなめてくれなかったじゃないか。「オランダ語をスペイン語読みするのは失礼なんだよ」と。
誰も啓蒙してくれなかったじゃないか。「“民主的”で“国際的”とは、その人の出身国の呼び方を尊重することなんだよ」と。
私たちが日本で、ロナルドかロナウドかホナウドか、ソルスキアかスールシャールか、グーリッドかフリットかと激論しウンウン唸っている間に、あなたたちはまだコエマンなんて!
もともと、あなたたちは外国語下手である。
私はサラマンカ大学の英文科で講義を受け、英語学校にも通っていたことがあるから胸を張って言える。君らの英語のレベルは、世界に下手なことが知れ渡っている私たち日本人とどっこいどっこいだ、と。平仮名、カタカナの私たちに比べりゃ同じアルファベットを使う分ハンディは少ないはずだが、「似ているからこそ大変なのだ」とよく言い訳していたよね。曰く「スペイン語と混同しちゃう」と。
かくして「Yes=ジェス」となり、「Whisky=グイスキ」となり、「Meeting=ミティン」となって、あなたたちの英語は私たちにはさっぱり聞き取れない(もっとも日本風のイエスとスペイン風のジェス、どっちが英語に近いのかは、ネイティブに聞いてみないとわからないのだけど……)。
ただ、英語で冷や汗は同じでも、そのコンプレックスの表れ方が180度違う。
私たちが苦労して、唇をすぼめたりしながら精いっぱいあちら風に「ユゥトゥー」なんて気取ってみたりするのに、君ら「ウードス」って言ってるでしょ、U2のこと。アイルランド出身のルーツと英語で歌ってるなんて、ちっとも気に懸けないで。世界的な名声なんてどこ吹く風で。
名前を勝手に変えることもあるもんね。イギリス王室のウィリアム王子。あれ、あなたたちギジェルモって呼んでいるよね。王室ゴシップに興味がない私は、「兄弟の数が合わないな」としばらく疑問だったんだよ。
確かに「ウィリアム=William」と「ギジェルモ=Guillermo」は同じルーツを持つ名前であり、互いの言語での読み替えは慣習化している。だけど相手は王子なんだから、もうちょっと配慮というか。「どうしてあなたはロメオなの!」と嘆くのはフリエタだしさ。
「政治的正しさ」に背を向けて
真面目な話、私はスペイン人たちがうらやましい。
誰が相手でも、どんな言語に対しても、スペイン語読みを貫いて堂々としているところ。その排外的なまでの自国語への執着と“政治的正しくなさ”。そして、そんな姿勢に「国際的ではない」とか「民主的ではない」とか利いた風なセリフが聞こえてこないところが、さらに素晴らしい。
私の名前Hirotsuguは、ヒロチュグゥと発音される。国際社会への第一歩を踏み出してもらおう、日本語の美しさを知ってもらおうと努力したが、彼らには「ツ」が難関だった。「浩嗣」を正しく読んでもらおうなんてのは、見果てぬ夢だ。
ヒロチュグゥでいい、コエマンで十分だ。
スペイン人たちには日本人と違う道を歩んでほしい。雑誌作りに疲れたら、時々寄り道して笑ったりスカッとさせてもらうから。
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- 「ナンパの道具としてのサッカー」
- 「国歌を歌わない選手を許すべきか」
- 「代表拒否? てーへんだ、親分!」
- 「サッカーライターは金持ちになれない」
- 「映画のボカシとサッカーのタブー」
- 「“コエマン”と“ウードス”に見る、愛国的言葉遣い」
Photos: Getty Images
Profile
木村 浩嗣
編集者を経て94年にスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟の監督ライセンスを取得し少年チームを指導。06年の創刊時から務めた『footballista』編集長を15年7月に辞し、フリーに。17年にユース指導を休止する一方、映画関連の執筆に進出。グアルディオラ、イエロ、リージョ、パコ・へメス、ブトラゲーニョ、メンディリバル、セティエン、アベラルド、マルセリーノ、モンチ、エウセビオら一家言ある人へインタビュー経験多数。