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リバプール新監督スロットも選定した天才データ科学者、ウィリアム・スピアマンとは何者か?

2024.05.25

今夏、9年間近く指揮を執ったユルゲン・クロップ監督が退任したリバプール。後任にはフェイエノールトを1年目でECL準優勝、2年目でエールディビジ制覇、3年目でKNVBカップ優勝へと導いたアルネ・スロットが就任することが発表された。

シャビ・アロンソやルベン・アモリムが最有力と報じられた中でオランダ人戦術家の抜擢は意外な結末のようにも映るが、その選定についてもリバプールはデータに頼っていた。独自の選手総合評価指標開発でも知られるクラブは、今回の監督人事でも独自にモデルを設計して適任者を発掘したという。そのお眼鏡に適ったのがスロットだったというわけだ。この構築者こそ、リサーチ部門ディレクターを務める天才データ科学者ウィリアム・スピアマン、その人である。

バルセロナ、パリSGも感銘を受けた「ピッチコントロール」

 ウィリアム・スピアマンは子供の頃からサッカーに親しんできたわけではない。出身はアメリカのシカゴ。エンジニアと生物学者の両親の間に生を受けたスピアマンは、個人競技と数学を好む少年だったという。チームスポーツに興味を持ち始めたのは遅く、なんと20代前半。しかもこれもサッカーではなく、対象はアメリカンフットボールだったようだ。

 ハーバード大学で物理学の博士号を取得後、スピアマンは欧州原子核研究機構(CERN)に勤務。ここまではスポーツとは無関係のキャリアだが、2015年にスポーツデータ分析会社Hudlに入社する。データ分析の黎明期にあったサッカーで、野球にあるような高度な統計を実現したいという願望があったようだ。

 スピアマンの名を一躍知らしめたのが、2016年に開催されたOpta Pro Forumというサッカーデータ分析のカンファレンスでの発表だ。彼はここで「ピッチコントロール」という新たなデータ分析モデルを紹介。カンファレンスにはのちに働くリバプールのほか、バルセロナやパリ・サンジェルマンなど名だたるビッグクラブのスタッフが参加していたが、彼らはその発表に大きな感銘を受けたという。

 「ピッチコントロール」とは何か。簡潔に述べるならば、ピッチ上のスペースを誰がどれだけ支配しているかをビジュアル化した分析モデルだ。以下動画を再生してほしい。

 ボールと選手の動きにあわせてピッチ上を赤と青の領域がせめぎあう様子がわかる。この色によって表現されているのが各チームの支配領域だ。「ボロノイ分割」という平面上の複数の点を中心に領域を均等に分割する手法をサッカーに応用し、各選手がどれだけのスペースを占有しているかを可視化したのだ。

「遊び半分の1週間」でサッカーデータ分析の常識を覆す

 このピッチコントロールの発明はサッカー分析の歴史を変えた。しかし何がそれほど重要なのだろうか。

 サッカーにおいて“スペース”という概念は極めて重要だ。例えばあるMFがFWにスルーパスを出す場面を切り取ってみよう。この時、そのMFの周りにどれだけのスペースがあるかによってプレーの難易度は大きく変わってくる。周りに誰もいなければ高い精度でキックできるが、相手選手がいたら難易度は上がる。ボールのすぐ前に相手選手がいたらパスはほぼ成功しないだろう。また受け手となるFWにどれだけのスペースがあるかもパスの成否・効果に大きく関わってくる。もちろんこれはスルーパスに限らない。あらゆるプレーにおいてスペースは重要だ。サッカーはそれをどう活用するかのスポーツと言っても過言ではない。

 しかし、サッカーの主要なスタッツを思い返してほしい。ゴールもアシストもインターセプトも、スペースが考慮された評価ではないはずだ。例えば同じアシストにしても、それぞれの価値は周囲にスペースがどれだけあったかによってまったく変わる。従来の数字はスペースがあろうがなかろうが、すべて発生したイベントの数をカウントするだけで、ピッチ上における複雑な実態が反映されていない。トラッキングデータも取得できていたものの、それによって実現するのは選手の走行距離の計測やヒートマップの作成程度。効果的な分析に活用するまでは至っていなかったのだ。

 例えばピッチコントロール発表の3年前、2013年に原著が発売された『サッカーデータ革命 ロングボールは時代遅れか』(辰巳出版)という書籍がある。この本では当時のサッカーデータ分析の最新トピックが紹介されている。そこで取り扱われるテーマは以下に挙げたようなもの。これを見ると10年前は試合の大半を占めるオープンプレーそのものを分析できていないことがわかるはずだ。

・コーナーキックから得点が生まれる確率
・ポゼッション率と勝率との関係
・監督交代はチームの起爆剤になるか
・2点リードが一番危険は本当か

 当時はすでにトラッキングデータが登場してかなりの年数が経過していた時期だ。しかし誰もがそれをどう扱っていいかわからず、分析を深化させることができていなかった。当時はスペースの概念をデータに落とし込むことができていなかったためである。

 これを克服したのがスピアマンのピッチコントロールである。トラッキングデータを基にした新たなモデルによって、ピッチ上の味方、相手、ボールの位置関係をデータとして把握することが可能になった。いわばスペースを数字に落とし込めたのだ。これにより、困難だったオープンプレーを実態に近い形で分析する準備がようやく整ったのである。……

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Profile

大南 淳

野球のデータ分析を手がける株式会社DELTAのアナリスト・編集者。主著に『プロ野球・MLBが10倍楽しくなる! よくわかるセイバーメトリクス』。趣味のサッカー観戦でも、リパプールを中心にプレミアリーグ全般をデータ視点で追う。Xアカウント:@ominami_j

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