ユベントスの新ブランドロゴは、サッカークラブの常識を覆す
1月16日、ミラノの国立科学技術博物館で発表されたユベントスの新ブランドロゴは、ヨーロッパを見回してもまだ誰も試みていない、プロサッカークラブとしては画期的な新しさを持っている。その理由は、来シーズンから使用されるこのシンボルマークが、「クラブ」の「エンブレム=紋章」ではなく、「ブランド」の「ロゴ」であるという点に凝縮されている。おそらく他のメガクラブにとっても今後追随すべき先行事例となるだろう。
ユベントスがこれまで使ってきた旧エンブレムも含めて、プロサッカークラブのシンボルマークはどれも、基本的に紋章(家系や組織、団体などを象徴的に代表する図案)というカテゴリーに属するものだった。
ヨーロッパにおいて、組織や団体はその象徴となる紋章を持つというのは、伝統的な常識に属する事柄である。これらのエンブレムはほとんどすべてが盾、楕円、円といった形を基本にしているが、これは紋章の起源そのものがヨーロッパ中世で軍隊が使っていた盾の図案にあるからだ。
サッカークラブももちろん例外ではない。世界の頂点を争うメガクラブから街場のアマチュアクラブまで、あらゆるクラブが伝統的な紋章の「文法」に従った、盾や楕円の形をしたエンブレムを持っている。ユーベもクラブ設立から間もない1905年以来、現在まで100年以上にわたって、楕円の中にチームカラーである白黒のストライプ、そして都市トリノのシンボルである牡牛の意匠をあしらったエンブレムを、少しずつデザインを修正しながら使ってきた。
しかし今回発表された新しいシンボルマークは、伝統的な紋章とは完全に一線を画したシンプルかつクリーン、現代的なデザインを持っている。盾の形、チームカラーの白黒ストライプという紋章の「文法」を踏まえながらも、全体としてはJUVENTUSのイニシャルである「J」の文字に見えるという、非常に巧妙な構成である。
「J」は伝統と新しさの象徴
この「J」というイニシャルは、イタリアサッカー界の盟主であると同時に特別な存在であるというユーベのアイデンティティを、極めて強く象徴する文字だ。
実を言うと「J」という文字はイタリア語のアルファベットには存在しない。もともとはラテン語起源の文字なのだが、発音的には「I」と同じ「イ」という音を指すため、現在はそちらに統一されて使われなくなっているからだ。それがユベントスにという表記に使われているのは、JUVENTUSという言葉自体が「若者たち」「若さ」を意味するラテン語だから。1897年にクラブを創設したのが、ラテン語を正課とする伝統的な文科高等学校のエリート学生たちだったため、おそらくそのプライドを込めて(あるいは単に気取って)ラテン語の名前をつけたのだろう。
起源はどうあれ、イタリア語において「J」という文字は非常に稀にしか使われない一種の特殊文字であり、それを頭文字としていること自体、少なくともイタリアでは十分に「特別」なことだ。50年以上にわたってアニエッリ家の当主だった「アボカート」(弁護士)こと故ジャンニ・アニエッリ(クラブの創設者たちと同じ高等学校を卒業している)は「新聞を読んでいてもJで始まる文字を見るだけで心が震える」と語ったほど、この文字に愛着を持っていた。
この「J」の文字を象徴的に表わした新しいシンボルマークは、「ユベントス」というクラブのアイデンティティを一つの視覚的なイメージとして、シンプルな形で見る者すべてに伝えて行く強い力を持っている。
極めて前衛的なブランド戦略
この新ロゴを開発したのは、ニューヨークに本拠を置く世界的なブランド開発会社「インターブランド」。企業のブランド戦略を総合的に策定し提案するブランドコンサルタントである。比較的私たちに身近なところでは、伝統的な手帳やスケッチブックの老舗メーカーだった「モレスキン」を、バッグやデジタル文具、さらにはカフェなども展開するモダンなステーショナリーブランドに変身させたり、「オニツカタイガー」ブランドを通したレトロモデルの復活を通して「アシックス」をスポーツシューズだけでなくファッション市場に進出させるなど、ブランドを一つの企業資産と捉えた上でマーケットの中に再定義し、デザインとコミュニケーションを通して新たな市場を創出してきた実績を持っている。
今回の新ロゴ開発を通してユベントスが目指しているのもまさにそれ、つまりブランドの再定義と新たなマーケットへの進出・展開だ。
今回のプレゼンテーションで発表された資料を見ると、ロゴマークと同時に「ユベントス・ファンズ」と名付けられた専用のフォントも開発されたことがわかる。ロゴとフォントをデザイン要素として様々に組み合わせ、クラブの書類からWEBサイト、さらにはステーショナリーや衣類、アクセサリーなどのグッズ類、さらにはスタジアムやショップの内装まで、ユベントスが提供する有形無形のあらゆるプロダクトに、一つの「シグネチャー」(署名)として展開する仕組みが最初からでき上がっている。「クラブエンブレム」ではなく「ブランドロゴ」だというのは、そういうことだ。
ここから読み取れるのは、プロサッカーチームとしての活動を「コアビジネス」としながら、チームがピッチ上のパフォーマンスを通して確立し高めた知名度や人気、イメージを武器として、「ユベントス」ブランドの様々な商品・サービスを展開していこうという、ユベントスの新しい企業戦略だ。単なるイタリアの「ローカルなプロサッカークラブ」という枠を越え、サッカーを軸として様々なビジネスを展開する「グローバルなエンターテインメントカンパニー」に脱皮する――おそらくそれが将来的なビジョンだろう。そういうビジョンに拠って立つならば、当然ながらビジネスのターゲットも変わってくる。今回の発表イベントで、アンドレア・アニエッリ会長はこう語っている。
「さらに成長するためには、ピッチ上で勝ち続けるだけでなく、我われの“言語”を新しいターゲットである子供たち、女性、そしてミレニアル世代に届くように進化させなければならない。ユベントスはもっとメインストリームに、メジャーな存在になりたい」
これは、毎日ユベントスのことを考え試合結果に一喜一憂する「サポーター」だけでなくもっとライトな「ファン」層にまでターゲットを広げ、しかもイタリアやヨーロッパではなく、アジアや北米などの未開拓ゾーンを含めた世界をマーケットに想定して、ユベントスという「ブランド」を展開していきたいという強い意思表示である。
イタリアのクラブは、スポンサー、マーチャンダイジングなどコマーシャル分野において、ヨーロッパのライバルに大きな遅れを取っている。ユベントスの昨シーズンの売上高3億4100万ユーロのうち、コマーシャル分野の売上は約1億ユーロ。イタリアではダントツだがヨーロッパ全体では12位、マンチェスター・ユナイテッドやバイエルンの3分の1以下に過ぎない数字である。ヨーロッパの頂点を争うライバルたちと互角に渡り合うには、この分野の拡大が鍵になることは明らかだ。しかし、すでに大きく引き離されているユーベが他と同じことをやったところで、差を詰めることはできても、追いつき追い越すことは決してできない。
ライバルを追い越すために最も有効なアプローチは、まだ誰もやっていないことにチャレンジして新しい地平を開き、その地平においてリーダーとなることだろう。実際、ここまで大胆かつ徹底した「ブランドマーケティング」戦略を打ち出したプロサッカークラブは、これまでにはなかった。今回の新ロゴはまさにそうした性格を持った、極めて戦略的かつ前衛的な試みだ。今年7月の導入が楽しみである。
Photos&Movie: Juventus FC
Profile
片野 道郎
1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。