SPECIAL

移籍金で「稼ぐ」時代の終焉。ディアラ判決が国際サッカー界を震撼させている理由(前編)

2024.10.31

遡ること10年前、2014年8月にロコモティフ・モスクワから契約を解除され、1050万ユーロもの損害賠償を請求された上に国際移籍証明書の発行が認められず、11カ月にわたって無所属が続いたラサナ・ディアラ。そこで移籍を妨げたFIFAのルールをめぐって訴訟を起こした結果、今年10月に一部がEU法に違反しているとの判決が欧州司法裁判所から下されたが、この「ディアラ判決」が国際サッカー界を震撼させていることをご存じだろうか?移籍金ビジネスが根本から揺らぐ衝撃と未来を、FIFPRO(国際プロサッカー選手会)アジア支部代表も務める山崎卓也弁護士が前後編に分けて解説する。

 2024年10月4日にECJ(European Court of Justice/欧州司法裁判所)が下した、元フランス代表MFラサナ・ディアラ選手に関する判決(Case 0-650/22, FIFA v. Lassana Diarra/以下、「ディアラ判決」)が、欧州を中心とする国際サッカー界に大きな衝撃を与えている。この判決はつまるところ、選手の移籍金(いわゆる契約の中途解除の違約金。以下、便宜的に「移籍金」とする)として、残りの年俸額を超える金額を請求することはEU法違反と判示しているものと解釈され、移籍金で「稼ぐ」クラブが多く存在する国際サッカー界の仕組みを根本から覆す、衝撃の判決と言える。以下、この判決の概要とこれに基づいて今後のサッカー界がどうなっていくのかについて、特に日本への影響という観点から極力簡潔に、専門的な論点等を最大限省きながら解説することとしたい(※)。

※なお筆者は上記訴訟に直接関与していたFIFPRO(国際プロサッカー選手会)のアジア支部の代表を2016年以来務めてきたばかりでなく、本年11月26日からオランダにある同本部の12人の理事のうちの1人に名を連ねることが内定している立場であるので、本原稿の記載は立場上バイアスのかかったものにならざるを得ないが可能な限り客観的な記載を心がけ、特に日本サッカー界への影響については様々な観点から読者に考えていただけるような記述を心がけることとしたい。

ル・アーブル(2004-05)、チェルシー(05-07)、アーセナル(07-08)、ポーツマス(08-09)、レアル・マドリー(09-12)、アンジ・マハチカラ(12-13)、ロコモティフ・モスクワ(13-14)、マルセイユ(15-17)、アル・ジャジーラ(17-18)、パリSG(18-19)と5カ国の10クラブを渡り歩き、19年2月に現役を引退したディアラ。通算成績は336試合7ゴール11アシストで、フランス代表では34キャップと1アシストを刻んだ

違法とされたFIFA移籍ルールの3点とは?

 この判決は簡単に言うと、2013年8月にロシアのロコモティフ・モスクワと4年契約を結んだディアラ選手が約1年後の2014年8月にクラブから契約違反を理由に解雇された中でFIFAが定める移籍ルール、RSTP(Regulations on the Status and Transfer of Players/選手の地位と移籍に関する規則)のせいで新しいクラブと契約できなくなったため、それを転職の自由などの観点からEU法(EUの機能に関する条約—TFEU・45条と101条)違反と訴えたことを受けて下されたものである。判決により違法とされた関連規則は以下の通りである。

<問題となった関連規則>

①契約違反をした当事者(本件のディアラ)は、その契約の相手方(本件のロコモティフ)に対して損害賠償(違約金)を支払わなければならないとする規則、およびその当事者を新しく雇用したクラブも、連帯してその損害賠償責任を負うとする規則――RSTP17条1項、2項

②選手の契約違反が保護期間中に行われた場合(ディアラは契約後1年で解除となったのでこれに該当)は、その選手を獲得した新クラブも、その契約違反を誘発したものと推定され、誘発しなかったことを証明しない限り、一律にスポーツ上の制裁が科されるとする規則――RSTP 17条4項

③選手の契約違反に関する紛争が存在する場合、旧クラブが属するサッカー協会による、新クラブによる選手登録に必要なITC(国際移籍証明書)の発行は原則的に拒否されるとする規則――RSTP 9条1項、同付属書3の8.2.7条

 実際、ディアラ選手はロコモティフから解雇された約半年後である2015年2月に、ベルギーのスポルティング・シャルルロワからオファーを受けたが、同クラブがいくらになるともわからない損害賠償責任と、スポーツ上の制裁を科せられるリスクを恐れて以下の2つを契約の条件にしたため、締結には至らなかった。

・2015年3月30日までの選手のシャルルロワへの登録完了

・シャルルロワが、選手が負う損害賠償義務の連帯責任を負わないことを、ベルギーサッカー協会とFIFAが保証すること

 結局、ディアラ選手が所属先を決められたのは新クラブが上記①の連帯支払責任を追わない旨を判示したFIFA紛争解決室の判決が2015年5月に下された後であり(同年7月にフランスのオリンピック・マルセイユと契約)、それまで実に11カ月もの間、無職の状態を強いられることになった。

 上記3点の問題となった関連規則のうち、②のスポーツ上の制裁と③のITCの発行拒否が選手の移籍(転職の自由)を妨げるものとしてEU法違反とされたロジックについては、おそらく容易に理解できる点であろう。③のITCが発行されなければ移籍先で選手はプレーできなくなり、②のスポーツ上の制裁も新クラブにとっては2つの連続する移籍ウインドウでの選手獲得禁止という重大な結果をもたらすことになるため、そのリスクを恐れてディアラ選手のような状況にある選手を獲得しない判断をすることになるのは自然と言える。したがって、新クラブをそのような状況に追い込むRSTPが違法とされることも自然な結論と言えよう。

 ただ、この判決が国際サッカー界全体に大きなインパクトを与えている最大の衝撃ポイントは、①のRSTP17条の規定について「新クラブが選手と連帯して損害賠償(違約金)義務を負うとする規則」の違法性のみならず、その違約金そのものの計算方法があまりに「予測不可能」で、かつ、解除された選手契約に基づく損害とは言えないものまで取り込む「過大」なものになっているという点が違法ということまで判示したことである。

違約金=移籍金は原則として残りの年俸額になる?

 この点を具体的に解説しよう。

 ディアラ選手はロコモティフから契約違反を理由に解雇され、かつその契約違反について同クラブから多額の損害賠償を請求されていた。その金額は契約解除から9カ月後の2015年5月に出されたFIFAの紛争解決室の判決で1050万ユーロと判断されたが、いったいこの金額は本当に「予測可能」で、かつ「妥当」な金額だったのかというのが、ここで問題とされたポイントである。

 前者の予測可能性が問題とされることについては、予測できない場合は原則として連帯責任を負わされる新クラブは高額に上るリスクがある移籍金額が恐ろしくて選手が獲得できなくなるわけだから(現に上記紛争解決室の判決に先立つ2015年2月の時点ではシャルルロワにとっては、移籍金の金額がいくらと判決されるかは予想もつかなかった)、それが転職の自由を妨げる意味でEU法違反になるという点は、すでに述べた上記の②、③のロジックと同様に理解が容易であろう。しかし、この判決がさらに衝撃的なところはその予測不可能性という問題点だけでなく、FIFAの紛争解決室やその上訴機関であるCAS(スポーツ仲裁裁判所)の判例で採用されている、RSTP17条1項に基づく移籍金の算定方法そのものが「過大な」ものを取り込む妥当でないものだという点まで踏み込んで判断したことである。

 RSTP17条1項は、移籍金の算定にあたって、「各国国内法」「スポーツの特殊性」「その他の客観的基準」を考慮するべきと定めているが、このディアラ判決ではそうした要素は不明確で、実際にはかなり裁量によって決められていること(そもそも各国国内法については考慮すらされていない)、また、これまでの判決で移籍金の算定要素として実際上考慮されてきた、新しいクラブとの契約に基づく年俸等の額や旧クラブがその選手を獲得する際に使った費用(未償却の移籍金など、選手がその金額決定に関与していない費用)は、違反した旧クラブとの契約の損害賠償の要素としては本来無関係なものであり、これを考慮に入れることは明らかに過大なものであって違法と判断したのである。そしてこれに関連してディアラ判決では、ベルギーの国内法(Moniteur belge of 9 March 1978)でこうした場合の損害賠償額が残りの年俸額とされていることに言及し、このことから契約違反の違約金=移籍金は原則として残りの年俸額だと判示しているものと解釈されるのである。

「移籍金ビジネス」が孕んでいた法的基盤の危うさ

 このように、契約期間の途中で他のクラブに移籍した場合の違約金=移籍金が残りの年俸額であるとすれば、もはや1億ユーロ超えの移籍金も珍しくなくなった現在の移籍マーケットは、根本から覆されることになる。選手の移籍金を大きな収益源とする南米やポルトガルなどのクラブのビジネスに大きな影響が出るほか、移籍金をもとにしたビジネスをしている代理人、移籍金の5%を原資とする連帯貢献金などにも大きく影響する。

 ただ、元はといえば選手の移籍にそれだけの巨額な移籍金が発生すること自体がおかしかったとも言える。近代労働法の原則では労働は商品ではないという考えの下、奴隷的契約は禁止されており、ほぼ人身売買に相当する移籍金ビジネスは職業選択の自由という基本的人権の観点からも、もともと違法性の高いルールであったからである。

 これに近いモデルであったのがプロ野球の旧ポスティングシステムであったが、2017年の改正によって、締結された選手契約の金額に連動する形で移籍金が明確に定められることになったため、現在ではその奴隷契約的問題点は解消されている(例えば選手契約がメジャー契約で年俸10億円の2年契約の場合、NPB球団への支払はトータルの額の20%=4億円となる、というように明確化されている)。

 その意味では、そもそも人身売買的ビジネスであるサッカー界の「移籍金ビジネス」自体が、法的基盤の危ういビジネスであったと言える。

移籍金に頼らないJリーグが経営の最先端に?ディアラ判決が国際サッカー界を震撼させている理由(後編)」へ続く!

Photo: Getty Images

footballista MEMBERSHIP

Profile

山崎 卓也

1997年の弁護士登録後、2001年にField-R法律事務所を設立し、スポーツ、エンターテインメント業界に関する法務を主な取扱分野として活動。現在、ロンドンを本拠とし、スポーツ仲裁裁判所(CAS)仲裁人 、国際プロサッカー選手会( FIFPRO)アジア支部代表、世界選手会(World Players)理事、日本スポーツ法学会理事、スポーツビジネスアカデミー(SBA)理事、英国スポーツ法サイト『LawInSport』編集委員、フランスのサッカー法サイト『Football Legal』学術委員などを務める。主な著書に『Sports Law in Japan』(Kluwer Law International)など。

関連記事

RANKING

関連記事