絶対的エースとして君臨してきたベンゼマが去り、チームの再構築を迫られた中で2シーズンぶりにラ・リーガとCLの2冠を達成。2023-24シーズンの欧州クラブシーンを主役として締めくくったのはレアル・マドリーだった。元東大ア式蹴球部テクニカルスタッフで現在はエリース東京FCのテクニカルコーチを務めるきのけい氏がチームの歩みを振り返るとともに、クロースが引退しムバッペが加わることで大きく変わる来シーズンのチームの戦い方を推察する。
ドルトムントとのCL決勝を2-0と制し、2シーズンぶり15度目のCL制覇を成し遂げたレアル・マドリー。シャビ・アロンソ率いるレバークーゼンの無敗記録が話題となっていた陰で、シーズンわずか2敗という驚異的な成績で勝ち続けてラ・リーガとスーペルコパのタイトルも獲得するなど、確かな強さを世界に示すこととなった。
今季何よりも際立っていたのは、カルロ・アンチェロッティの手腕だろう。どんなに強いチームでも、シーズン中には浮き沈みを経験するものである。しかし今季のマドリーはほとんど“沈”を見せることがなく、目の前の課題を順調にクリアし1歩1歩着実に歩みを進め、チーム全体が成長していった。3歩進んでは2歩後退、を繰り返し苦しみながらCLを制した2021-22シーズンよりも明確に安定していた。その時のチームの核であるティボ・クルトワ、エデル・ミリトン、ダビド・アラバを前十字靭帯の断裂で失ったにもかかわらず、である。
そしてここ1カ月の間に、2つの大きな発表があった。トニ・クロースの現役引退、キリアン・ムバッペのマドリー加入である。それぞれ世界最高峰のMF、FWであり、この選手の入れ替わりが来季のマドリーに与える影響は絶大だろう。本稿では、鍵を握ったアンチェロッティのマネジメントや、戦術のメカニズムとその中でクロースが担ってきた役割に焦点を当てて今季を振り返った上で、最後に来季の展望を示す。
3つのターニングポイント
①アトレティコ・マドリー戦の敗北
「ダイヤモンド型の弱点は?」
「自陣のサイドのコントロールが難しい。それはプレシーズンでも見られたが、リーガではうまくいっていた。しかし、アトレティコとの試合ではうまくいかなかった」
「最も苦しかった時はいつですか?」
「アトレティコとの試合に負けた時だ。あの試合で自分たちが何かを変えないといけないと理解した。あの試合で守備を変えることができた」
この2つはそれぞれシーズン序盤の2023年9月末、シーズン終盤の2024年5月中旬における会見でのアンチェロッティの言葉である。
カリム・ベンゼマというチームの柱であったストライカーが退団し、ジュード・ベリンガムという20歳にして完成されたモダンなMFが加入したことで、アンチェロッティはプレシーズンから彼をトップ下に置き、ウイングを本職とするビニシウス・ジュニオールとロドリゴ・ゴエスを2トップとする[4-3-1-2]のシステムにトライしていた。MF3人の編成は右からフェデリコ・バルベルデ、オレリアン・チュアメニ、エドゥアルド・カマビンガとなっており、開幕時点でクロースとルカ・モドリッチはベンチを温めていた。
起用からもわかる通り、コレクティブでアスリート能力の高い選手たちによるハイプレス主体の守備を志向し、実際に猛威を振るった。またスピードがあり深みを確保することができる2トップの後方からゴール前にベリンガムが飛び出すという新たな崩しの形が構築され、ゴールを量産した彼は間違いなく今季前半戦のベストプレーヤーであった。
しかし、オープンな試合展開を苦にしない若手とモドリッチ、クロースというクローズドな展開でこそ輝きを放つベテランが混在するスカッドにおいて、このゲームモデルの移行とシステム変更は早急過ぎたようであった。MFを1人、2人と入れ替えただけでハイプレスとそれを回避された後に構築するブロックの強度が大幅に落ち、かといってメンバーを若手で固定すれば引かれた相手に対しビルドアップや崩しが機能しないという問題が徐々に顕在化していった。……
Profile
きのけい
本名は木下慶悟。2000年生まれ、埼玉県さいたま市出身。東京大学大学院工学系研究科システム創成学専攻所属。3シーズンア式蹴球部(サッカー部)のテクニカルスタッフを務め、2023シーズンにエリース東京FCのテクニカルコーチに就任。大学院でのサッカーをテーマにした研究活動やコーチ業の傍ら、趣味でレアル・マドリーの分析を発信している。プレーヤー時代のポジションはCBで、好きな選手はセルヒオ・ラモス。Twitter: @keigo_ashiki