クラブ愛と費用対効果のあいだ――ガンバ大阪のスポンサーとして
Jリーグクラブの重要な収入源の1つである『スポンサー収入』。年間総売上高の50%以上を同収入が占めているクラブもあり、企業による支援・投資によってクラブ経営が支えられているのは周知の事実だ。
一方で、企業がクラブをスポンサードする動機はあまり知られていない。純粋にクラブを応援したい気持ち、そして……。
ガンバ大阪のスポンサーとして、存在感を放つ2社を取材した。(※文中、敬称略)
育成への貢献
「橋本英郎さんといえば、アカデミーからトップチームに昇格して、2005年のリーグ優勝をはじめ、数多くのタイトル獲得に貢献したレジェンドですよね。“育成のガンバ”を象徴する人でもある。正直に言って、即決できるような協賛金ではなかったですが(笑)、ずっと応援していた選手だったのでスポンサードすることを決めました」
2023年12月16日、パナソニックスタジアム吹田で開催された『橋本英郎 引退試合』で着用されたユニフォームのパンツには、ある病院のロゴがプリントされている。
『きしもと泌尿器科クリニック(KISHIMOTO UROLOGY CLINIC)』
1983年11月に兵庫県三田市に開院。院長を務める岸本涼は2代目で、義理の父親の後を継いで8年になる。ガンバ大阪との関係は2016年から。ホームタウン活動への協賛である『GAMBAssist(ガンバシスト)』からスタートし、2020年からはブロンズパートナーへアップグレードしている。
大阪府枚方市出身の岸本は、1993年のJリーグ開幕期からガンバ大阪を応援している。「サポーターとしての想いが高じた側面はある」としつつも、スポンサードを決めた重要な理由として“育成への貢献”を挙げる。
「ガンバのアイデンティティとして『育成』が重要視されているのは、クラブのスタッフさんとの会話の中でも感じます。私と同世代である宮本(恒靖)さんをはじめ、稲本(潤一)さんや、大黒(将志)さんなど日本代表選手を輩出し続けている。最近だと堂安(律)選手が日本代表で活躍しているのを見ると嬉しいですよね。
ただ、最近は他クラブとの競争が厳しくなって、選手獲得にも苦労されているという話も聞きます。設備の面でもガンバの優位性が少しずつ薄れてきていて、そうなると決め手は“クラブ愛”という話になってくる。だから、最近は(ガンバ大阪の)キッズ会員にむけたサッカー教室への協賛を行っています。今後はキッズ会員に“なる”ことを促すというか、北摂の子供たちがガンバのことを好きになるような、裾野を広げる活動もできたらいいねと(クラブスタッフと)話しています」
岸本が育成の対象として捉えているのは、選手だけではない。「私のように運動がからっきし出来なかった子どもにもガンバを好きになって欲しい」という想いから昨年、一昨年と協賛しているイベントが、ホームタウンエリアの中学校女子サッカー部員を対象とした試合当日のスタジアムツアーだ。
「イメージしているのは『キッザニア』(子供向けの職業体験型テーマパーク)です。キャリア教育の一環として、ガンバ大阪サッカービジネスアカデミーさんの協力で開催しています。選手や監督、審判以外にも表に出ない形で働いている人たちがいること、そういう支えがあるから試合が開催されていることを知って欲しい。
病院も同じなんです。主治医と看護師以外にも、点滴を納入してくださる業者も必要ですし、薬を開発する人も必要。そういう人たちが医療を支えている。社会には色んな職業があることを(スタジアムツアーを通じて)学んでもらえれば嬉しいですね」
営業部のパートナー
インタビュー中、「お金を出しているというよりも、クラブと一緒にお金の使い方を考えているような感覚」と語る岸本から見返りを期待する言葉は一度も出てこなかった。話す言葉はどれも当事者……まるでクラブスタッフのようだ。
元々サポーターであるバックボーンこそあれ、そこまで献身的になれる理由は何なのかを問うと「確かに広告効果をさほど期待できない三田市の病院が協賛をするのは特殊だと思われますよね」と苦笑いを浮かべつつ、ある人物の名前を挙げた。
「ガンバが負けると伊藤(慎次)さん(ガンバ大阪 営業部 部長)や、2022年から当院を担当してくれている山崎(勇二)さんら営業の方々の顔が浮かんでくるんですよ。彼らが悪いわけではないのに『負けて申し訳ございません』って悔しそうに謝られて……。けど、勝った時は『あのプレーが良かったですよね!』とすごく嬉しそうで(笑)。そういう営業部の皆さんの影響を受けているところはあるかもしれないですね。ガンバ大阪のスポンサーを務めているというよりも、“営業部のパートナー”の方が実感としては近いかもしれません」
スポンサー活動は『沼』だという。どれだけ負けても放っておけない。あまりにも負け続けると「もうええわ」と思う時もあるが、気が付けば翌週もスタジアムに足を運んでしまう。仮にガンバ大阪が昨シーズンJ2に降格していたとしても、2年間は同額の協賛金を出すことは心の中では決めていた。
「どっぷりはまって、引き返せなくなりました(苦笑)」
インタビューの最後、密かに検討している今後のビジョンがあることを教えてくれた。
「クリニックを引退した時に残ったお金をつぎ込んで、超VIP待遇な1シーズンを過ごしてみたいんです(笑)。スタジアムの真下の駐車場に車を停めて、夏場の暑い時はラウンジで涼みながら観戦して、美味しいご飯を食べて……まあ、家族が許してくれない気もしますけどね(苦笑)」
迷いと葛藤のSNS運用
ファラオ様は普段、経理部で働いている。
古代エジプト王の名前に由来する『廃車王 大阪南店』のイメージキャラクター『ファラオ』はカジュアルなSNS運用で少しずつ知名度を高めてきた。同社がスポンサーを務めるガンバ大阪に関する話題を中心にサポーターと積極的に交流。神々しいビジュアル(アイコン)の影響もあり、「ファラオ様」の愛称で親しまれている。
そんなファラオ様の世を忍ぶ仮の姿は、車の解体や中古パーツの販売を行う『廃車王 大阪南店』で働く田中満夕子。「パナスタでガチャガチャをめっちゃ回している姿を見られたくないから」顔出しはNG。2011年に子供とのサッカー観戦をきっかけとしてガンバ大阪を好きになり、現在は年間パスを保有するプレミアムメンバー(最上位ファンクラブ会員)で、倉田秋選手が好き。自他ともに認める熱心なサポーターでもある。
ガンバ大阪サポーターであることを買われ、同社のスポンサー活動を発信するSNS運用を任されているが、本人は「正直に言うと、めちゃくちゃ悩んでいる」と語る。
「私、普段は経理の仕事を担当していて、広報の経験はないんです。だから、SNSもファラオというキャラクター設定で運用を始めたものの、『王様口調がいいのかな』『です・ます口調がいいのかな』と葛藤だらけで迷子です(苦笑)」
ただ、手応えを感じる時がない訳ではない。田中が最も印象に残っている施策として挙げたのは、昨シーズンの最終節、パナソニックスタジアム吹田で開催されたヴィッセル神戸戦前に出展したブースでの抽選会だ。
「オンラインでは『もっと拡散して欲しいな』『フォロワー増えへんかな』と思っていたんですけど、最終節のブース抽選会にビックリするくらいの人が並んでくれたんです。SNSでも多くの方がブースに参加したことを投稿していただけて。一緒にスタジアムに来ていた社長も『うん、うん』と満足そうな表情をしていたので良かったなと(笑)。売上には直結しないかもしれませんが、こうした形で反響を実際に目にできると、会社としてもスポンサーを継続する重要な要素になります」
サポーターの熱量や発信力
『廃車王 大阪南店』がガンバ大阪とスポンサー契約を締結したのは2022年。競合他社がTVCMをはじめとする広告宣伝に力を入れ、少しずつシェアを拡大する中で、同社としてもBtoCの露出拡大を検討している時期だった。
そんなタイミングで打診を受けたのが、某プロスポーツチームからのスポンサー契約。何度かの説明を受けて、試合も観戦して、前向きに検討しつつあった中で「ちょっと待った!」と声を上げたのが田中だ。
「結構大きな金額だったので、ちゃんと比較した方がいいと思って、他のチームの資料を集めたんです。ガンバ、セレッソ、オリックス……もちろん私のイチ押しはガンバなので、他のチームの資料は必要ないんですけど(笑)、社長に正しく判断してもらおうと」
「(社長に対して)『ガンバがいいと思います。ガンバがいいと思います』と囁き続けました(笑)」という田中の作戦が功を奏したかは不明だが、最終的に社長が選んだチームはガンバ大阪だった。
「社長は一切スポーツには興味がないのでフェアに選んだと思います。決め手はサポーターの数や熱量だったと聞いています。弊社にはTVCMを流せるほどの広告宣伝予算はないので、言葉は悪いかもしれないですけど、ガンバサポーターの熱量や発信力を利用させてもらいたいという考えです」
この時から田中には本業の経理以外に『会社の露出拡大』のミッションが課されることになる。「スポーツニュースで映り込むことを狙って」スタジアムに設置でき広告看板はゴール裏の位置を選び、「冷蔵庫に貼って毎日見て欲しい」と配布するノベルティはマグネットにした。
しかし、費用対効果の面で社長の評価は「見合っていない」という厳しいものだ。
「うちは大企業ではないので、スポンサー活動の効果は厳しくチェックされます。社長がサポーターになってくれれば話は変わってくると思うんですが(笑)、難しい。毎年(社長が)『今年は更新しない』と言うんちゃうかなと不安です」
だからこそ、サポーターの声は田中にとって大きな励みになっている。
「SNSを見ていると、廃車王の事業規模でスポンサーを続ける大変さを理解いただいている方も多い印象があります。ファラオ(田中氏)がガンバサポーターであることが伝わっている効果もあるかもしれませんが、情報発信の部分で『応援してやろう』という気持ちが伝わってきて嬉しいです」
サポーターによる応援の形は実際の店舗まで及ぶことも。田中が「本当に心強く感じた」と語るのは昨シーズンのホーム開幕戦での出来事だ。
「福岡在住のガンバサポーターの方が『廃車を任せたい』と、ご自宅から8時間も運転して試合前に店舗を訪ねてくださいました。車にはガンバのステッカーも付いていましたね。パナスタへは会社(廃車王 大阪南店)の車でお客さんと一緒にサポータートークをしながら向かいました」
「1年でも長くスポンサーを続けること」を当面の目標として、田中の奮闘は続く。そして、その先には「まだ個人的な想いですけど」と前置きをした上で見据える夢がある。
「いつか廃車王の冠試合を開催したいんです。今はノベルティを1つ作る上でも社長を説得しているような状況ですが、スポンサー活動の効果を高めて、売上を上げて、スポンサーのカテゴリーもアップグレードして、堂々と社長に『冠試合をやることに決めました』と言えるようになりたいですね」
Photos: きしもと泌尿器科クリニック, 廃車王 大阪南店 , AFLO
Profile
玉利 剛一
1984年生まれ、大阪府出身。関西学院大学卒業後、スカパーJSAT株式会社入社。コンテンツプロモーションやJリーグオンデマンドアプリの開発・運用等を担当。その後、筑波大学大学院でスポーツ社会学領域の修士号を取得。2019年よりフットボリスタ編集部所属。ビジネス関連のテーマを中心に取材・執筆を行っている。サポーター目線をコンセプトとしたブログ「ロスタイムは7分です。」も運営。ツイッターID:@7additinaltime