20年ぶりのプレミアリーグ制覇を目指すアーセナルは、今年も鬼門のアンフィールドで勝てなかったが、「縮む」こともなかったという。
アーセナルはリバプールを苦手としている。特にアンフィールドでの試合には苦い経験が多く、近年は全く勝てていない。まだミケル・アルテタ監督が現役選手だった頃の2012年9月に敵地でリバプールを倒して以降、一度もアンフィールドで勝てていないのだ。
現役時代にアルテタが経験したもの
そのため、首位アーセナルがヴァプールの本拠地に乗り込んだ今月23日の首位攻防戦では、アンフィールドでの苦手意識について話題が及んだ。2年前の対戦でリバプールの強力な攻撃に圧倒され、モハメド・サラーや南野拓実(現モナコ)などにゴールを許して0-4の大敗を喫していたアルテタは、大一番に向けて「家電」の話を持ち出した。「洗濯機」に入れられる感覚だというのだ。
アンフィールドのような威圧感のあるスタジアムでは“飲まれる”ことがある。耳をつんざくようなホームサポーターの大声援に三半規管を揺さぶられ、ホームチームの猛攻の嵐の中で我を失い、気づけば勝負がついている。敵地でリバプールと対戦すれば、どんなチームだって一度はそういう経験をするものだ。
アルテタも例外ではなかった。過去に、アンフィールドでの選手時代の苦い記憶をドキュメンタリー番組内で明かしていた。「一度、経験したことがある。アンフィールドでの試合で、突如として自分の周りを飛び回る赤いユニフォームしか見えなくなった。肉体的にも精神的にも何もできないと感じた。周りの動きが速すぎてついていけないと感じたんだ。そんな感覚に陥ったのは、その1回だけだった」
だからアルテタは、アンフィールドでの試合に備えて練習場でリバプールのアンセム『You’ll Never Walk Alone』を流してアンフィールドの雰囲気を再現して練習をさせたこともあった。現役時代にエヴァートンでもプレーしたアルテタは、それほどアンフィールドに対して特別な意識を持っていたのだ。そして、今回の対戦を前にアンフィールドで圧倒されることを家電に例えたのだ。
「たまにベストな力を発揮できずに圧倒されて、“洗濯機”から出られないことがある。そういった状況を乗り越える必要があるし、それも勉強だ。一度、そういう経験があったが、それ以降は起こっていない」
そして、どうやって洗濯機から抜け出すのかを聞かれた指揮官は「ゲームプランを遂行すること。そして自分たちの強力な洗濯機を使うことだ」と主張していた。
「相手を“洗濯機”に押し込む瞬間があった」
結局、12月23日の頂上決戦は1-1のドロー決着に終わった。4分にアーセナルがセットプレーから先制するも、29分に最も警戒すべきサラーに同点ゴールを許してしまった。その後も互いにチャンスを作ったが決定打を欠いて勝ち点1ずつを分け合った。「アーセナルは素晴らしいチームだが、20分間ほど我われがアーセナルを壊滅させかけた場面もあった」とユルゲン・クロップ監督が振り返ったように、後半の立ち上がりはホームチームが牙をむいて襲い掛かってきた。
アーセナルは監督が恐れていた“洗濯機”に入れられてしまったのだ。「それでも縮まなかった」と英紙『The Telegraph』はアーセナルの成長について触れている。後半の立ち上がり10分間、アーセナルはリバプールのゲーゲンプレスの餌食となって自陣で10回もボールを失ったという。『Sky Sports』で解説を務めた元イングランド代表DFギャリー・ネビルは、ロングパスに逃げるべきだと指摘したそうだ。確かにそうやってハイプレスを回避する場面もあったが、ロンドン紙『Evening Standard』が「英雄のパフォーマンス」と称えてチーム最高の8点の採点を付けたMFデクラン・ライスを中心に真っ向勝負を続け、見事に洗濯機から抜け出した。
試合の流れが味方したのも事実だ。サラーが後半途中に右サイドから中央にポジションを変えたおかげで、左SBオレクサンドル・ジンチェンコの負担が減って攻撃に絡む機会が増えたし、72分の絶体絶命のピンチではトレント・アレクサンダー=アーノルドのシュートがバーを叩く幸運に助けられた。それでも、以前なら飲み込まれたであろう「洗濯機」からアーセナルは抜け出して見せたのだ。
「我われにも相手を“洗濯機”に押し込む瞬間があったはず」とアルテタは試合後の会見で胸を張り、クロップ監督も「なんてことだ。めちゃくちゃ強いじゃん」とアーセナルについて感想を述べた後で「朗報は、我われも強いということさ!」と言及した。
果たして洗濯機に入れられながらも縮まなかったアーセナルは、20年ぶりの頂点に輝けるのか? これからもアーセナルの試合に注目したい。
Photo: Getty Images
Profile
田島 大
埼玉県出身。学生時代を英国で過ごし、ロンドン大学(University College London)理学部を卒業。帰国後はスポーツとメディアの架け橋を担うフットメディア社で日頃から欧州サッカーを扱う仕事に従事し、イングランドに関する記事の翻訳・原稿執筆をしている。ちなみに遅咲きの愛犬家。