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鹿児島時代の恩師アーサー・パパス率いるC大阪へ。塚本修太が山形で学んだ信念と、名古屋に伝えたい感謝【インタビュー】

2025.01.16

1月6日に名古屋グランパスが発表した2025シーズンのトップチーム体制に、塚本修太の名前はなかった。前分析担当コーチの行方が判明したのは2日後のこと。恩師が新指揮官に就任したセレッソ大阪のスタッフに分析として名を連ねていた。そのアーサー・パパス監督と出会った鹿児島ユナイテッド、ピーター・クラモフスキー監督を信じたモンテディオ山形を含むJクラブの指導現場や分析現場で働いてきた4年間を、自身初タイトルとなるルヴァンカップをもたらした名古屋への感謝の想いとともに振り返ってもらった。

キャリアを広げたパパス監督との出会い

――塚本さんがJクラブのスタッフとして初めて働いたのは2021シーズンで、鹿児島ユナイテッドが最初の職場でした。そこで通訳兼アシスタントコーチを任されたのはどういう経緯だったのでしょうか?

 「イングランドのソレント大学でフットボール学部を卒業した後、パーソナルコーチやパーソナルアナリストとして活動していたんですけど、その一環として友人にアーサー(・パパス監督)を紹介されて分析のお手伝いをしていました。そんなご縁がきっかけで、アーサーが鹿児島の監督に就任する時に通訳兼コーチとして声をかけられたという流れでしたね」

――通訳兼アシスタントコーチとしてはどのようなお仕事をされていたんですか?

 「英語しか話せない監督やコーチの通訳をしながら、肩書きの通りアシスタントコーチでもあるので練習ではコーチングのサポートを主にやっていました。日本のプロチームの現場で働くのは初めてだったんですけど、アーサーは『まずは自分でやってみろ』といろいろやり方を任せてくれて。その後に個別で『ここはいいと思う』『ここはもっとこうした方がいい』と嫌な顔を一つもせずにアドバイスしてくれたので、責任感を持ちながら経験のあるプロのやり方を学んでいける恵まれた環境でした。そこは成長にめちゃくちゃ繋がりましたね。8割でもいいから早めに終わらせてそれを上の人に見せて、いろんなフィードバックを盛り込みながらより完成度の高いものを作っていくという仕事のサイクルは、今も大事にしています」

――そのパパス監督はシーズン途中に家庭の事情で退任することになりましたが、上野展裕監督への交代後も役割は変わりませんでしたか?

 「そうですね。アシスタントコーチとして、プラスでメンバー外の選手の練習も担当させてもらっていた感じです」

――そして翌シーズンからはモンテディオ山形のアナリストを2年間務めました。

 「鹿児島との契約が満了になって次はどうしようか考えていた時に、アーサーから『横浜F・マリノスで一緒に働いていた知り合いがアナリストを探している』という話を聞いてピーター(・クラモフスキー監督)と出会い、彼が監督を務めていた山形に紹介してくれて入りました」

――山形での担当は分析だけだったんですか?

 「そうですね。山形では今﨑晴也コーチと事実上2人で分析を回していて、1年目は僕が試合後の自チーム分析、試合中のリアルタイム分析をメインでやっていました。2年目はピーターが『成長するためにいろんな経験をしてほしい』という理由で今﨑コーチと役割を交換してくれて、今度は対戦相手分析を担当することになりましたね。その途中で渡邉晋監督に代わった後は、今﨑コーチがセットプレーの分析も担当するようになったので自チーム分析の一部も任されて、スタッフでのミーティング用の映像も作っていました」

オーストラリア人監督から学んだ信念と順番

――塚本さんはパパス監督にクラモフスキー監督と、アンジェ・ポステコグルー監督の下で働いてきたオーストラリア人監督をよく知る立場ですが、彼らにはどんな特徴がありましたか?

 「アーサーもピーターもやりたいサッカーを物凄く明確に打ち出している中で、日々の練習を突き詰めていく監督でした。求めていることがあらかじめ提示されていたおかげで分析もしやすかったですね。『こういうシーンではこういうプレーをしてほしい』というポイントがはっきりしているので、目線を合わせやすい。どんな映像を求めているか、どう練習に落とし込むか、次の試合までに何をするか-どう積み上げていくかが、スタッフ全体にとってイメージしやすかったと思います」

――山形でクラモフスキー監督の後任にコーチから内部昇格した渡邉監督はインタビューで「ピーターさんと一緒にやらせてもらって、一人のコーチとして色々な考えが芽生える中で、まず選手にどういう力があり、それを発揮するためにどうしたらいいのかを考えたときに、こんなもの、あんなものがありますよと監督が提供するだけではなくて、逆にもっとシンプルに考えさせるとか、もっとそぎ落とす作業、それがすごく大事だなと感じたんですよね」と話していました。アナリストとして塚本さんの目にはどう映っていましたか?……

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Profile

足立 真俊

1996年生まれ。米ウィスコンシン大学でコミュニケーション学を専攻。卒業後は外資系OTAで働く傍ら、『フットボリスタ』を中心としたサッカーメディアで執筆・翻訳・編集経験を積む。2019年5月より同誌編集部の一員に。プロフィール写真は本人。Twitter:@fantaglandista

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