SPECIAL

“スカウティング4.0”の時代へ。AIも介入する意思決定の主役は…

2024.05.07

今や選手の発掘から獲得までのあらゆる過程においてテクノロジーの活用は欠かせない。移籍市場の裏側で日々進化を続けるスカウティングの現場で何が行われているのか?そして次に訪れる“スカウティング4.0”の時代に違いを生むものとは何なのか?チェルシーやストークなど英国のクラブでスカウトを務めてきた田丸雄己氏が考察する。

※『フットボリスタ第100号』より掲載。

 ミュージアム・オブ・リバプールにはリバプールの伝説的スカウト、ジェフ・トゥウェンティーマンの日記が飾ってある。そこには事細かに視察した選手のパフォーマンス、試合の日付や特徴が記されている。彼の家族によると、ダイアリーに載っているのはほんの一部で、その多くはもう一つのダイアリーである彼の頭の中に保管されているそうだ。

 ミュージアムでの日記展示が始まったと同時に発売された『SecretDiary of a Liverpool Scout』を読むと、当時のタレント発掘作業の一端を見ることができる。トゥウェンティーマンのようなスカウトは、今では数十人で分類して行うネーションワイドな選手の発掘、記録、情報のマネージメントなどの作業を一手に担っていた。意思決定や獲得の判断材料は彼らに委ねられていた。これはスカウティングの原型、スカウティング1.0とも言える。ちなみに、ここで言う「スカウティング」とは移籍プロセスにおける選手発掘と確定を指し、「リクルートメント(獲得・雇用)」とは違う領域の話である。

地球の反対側の選手を視察・数値化。スカウト専用の生成系AIも続々登場

 スカウトの進化は、その選手発掘から獲得までの意思決定リソースの変遷とともに振り返ることができる。次なる進化として個人のスカウト能力に加えて、テクノロジーによるその意思決定への介入が行われた。

 世界中のプロゲームを視察するための映像ツールが、今では世界中のプロクラブで使用されている。移動をせずとも地球の反対側にいる選手の視察が可能になった。映像分析ソフトも導入され、多くのクラブではリクルートメントアナリストと呼ばれるスカウト部門の分析官が、『Hudl』などの映像編集・貯蓄プラットフォーム上にターゲット選手の映像をクラブ独自のチェック項目に沿った形でクリップし、数百試合に及ぶ証拠映像を保管している。そこにはプロだけでなく、U‒8からU‒21までの大手映像プラットフォームでは手に入らない試合映像や練習映像まで見つけることができる。

 パフォーマンスデータも特筆すべきだ。1試合で何十万のイベントデータを収集し、選手評価に客観性と正確性をもたらした。今では従来通りの1試合1イベント単位の評価を超え、マシーンラーニングによる過去の数百試合から導き出した各アクションごとのバリューを算出。オン・ザ・ボールだけでなく、フィジカル+戦術のデータ、プレーエリアとスペースのコントロール、意思決定と認知機能の部分まで数値化が始まっている。

 加えて、人工知能の影響も日々勢いを増す。バーンリーやチェルシーがアカデミーで導入している『AiSCOUT』は、選手がアプリから指定されたプレー映像をスマホのカメラで撮影して送ると、自動的にそのバイオメカニクス特性とタスク達成度を算出し他選手との比較を行ってくれる自動スカウトアプリだ。生成系AIでは「チェルシーの右ウイングにフィットする25歳以下のワイドアタッカーを探して」とタイプすれば、選手リスト、詳細のプロファイル、パフォーマンス分析、定性&定量分析、データビジュアライゼーションを表示してくれる『ScoutGPT』をはじめ、Soccermentの『AIDA』も先日発表された。これまではスカウトが数時間、数日かけて収集していた情報を1分足らずで表示する。まだアウトプットは基礎的だが、今後クラブの書類や映像を読み取らせることによって、さらに正確で詳細な情報を作成することができるようになるであろう。

 選手評価にとどまらず、テクノロジーは業務効率を上げるためにも使用される。スカウトによるコミュニケーションや情報集約のプラットフォームである『Scout Mission』、選手のケガ情報をチェックする『Noisefeed』、選手とクラブ、代理人とのマッチングを進める『TransferRoom』など、業務のあらゆる面においてテクノロジーは欠かせない。アメリカのNFLでは各地域でソーシャルメディアに投稿が増えている選手を集約し、クラブスタッフにアラートするサービスまである。いずれこれもサッカーに導入されるだろう。

スカウティング2.0から3.0へ。違いを生む組織としての協働

 1人の人間が意思決定の主役だった段階をスカウティング1.0とすると、これらテクノロジーの導入による意思決定への介入はスカウティング2.0と言える。スカウティング2.0黎明期はテクノロジーがゲームチェンジャーとして迎えられ、持つ者と持たざる者の間に大きな隔たりができたかのように思えた。しかし、そのテクノロジーも同じ予算規模内のクラブ同士であれば似たり寄ったりなレベルプレイングフィールドとなった。では、現代においては何が違いを生む可能性が高いのであろうか?……

残り:4,401文字/全文:7,135文字 この記事の続きは
footballista MEMBERSHIP
に会員登録すると
お読みいただけます

TAG

フットボリスタ第100号

Profile

田丸 雄己

1994年生まれ。高校卒業後、イギリスに短期留学した後、Jクラブやサッカーコンサルティング会社での勤務を経験。その後、イギリス、ロンドンにあるセントメアリーズ大学に進学。在学中にチェルシーアカデミーでスカウトのインターンを経験し、現在は英二部ストーク・シティとスコットランド一部マザーウェルでスカウトとして活動中。ロンドンエリア、Jリーグのスカウトを担当している。

関連記事

RANKING

TAG

関連記事