日本サッカーの課題?ロングスローからの失点を防ぐ2つのポイント
全国高校サッカー選手権大会やアジアカップでも話題になった「ロングスロー」。日本サッカーはロングスローに弱いのか? 欧州サッカーであまり見られないのはなぜか? そもそも守り方はあるのか? エリース東京の山口遼監督に見解を聞いてみた。
「ロングスロー論争」とは何なのか?
箱根駅伝に並ぶ年末年始の風物詩になっている全国高校サッカー選手権大会で、ここ数年話題になっているのが「ロングスロー」の功罪についてだ。
先日行われたアジアカップでも、日本代表がロングスローに苦戦していたことは記憶に新しい。高校サッカーでは、青森山田高校がロングスローを武器に躍進したことをきっかけに、様々な高校が同様の戦略を取り入れ始め、議論を呼んでいた。
そもそもルールの範囲内で行われていることに対して「議論を呼んでいる」というのも少々おかしな話に思えるかもしれないが、サッカーのようなメジャースポーツでは明文化されたルール以外にも暗黙の了解や不文律のようなものが存在する。
「股抜きは侮辱的行為と解釈されることがあり、血の気の多いDFであればその後報復される可能性がある」、あるいは「選手の負傷に対して敵チームがボールを意図的にアウトオブプレーにしてから再開する場合、敵チームへのリスペクトとしてスローインのボールを相手に返してからプレーを再開する」などといったようなものだ。これらは不文律であるがゆえに、完全に統一された見解があるわけでもなければ、違反した時の罰則が用意されているわけでもない。ただ、このような事象に対する向き合い方はいくつかの“派閥”のようなものが存在するのも確かで、「サッカー/フットボールというスポーツはどうあるべきか」というような観点からしばしば議論・論争の種になることがある。
ロングスローに関する論点としては、「ロングスローを多用して短期的勝利を追求するのは、育成年代において良しとされてよいのか?」といったものが中心になっている。
まずはこのような議論がどのような観点からなされるのかについて、筆者なりに解釈してみたい。まず大前提として、ロングスローに限らずロングボールなどの浮き球やヘディングを多用することはしばしば「判断の伴わないフットボール」の象徴として批判の対象となるという文脈がある。確かに、カテゴリーが上がるにつれてアクチュアルプレーイングタイムは長くなる傾向は事実としてあるので、それはすなわちボールが地面にあり、足でボールを扱う時間が長いということを示している。となると「育成」を掲げる年代で、さらに言えばその年代の最高峰とされる大会で、ボールプレーとは反するようなフィジカル的で思考停止的なプレーでインスタントな勝利をもたらすことに否定的な声が上がるのも然もありなんということだろうか。
しかし一方で、例えば世界最高峰とされるプレミアリーグやラ・リーガを観ていて、ロングスローを目にすることはほとんどない。前述したように「フットボールとしての美徳」といったような観点から使用すると白い目で見られるかというと、そうではなさそうだ。シンプルに話題に上がらない、「まあ、あるにはあるよね」という感じだ。これはすなわちそういうことではないだろうか。そう、彼らの中ではロングスローは別段有効な戦術だとみなされていないのだ。
例えば、CKでゴールを量産した選手やチームがいたとして、批判の対象になるということは考えづらい。少なくともフットボールの未来を左右するなどという観点で議論にはならないのではないか。それはシンプルに、CKがフットボールのゲーム性や美しさに大して影響を与えないからだ。守り方もある程度確立されていて、統計的に見ても全得点に占める割合はせいぜいが1割程度である。
このように仮定すると、私たちは単に有効性の低い戦術に対して「美徳」という観点で生産性のない議論をしている可能性が出てきてしまう。つまり私たちは、ロングスローの守り方があまり発達していないためにそれを「脅威」と認識し、必要以上に重要なファクターとして認識してしまっているのではなかろうか。ということで今回は、巷で定期的に繰り返される「ロングスロー論争」への別の視点の回答として、ロングスローの守り方について考えてみたいと思う。
ロングスローの特殊性と難しさ
先ほどチラッと話に出したように、ロングスローは球足の長い浮き球をおよそ横向きにゴール前に送り込むという点でCKと一定の類似性がある。そこで、ロングスローとCKを比較しながら、ロングスローの守備の方法論について検討していくことにしよう。
ロングスローの特殊性は何かといえば、当然足で蹴るCKに比べて飛距離が短く、さらに球筋も緩くふわっとした軌道になりやすいということが挙げられる。ロングスローの対処を難しくしているのはまさにこのゆったりとした山なりの球筋である。キッカーの質にもよるが、CKであれば蹴られたボールはロングスローよりも一般的に力強く、大きな運動エネルギーと回転エネルギーを持ち、鋭く落ちるボールでニアのDFの頭を越すことを狙うことが多い。そのため、質の高いボールが入ってくると強烈なヘディングで鮮やかな得点につながる可能性も高い一方で、DF側にとってもボールに触れることができれば大きなクリアにしやすいという特徴がある。
一方でロングスローの球筋にはパワーがない。さらに軌道も水平方向成分よりも鉛直方向成分が多く、すなわち山なりで上から落ちてくるような形になるので、簡単に言えば非常にクリアがしづらいのだ。さらにロングスローを担う選手の肩がどれほど強いといっても、ゴール前まで到達するような特大ロングスローは少なく、大抵はニア側に上からボールが落ちてくるという形になる。これは逆に言えば攻撃側にとっても、直接強いヘディングをゴールに叩き込むというようなことは難しくなる。つまり、ロングスローにおける失点パターンは、直接ヘディングを決められるような直接的なものではなく、むしろクリアや連携面の失敗によるこぼれ球を詰められるものであることが多い。
より具体的に考えてみよう。
ロングスローが入ってくるのは、スロワーの位置にもよるが大体下図のあたりである。
得点パターンとして考えられるのが、「ニアで逸らしてファーで仕留める」パターン。しかし、これもやはり逸らすボールの球威が出づらく、割合としてはそこまで多くない体感だ。最も多いのが、クリアし損ねたボールがPA内に落ちて直接シュート、あるいはPA付近にこぼれたボールを拾われてクロスなどの再攻撃から失点につながるパターンだ。
ロングスローにおいてこぼれたボールの処理が難しいのが、先ほども説明したような独特の軌道から、CK以上にボールと周辺状況の同一視が難しいからだ。ボールの処理に気を取られているうちに変な場所にボールがこぼれ、「なぜそこにスペースがあるのか?」という瞬間的にできてしまったようなスペースが生まれやすい。
守り方の鍵は「ニア」と「スペース」
つまり、ロングスローからの失点を防ぐポイントは2つある。……
Profile
山口 遼
1995年11月23日、茨城県つくば市出身。東京大学工学部化学システム工学科中退。鹿島アントラーズつくばJY、鹿島アントラーズユースを経て、東京大学ア式蹴球部へ。2020年シーズンから同部監督および東京ユナイテッドFCコーチを兼任。2022年シーズンはY.S.C.C.セカンド監督、2023年シーズンからはエリース東京FC監督を務める。twitter: @ryo14afd