SPECIAL

【動画】動画の時代。 OTTサービスの夜明け

2016.07.20

7月20日、Jリーグがパフォームのライブストリーミングサービス 『ダ・ゾーン』との放映権契約締結を発表。契約期間は2017年からの10年間、放映権料は総額でおよそ2100億円という巨額契約となった。

今回の契約によりサッカー中継は一大転機を迎えることになるが、これ以外にもサッカーを取り巻くメディア環境は大きく変化してきている。そんなメディアとサッカーとの最新事情に迫った月刊フットボリスタ第35号の特集「新世代メディアとサッカー」から、UEFAマーケティング代理店「TEAMマーケティング」の岡部恭英氏が動画サービスの未来を展望したコラムを特別公開する。

放映権ビジネスを進化させた5つの波。
中国で実現するサッカー観戦の未来像

 OTTとはOver-The-Topの略称で、従来のインフラに頼らないインターネット回線を利用したコンテンツ配信のことをいう。中でも注目されているのがPCやスマートフォンで見られる動画コンテンツだ。日本でも『スポナビライブ』『ダ・ゾーン』というOTTサービスが開始されるが、海外サッカーの視聴環境はこれからどう変わっていくのか?

 テクノロジーの進化がもたらすサッカー観戦の未来像について思いをめぐらせてみる。

日本にもようやく第5の波の到来?

 2016年3月に日本のソフトバンクとヤフーが、『スポナビライブ』というスポーツライブの配信サービスを開始することを発表。6月、今度は英国ロンドンに本社を置くスポーツメディア事業を主としたパフォームが、同じくインターネットでのスポーツライブのサービス『ダ・ゾーン』をリリースすると続いた。
放映権ビジネスは、メディアの変化に合わせる形でパラダイムシフトが起こり、増額されてきた歴史がある。私は現在までに起きたパラダイムシフトを「5つの波」と呼んでいる。

「放映権ビジネスの5つの波」とは?
❶公共放送にほぼ無料で提供(看板広告モデル)
❷地上波に有料販売
❸ペイTVに有料販売
❹電話会社が参入
❺インターネット企業の参入

 サッカーのテレビ放映権は、最初はほぼ無料から始まっている。当時はスタジアムに出す看板の露出が重要視されていた。地上波に放映権を有料で販売するようになった後、ペイTV(いわゆるCSなど)の参入もあり、価格が高騰。そして現在、プレミアリーグでは2016-17~18-19の3シーズンにおいて、電話会社であるBT(ブリティッシュテレコムズ)が参入し、国内だけで放映権料が1兆1300億円という金額に膨らんだ。これは上記の第4の波にあたる。長期にわたりインフラビジネスで莫大な利益を上げてきた電話会社が、固定電話のビジネスモデルがほぼ死にゆく中で、自分たちのインフラを生かす形である。

中国で起きている第5の波

 ここからさらに巨大資本を持ったインターネット企業(OTTサービスを提供する)がサッカー放映権ビジネスに参入してくることを、私は個人的に第5の波と定義している。

 Netflix、Amazon、YouTube、日本ではLINE、そして中国ではWECHATなどが知られている。デバイスを選ばず、テレビ、スマホ、PC、タブレットなどインターネットのコネクションさえあれば、ありとあらゆるコンテンツを、プラットフォーム(地上波、ケーブルテレビ)にこだわらず消費できる。

 サッカーにおけるOTTが、一番進んでいるのは中国だ。中国には、テンセントとアリババという2つの巨大資本を持ったインターネット企業がある。ユーザー数、収入の両面から見ても、両社とも世界トップ10に入る規模を誇っており、当然OTTサービスも提供している。さらに最近では中国版ネットフリックスとも呼べるLETVやPPTVなども出てきた。中国のOTTサービスは、すでにCL、リーガエスパニョーラ、プレミアリーグ、ブンデスリーガなど、欧州の人気リーグの放映権ビジネスに参入している。SINAは世界最大のインフォテインメントサービスであり、CLを配信して10年になる。さらに新しく参入したLETVは2016-19のプレミアリーグの権利を香港で取得した。香港は決して大きなマーケットでないにもかかわらず、金額は3年間で約400億円となった。

 中国だけでなく、世界的に若い世代の視聴習慣が根本的に変わってきている。以前はマスメディアといえばテレビであり新聞であったが、若い世代にとってメディアと言えば、中国ではテンセントのWECHAT。日本だとLINEであろうか?視聴習慣がすでに変わっている若者にとって、自分たちが使っているプラットフォームであらゆるコンテンツを消費するのが普通のことなのだ。特に中国ではもともとマスメディアが政府のプロパガンダ、つまり広告塔のような役割と認識されていた。基本は政府がコンテンツをスクリーニングするため、日本やその他先進国のような商業的なメディアが少なかった。当然それは若い人にとっては面白くない。そこで規制の緩いインターネットやSNSを通して、いろいろなコンテンツが一挙に押し寄せた。若者たちはそれらを使ってあらゆるものを消費している。テンセントのWECHATやSINAのweiboのユーザー数はすでにそれぞれ2億人、6億人を超えたと言われている。

 それだけのユーザー数になると、エコシステムの中でビジネスが成り立ってしまうのだ。例えば、動画のコンテンツだけで収益化しようとすると簡単ではないかもしれないが、WECHATにはありとあらゆるサービスが盛り込まれているので、動画コンテンツ自体はサービスの一つに過ぎない。大げさではなく「WECHATでできないことはない」と言えるほど何でもできる。動画視聴はもちろん、財布にもなるし、銀行代わりにもなるし、市役所など行政の手続きも行える。ここまででき上がったエコシステムだからこそ、中国のOTTは一挙に大きくなったのだ。

 今回Jリーグの放映権獲得が報道されているパフォームは、ドイツや日本でアグレッシブに仕掛けているが、スポーツにおいては日本のOTTは中国ほど進んでいないのが実情だ。スポーツに限ると、それは他の欧州諸国、アメリカにも言えるかもしれない。

 中国ではエコシステムを持ったソーシャルメディアが完成していることと、その規模がとてつもなく巨大になっているからこそ、他の国に先行してOTTのビジネスが伸びている。当然巨大なお金を持っているので、彼らからしたら動画コンテンツへの投資は払えない規模ではない。

 日本は中国と比べたらまだまだOTTの夜明けに過ぎない。ここからどのように成長させていくかが本当に大事になってくる。

視聴習慣の違いとテレビ観戦の価値

 放映権ビジネスで中国で起きていることが、今後欧米で起こるかというと、まだ時間がかかるかもしれない。特にヨーロッパではまだWEBプラットフォームが進んでいない。また、プレミアリーグの放映権が国内だけで3年1兆円強(第4の波で跳ね上がったこの金額よりも、さらに大規模な投資が必要ということだ)という状況の中、新たなOTTサービスがその中に入っていくのは、相当の覚悟が必要だ。事業的にも大きなリスクとなる。日本のように年間100億円強ぐらいの規模であればまだしも、1兆円ともなると世界的なインターネット企業に限られてくるだろう。

 では、彼らがサッカー放映権ビジネスに参入してくるかというと、今はまだそういうタイミングではないかもしれない。彼らほどの資金力があれば巨額の放映権料であっても買うことは可能だろう。だが今はわざわざ高い金を出して高額なサッカー放映権を買わなくても自分たちのビジネスが伸びている時期だから、そちらに力を割くのではないだろうか。

 まだ中国のようにOTTが爆発的に普及していない理由として、アジアとヨーロッパのサッカーの視聴習慣の違いは非常に大きい。まず、ヨーロッパではどんなに若者がスマホに取られる時間が増えても、日本で言うゴールデンタイム、いわゆるプライムタイムに「家やパブでサッカーを見る」という習慣が根強い。

 例えば、CLはこの20年間、平日の火曜と水曜の20時45分開催と決まっている。このようなユーザーの習慣を作ることはアポイントメント・オブ・ビューと呼ばれ、我われの業界では凄く大事にされ、時間をかけて作り上げてきたものだ。

 スマホやタブレットによるセカンドスクリーン使用も増えてはいるが、あくまで大きいテレビスクリーンの放映がメインであり、セカンドスクリーンはデータやスタッツなどを確認する補助的なものとして位置づけられている。そもそも素晴らしいコンテンツは、小さい画面ではなく大きな画面で見たいだろう。だからこそ、まだヨーロッパではテレビでのサッカー観戦の文化が根強いのだ。

 スマホの普及で世界的にテレビの視聴が落ちていることも相対的にスポーツコンテンツの価値を高めている。説明しよう。例えばマドンナのコンサートやスターウォーズの映画は、今でなくても録画やVOD(ビデオ・オン・デマンド)で構わない。しかし優良スポーツイベントはライブで見てこそ価値がある。今テレビの前に座って見てくれる数少ないコンテンツだからこそ、世界中のテレビ放送局にとってスポーツイベントの価値が上がってきているのだ。その中でもサッカーとアメリカ4大スポーツの伸びは顕著だ。

 果たして、この放映権の上昇はいつまで続くのか?10年前すでにヨーロッパの放映権は天井ではないかと考えている人が多くいた。自分もそうだった。ゆえに当時の私は、CLの放映権をアジアやその他世界のマーケットに広げていくことが必須と考えていた。しかし実際は、欧米もこの10年で圧倒的な成長を見せた。もちろんアジアやその他地域での金額も上がったが、欧米の放映権ビジネスの伸びも凄い勢いだ。逆に、Jリーグの放映権はこの10年間ほぼ伸びていなかった。

 ヨーロッパはこの10年、放映権で得られたお金を次の投資に回して、どんどんユーザーエクスペリエンスを高めるように努力してきたし、今も続けている。例えば映像技術はHDが当たり前となり4Kも始まった。さらにその先の8Kにもすでに投資している。放映権料が上昇した結果、ファンが得られる体験の質も高まっているのだ。そうなれば、さらに需要が高まるという好循環が生まれる。

 今が放映権料バブルかどうかは誰にもわからないが、この10年でメディアの進化と歩調を合わせるようにパラダイムシフトが起きてきた。特にインターネットが普及してからは、パラダイムシフトが起こる間隔が非常に短くなってきているし、その規模も大きくなっている。

 いまだFacebook、Google、Amazon、Netflixが参入していないことを考えると、これからまだまだ上がっていく可能性も十分にあるのではないか。

日本の可能性とこれから

 ヨーロッパと日本を比べた時の大きな差の一つは、サッカー番組の制作クオリティだ。日本はスポーツメディアでお涙頂戴の作りが多々なされているが、ヨーロッパにはそういったものはあまりない。コメンテーターの質、カメラ映像の質、さらに4Kなどの新しい技術、そしてサッカー専用スタジアムなど、サッカーファンのユーザーエクスペリエンスを高めるために、ありとあらゆることが成長し続けている。

 日本サッカーを愛するがゆえにあえて厳しいことを言うと、Jリーグの放映権料が2倍、3倍になるかもと大騒ぎしているが、勘違いしてはいけないのは50億から100~150億円に上がったといっても、世界的に見ると大した金額ではないということ。サッカーはグローバルな物差しで考える必要があり、その物差しで見ればその程度の収入が増えたぐらいではまだまだ世界と伍してはいけない。例えば、Jクラブ53クラブに50億円を均等に配分したら約1億円弱になる。それが100億円でも2億円、150億円でも3億円。その程度の分配金では、グローバルな物差しからすると、あまり状況は変わらないと言っていいかもしれない。

 サッカーはグローバルゆえ日本サッカーも世界的な競争にさらされている。放映権料が上がることは間違いなくいいことではあるが、もっともっとダイナミックに進めていかないとヨーロッパや中国には到底追いつけないであろう。彼らはもの凄いスピードで成長しているのだから、差が開く一方になってしまう。テレビ放送局とかパフォームとか、ソフトバンクだけの話ではなくて、Jリーグとしてもコンテンツ力を上げていく必要があるだろう。さらに言えば日本サッカーのステークホルダー、クラブであり、スタッフであり、放送局であり、スポンサーであり、メディアであり、サポーターであり、サッカーコミュニティ全員でコンテンツ力を高めていくしかない。

 日本の場合、デバイスの発達がOTT市場を伸ばす可能性はある。例えばどんなにスマートフォンで頑張っても大きいスクリーンでのサッカー観戦の魅力に勝るものはない。仕事中や移動中であればスマートフォンで見るが、ライブのプレミアムなコンテンツの醍醐味というのは、やはり大きいスクリーンで見ることにある。日本のスマートテレビの発達はおそらく世界で一番進んでいるので、テレビを買わない若者たちにもスマートテレビの必要性が出てくるようになると、日本のOTT市場がさらに伸びてくる。デバイスの普及が重要だ。

 中国ではすでに「WECHAT fatigue」という現象が起きている。あまりにもみんながスマホでWECHATばかり使っているので疲弊してきているのだ。ここにスマートテレビが新たな普及と視聴習慣を生み出せるようになると、また市場に変化が生まれるだろう。

<プロフィール>
TEAMマーケティング
岡部恭英 Yasuhide Okabe

慶應義塾体育会ソッカー部出身で、ケンブリッジ大学でMBA(経営学修士)取得。UEFAマーケティング代理店「TEAMマーケティング」のテレビ放映権/スポンサーシップ営業アジア・パシフィック&中東・北アフリカ地区統括責任者を務め、CLに関わる初のアジア人として注目されている。

footballista MEMBERSHIP

TAG

AmazonFacebookGoogleLETVLINENetflixOTT SERVICEOver-The-TopPPTVSINATEAMマーケティングWECHATweiboYouTubeスポナビライブソフトバンクダ・ゾーンヤフー動画岡部恭英

Profile

池田 タツ

1980年、ニューヨーク生まれ。株式会社スクワッド、株式会社フロムワンを経て2016年に独立する。スポーツの文字コンテンツの編集、ライティング、生放送番組のプロデュース、制作、司会もする。湘南ベルマーレの水谷尚人社長との共著に『たのしめてるか。2016フロントの戦い』がある。

RANKING