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前進のためのバックパス。ペップとエディー・ジョーンズとの会話

2015.11.21

ウォッチング・グアルディオラ 15-16 Season No.4

「スポーツ史に残るアップセット」と絶賛された、ラグビーW杯での日本代表の南アフリカ撃破。その快挙が報じられる中であらためて脚光を浴びたのが、エディー・ジョーンズHC(ヘッドコーチ)が2014年の末、サッカー界の名将ジョセップ・グアルディオラを訪問したエピソードだった。ラグビー界の巨匠との邂逅は、グアルディオラの動向を現地ドイツでつぶさに追うスペイン人記者の目にどう映ったか。『月刊フットボリスタ第27号』掲載のコラムを特別に公開。

 ミュンヘンでグアルディオラを追いかけている唯一のスペイン人である私の下には、よく仲介の依頼が舞い込んでくる。「私の仕事ではないから」と断るのだが、それでも直接コンタクトを取ってくるスペインや中南米の下部リーグの監督たちが後を絶たない。彼らの願いは2つ。「グアルディオラの練習を見る機会はないか?」「彼と知り合うチャンスはないか?」というものだ。

 3部で長年指揮を執っている監督にしつこく追い回され、うんざりしたこともあった。彼らは、技術では劣る選手たちを率いてグアルディオラがバイエルンで実践している美しいサッカーを再現できないか、という野心を抱きミュンヘンを目指す。アシスタントコーチたちによると、元選手や監督、スポーツディレクターから練習を見たいという要望が山のように届いていて、すべてに応じるのは不可能だという。

 だからこそ、昨年12月に当時ラグビー日本代表のヘッドコーチであったエディー・ジョーンズからの「ミュンヘンで会いたい」というオファーをグアルディオラが受け入れたのは、特筆すべきトピックだった。忙しいとか他に約束があるとか、断ることはいくらでもできたはずなのだ。

逆転トライに見た共通点

 「サッカー界で世界一の監督に学びたい」と語ったエディー・ジョーンズと同様に、グアルディオラの方も別のスポーツの監督から学びたいという意欲は旺盛だった。ラグビーW杯で南アフリカを破るという歴史的快挙を遂げた日本の終了間際の逆転トライを生んだ、一方のサイドに敵を引き付け逆サイドでフィニッシュするプレーが、バルセロナやバイエルンのサッカーを想起させるものだったことにグアルディオラは何を想ったか。

 55歳のオーストラリア人指揮官は、グアルディオラから柔軟なプレーを学んだと語っている。これについてグアルディオラ本人に聞くと、「でも日本が南アフリカに勝ったのは私のおかげなどではなくて、彼らが素晴らしいチームだからだよ」と言って笑った。

 この出会いは、彼にとっても得るものが大きかったようだ。エディー・ジョーンズは「ラグビーとサッカーはスペースにボールを運ばねばならない点で似ている」とも口にしていたが、「ラグビーの動き方はサッカーにも非常に役立つ」と同調するグアルディオラは、さらに「ラグビーは前に進むために後ろへパスしなければならない。これはサッカーでの最高の攻撃方法と同じだ」とも評している。

 この考え方は、フィジカルを前面に押し出し最短距離で相手ゴールを目指すドイツサッカーの文化とは相容れない。しかし、いやだからこそ、フィジカル面のハンディを克服するためにパスを使う速い展開に活路を見出した日本のラグビースタイルにグアルディオラは興味を引かれたのだろう。

 彼は「バックパスを受ける選手は前方すべてを視野に入れられるから、的確なロングボールを送り込むことができる。一方、前進するだけでは果たして攻撃にふさわしいポジション、状況なのかさえわからなくなる。エディーとはそんなことを話した。興味深い時間が過ごせたよ」と振り返っている。

 グアルディオラは日本の歴史的勝利の後に個人的に祝福を送ることはなかったが、それは「私は彼の電話番号を知らないし、彼も私の番号を知らない」から。「いつか会えたらいいけどね」と続けている。

バスケット、チェスからも吸収

 グアルディオラがサッカー以外のスポーツの愛好家であることは以前から知られている。チームを率いること、練習のプランニングとメソッド選びに関しては、監督の仕事はどんな競技でも共通していると考えるからだ。

 こんなことがあった。バルセロナを率いていた10-11に、リーグと国内カップ戦、CL準決勝でレアル・マドリーと4度対戦することになったグアルディオラは、クラブのバスケットボール部門の監督だったシャビ・パスクアルにアドバイスを求めた。パスクアルが、同じチームと短期間に5度対戦するという経験をしていたからだ。サッカーのトップチームのフィジカルコーチ、パコ・セイルーロがバスケットボール、ハンドボール、ホッケーのフィジカルコーチを兼任しているように、バルセロナ自体が異種のスポーツ間交流に積極的なクラブなのだが、グアルディオラはバイエルンでもクラブのバスケットボール部門の監督スベティスラフ・ペシッチと何度も意見交換をしている。ある時のテーマは「なぜバスケットボールではサッカーのように、前にカウンター要員を1人残す戦術は通用しないのか」だったという。

 バイエルンの監督に就任する前、ニューヨークに住んでいたグアルディオラが「駒と選手の動きに共通点があるはずだ」とチェスの元世界王者ガルリ・カスパロフと何度か食事をともにしたのは有名な話。『ヘア・ペップ』の著者でグアルディオラの練習を誰よりも見ているマルティ・ペラルナウによると、「サッカーの戦術コンセプトのうち、マーカーを引き付けた上でのパス、相手の組織を崩すためのパス回し、ボール周辺への寄せ、守備時のカバーリング、攻撃時に相手のカウンターを警戒することは、すべての球技に共通するもの」だという。そんな考えを持つグアルディオラとエディー・ジョーンズの話が盛り上がったであろうことは、想像にかたくない。

Translation: Hirotsugu Kimura
Photo: Getty Images

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Profile

イサック リュック

バルセロナ出身。グアルディオラの選手&監督時代のバルセロナ番記者を10年間務めた後、ベルリンへ移住。一昨年夏からミュンヘンへ引っ越しグアルディオラウォッチャーとして本腰を入れる。1、2年目の彼への評価は合格点。3年目は果たしてどうか?

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