アトレティコの戦術そのもの。グリーズマンが“FWに嫌われる”シメオネの理解者たる所以
約1年前に母国を2大会連続でW杯決勝へと牽引したフランス代表FWアントワーヌ・グリーズマンは、所属するアトレティコ・マドリーへ戻った後も好調を維持。今季もリーガでゴールを量産して第15節終了時点で得点ランキング2位の9ゴールを叩き出している。数字だけを見れば自身初の2桁ゴール&2桁アシストを達成した2022-23シーズンに見劣りするかもしれないが、脂の乗ったパフォーマンスを披露している32歳が“FWに嫌われる”ディエゴ・シメオネ監督の理解者たる所以を、スペイン在住の木村浩嗣氏に教えてもらおう。
今季がキャリアハイ?希少なシメオネとの相互革新例
まずは数字を見てみる(12月6日現在)。
公式戦19試合で13ゴール、1アシスト。グリーズマンのキャリアハイはゴールが2015-16シーズンの32ゴール(54試合)で1試合当たり0.59だったから今季の0.68の方が上回っている。アシストの方はキャリアハイは昨季の19(48試合)だから上回ることは不可能に近い。
よって、数字だけ見れば今季がキャリアハイかどうかは議論のあるところだと思うが、数字に表れるものだけがパフォーマンスではない。ゴールやアシストなんて攻撃のごく一部にしか過ぎない。サッカーは攻守が連動しているのだから、たとえアタッカーであっても攻撃だけではパフォーマンスを評価することはできない。グリーズマンのキャリアハイをうんぬんするには守備やリーダーシップも含めたインパクトを見極めないといけない。
となると、主観が含まれざるを得ないのだが、私の主観込みで言うと、今季ここまでは「キャリアハイと言っていい」と思っている。アトレティコ・マドリーというチームの攻守に最もインパクトを与えている選手で、ディエゴ・シメオネの今季のサッカーを最も理解し、監督の望むことを100%、否、しばしば望む以上のレベルでやってのけている、という意味である。
グリーズマンはGKヤン・オブラク、CBマリオ・エルモソに次いで出場時間が多い。シメオネの評価が単なるアタッカーであれば、他のFW陣(アルバロ・モラタ、メンフィス・デパイ、アンヘル・コレア)同様ローテーションしているはずだし、得点が不要な状況なら休ませる選択肢もある。しかしシメオネは最後までグラウンドに置いておく。まるで安全にリードを守るためにも必要だ、というように。この点、第1キャプテンのコケと比較すると興味深い。
コーチングやプレーでチームに喝を入れ続けるのは本来キャプテンの役割だが、シメオネはコケをベンチに下げてもグリーズマンを残す。ボールをキープして時間を使うのも本来MFの役割でFWのそれではないが、シメオネは中盤の底のコケを交代してもグリーズマンにはMFにポジションを下げることを命じてさえ残す。
グリーズマンはキャプテンではない。第1キャプテンはコケ、第2はオブラク、第3はホセ・マリア・ヒメネスだ。だが、シメオネにとってはグリーズマンがリーダーになっている。おそらくチームメイトにとってもそうだろう。選手たちは誰が一番頼りになるかを瞬時に見抜く。苦しい時にどんなプレーでチームを助けているかを身を持って感じているのは彼らだから。
過日、フランス代表でグリーズマンに先んじてキリアン・ムバッペがキャプテンに指名された事件があった。馬鹿げたことだと思う。カタールW杯を見れば誰が最も重要な選手であるか、誰が抜ければチームが機能しないか一目瞭然ではないか。ムバッペなんてゴールを決めているだけ。誰が守備をしないムバッペの代わりにプレスをし、ボールを回復し、キープを安定させ、味方をパスで使ってフィニッシュのお膳立てをしているのか?
シメオネはFWに嫌われる。マリオ・マンジュキッチやジョアン・フェリックスは衝突して出て行った。だが、FWに守備をさせることはサッカーの進化の方向としては正しい。なので、ゴール周りの仕事以外でも貢献できるグリーズマンはフェリックスよりもより完全な選手であるし、シメオネの指導抜きには生まれなかった。そういう意味ではシメオネが恩師なのだが、後述するようにグリーズマンのおかげで戦術が進化した面もあるのでシメオネにとっても恩人だと言える。シメオネとグリーズマンは監督と選手の相互革新の滅多にない例――他に思いつくのはペップ・グアルディオラとリオネル・メッシくらい――であるとも思う。
“持てるなら持つ”が…今もアトレティコ最大の武器はカウンター
以下、グリーズマンのパフォーマンスに話を絞る。
グリーズマンは2つのポジションでプレーしている。[5-3-2]の左FWと左MFだ。2トップにモラタとコレアが入りグリーズマンがトップ下兼インサイドMFとしてプレーする後者の方が攻撃的なので、2トップに入る前者が強敵向けスタンダードで、後者が格下向けの例外(対バレンシア、対マジョルカ、ホームでの対セルティック)である。
両者でグリーズマンの役割は違うのだが、よりシンプルで技巧のレベルも低く、グリーズマンならではの輝きが見えにくい後者の方から説明していく。……
Profile
木村 浩嗣
編集者を経て94年にスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟の監督ライセンスを取得し少年チームを指導。06年の創刊時から務めた『footballista』編集長を15年7月に辞し、フリーに。17年にユース指導を休止する一方、映画関連の執筆に進出。グアルディオラ、イエロ、リージョ、パコ・へメス、ブトラゲーニョ、メンディリバル、セティエン、アベラルド、マルセリーノ、モンチ、エウセビオら一家言ある人へインタビュー経験多数。