SPECIAL

YouTube「ばっちこい心理学」で人気の公認心理師に聞く「調子の悪いチームのサポーター心得」とは?

2024.10.14

愛するチームの勝ち負けに一喜一憂できるのはサッカークラブのサポーターの醍醐味だが、負けてばかりいると愛が憎しみに変わってしまうのも人のさが。そんな調子の悪いチームのサポーターが、少しでも前向きになるにはどうすればいいのか? 福島県立医科大学・青木俊太郎助教とともにYouTubeチャンネル『ばっちこい心理学』を運営する公認心理師の岩野卓先生に、心理学の視点からアドバイスしてもらおう(ちなみに聞き手は、愛する大分トリニータが苦戦中のひぐらしひなつさん)。

ファン同士で集まる「ピア・サポート」が効果的

――今、今年のJリーグが最終盤を迎える中で、順位が上のチームは雰囲気がいいのですが、順位が下の方のチームはカテゴリーがダウンする可能性にも脅かされながら戦っています。今日は、そういうチームのサポーターはどのようにこの戦いを乗り越えればいいのか、そしてクラブやチームを取り巻く人たちには何ができるかについて、心理学的なアプローチからアドバイスをいただきたいと思います。

 「これは非常に切実なクエスチョンで、わたしもプレッシャーを感じますね……」

――中にはすでにカテゴリー降格が決まったチームもあり、来季に向けての不安を抱えていたり、負けが込むことで心が荒んでしまったりしているファンもいると思います。そんな日々をどう過ごせばいいでしょうか?

 「数ある論文を調べた中でも比較的、効果的だと思われるのが、ファン同士で集まることです。これは『ピア・サポート』と呼ばれるんですが、対面でもいいし、オンライン上の、掲示板でもアバターを使った集団でも構いません(1)。そういった場で、みんなでつらい思いを共有したり一緒に応援するモチベーションを上げたりするといった活動が、降格による心の傷やつらい思いを軽減させるといったデータが、いくつかありました。なので、そうやってファン同士で心を高め合うのがいいのではないかなと思います」

――それって日常的にも「うれしいことを分かち合えばうれしさは倍になり、悲しいことを分かち合えばかなしさは半減する」とよく言われますよね。そういうことなんですか?

 「基本的にはそういう作用だと思います。海外のデータですが、Facebook上のファンコミュニティに所属することによって、試合に負けた時に落ち込みすぎなくなるといったものもあります(1)。もちろん、そういったコミュニティ内で誹謗中傷などはしないようにという前提が大事ですが、そういう形で互いにケアし合うのは有効ですね」

(1) Burke, M., & Kraut, R. E. (2016). The relationship between Facebook use and well-being depends on communication type and tie strength. Journal of Computer-Mediated Communication, 21(4), 265-281.

重要なのは「感情の共有」

――おそらくスタジアムやスポーツバーで一緒に観戦していた人たちは、負けた試合の後には残念会や反省会と称して飲んだくれると思うんですけど(笑)。ただ、特にオンライン上の匿名の場などでは、どうしてもネガティブな感情を抑えきれずに、ストレスをあらわにする人も現れがちです。そうなると負のパワーも共有されてしまうのでは?

 「この現象に関しては『匿名になると攻撃性が高まる』という研究データが多いんですね(2)。車の運転中は人格が変わったり、匿名性の高いSNSサイトなどでは炎上も起きやすくなる。だから、Xよりも比較的匿名性が低く実名の出やすいFacebookなどの方が、攻撃性は下がると考えられます。

 とはいえ、それで片づけてしまうわけにもいかないので、例えばチームが運営するSNSサイトなど運営者がコントロールできる場では、そういう参加者のアカウントを一時的に凍結するといった方針を周知するのもいいのかなと思います。あと、運営者サイドとしてできることとしては、ファンとして適切に活動している人をロールモデルとして取り上げたり、選手たちにメッセージを発信してもらったりということもありますね。『試合に負けて我々もつらい』『降格したが来季からまた頑張るために応援してほしい』といった具合に、ファンの心に寄り添いながら、ポジティブな応援活動を促進するようなメッセージを送ることもできるはずです(3)」

――確かに、負けた試合の後に荒れていたSNSのタイムラインが、選手が1つ発信した瞬間にガラリと雰囲気を変えることってありますね。

 「調べたんですけど、『リスクコミュニケーション』という研究分野があるんですね。これはスポーツというよりは、企業や自治体に関わるものなんですが。例えば、そういったところで、売上が上がらないとか個人情報が流出したとかいったトラブルが発生した時に、責任者の対応として、感情を表現した方がいいのか合理的に説明した方がいいのかを比較した実験データがあるんです(4)(5)。それによると、感情を表現して対応した方が、見ている人に共感されるという結果が得られていたんですね。

 同様にスポーツでも、大事な試合で負けてしまった時に、冷静に敗因を分析するよりも『我々も本当に悔しい。この試合のために懸命に準備してきたのに、負けるなんてつらい』と素直に表明することで、それを聞いている人たちの共感力が上がるという現象があります。なので選手や監督、クラブの関係者といった方々が感情を表現することも、ともに戦っていく気持ちを高めるために有効なんじゃないかと思います。

 ファン文化を根づかせるために、ファンに丸投げでおまかせするのではなく、チーム関係者がファンと一緒に良質な文化を作っていくことも、当然、必要なんですね」

岩野先生のYouTubeチャンネル「ばっちこい心理学」

(2) https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjesp1971/20/1/20_1_1/_pdf

(3) Gross, J. J. (2002). Emotion regulation: Affective, cognitive, and social consequences. Psychophysiology, 39(3), 281-291.

(4) Schoofs, L., & Claeys, A. (2021). Communicating sadness: The impact of emotional crisis communication on the organizational post-crisis reputation. Journal of Business Research, 130, 271-282

(5) Coombs, W. T. (2007). Protecting organization reputations during a crisis: The development and application of situational crisis communication theory. Corporate Reputation Review, 10, 163-176.

失敗の後にこそ「リフレーミング」

――そうなると、我々サッカーメディアの役割も重要になりますね。

 「できることは結構あると思いますよ。その1つとして、『リフレーミング』というテクニックがあります(3)。これは個人のカウンセリングでもやる方法なんですが。人は何かを失敗した時に『ああ、やらかした』というふうに思いがちじゃないですか。そこを『これは成長する過程なんだ』『この失敗を糧に成長できるんだ』というふうに考えるようにすると、起きた出来事自体は変わらなくても、それに対する気持ちの持ちようが変わりますよね。フレームを作り直す、リフレーミングというものです。

 例えば、カテゴリーがJ2からJ3に落ちた時に、それを単純に『降格した』と捉えるだけでなく『ここからリスタートするんだ』『またJ2復帰に向けて再スタートを切るために一緒に頑張ってほしい』というふうに、フレームを変える。そうすることで、悲しむ以外のサポート方法をファンに提供できるのではないかと思います」

――それは我々自身にもかなりのリバウンドメンタリティが求められますね(笑)。そもそもスポーツ競技では、勝敗がある以上、負けることって必ずあるじゃないですか。その現実を受け入れることが、スポーツ観戦を楽しむにあたって大事な前提なのではないかとも思うんです。一方で、そこを受け入れすぎてしまうと、勝負ごとを応援する刺激も薄れてしまうのかもしれませんけど。

 「そこも、ファン文化の作り方だと思うんですよ。『勝ったらうれしい、負けたら悲しい』というのが一般的な心理だと思うんですけど、例えば『チームの調子が悪い時ほど真のファンはこうあるものだ』といった意識を事前に定着させることで、『負けて悲しい』という段階で終わるのではなく『またみんなで応援して次の試合こそ勝とう』といったふうに、負けた時のマインドの持ち方にしていくこともできると思うんですよね。そういう発信によるファン文化の形成に、報道や情報発信者は貢献できるはずです」

J3降格決定を受けて赤堀洋代表取締役社長の言葉を届けるザスパ群馬。「このような結果となること自体が全くの想定外でしたが、関係者全員がその事実をしっかり受け止め、その悔しさを胸に、まずは1年であるべきポジションに戻るべく、あらゆる変革、挑戦、努力、準備、実行を今この瞬間からスタートし、全力で取り組むことを誓います」とリスタートを誓っていた

――それにあたって、先ほどの『リフレーミング』以外にも、何か具体的な方法はありますか?……

残り:9,164文字/全文:13,586文字 この記事の続きは
footballista MEMBERSHIP
に会員登録すると
お読みいただけます

TAG

岩野卓心理学文化

Profile

ひぐらしひなつ

大分県中津市生まれの大分を拠点とするサッカーライター。大分トリニータ公式コンテンツ「トリテン」などに執筆、エルゴラッソ大分担当。著書『大分から世界へ 大分トリニータユースの挑戦』『サッカーで一番大切な「あたりまえ」のこと』『監督の異常な愛情-または私は如何にしてこの稼業を・愛する・ようになったか』『救世主監督 片野坂知宏』『カタノサッカー・クロニクル』。最新刊は2023年3月『サッカー監督の決断と采配-傷だらけの名将たち-』。 note:https://note.com/windegg

関連記事

RANKING

関連記事