【大分・新旧指揮官対談/前編】片野坂知宏×下平隆宏。エコロジカル・アプローチから得られたヒント
2016年から6シーズンにわたって大分トリニータを率いた片野坂知宏氏が、解説者として大分のグラウンドに練習取材に訪れていた10月下旬。高校選手権で対戦して以来の盟友だった片野坂氏からチームを受け継いだ下平隆宏監督と、昨今のサッカー戦術トレンドやそれに対応するためのトレーニングや指導をテーマに、対談を組んだ。
その後、2シーズン目を終えた下平監督は今季限りで大分を離れることになり、後任として来季からは再び片野坂監督体制となることが決まった。対談の時点では当事者を含め、誰も予想していなかった展開だ。そんなシチュエーションも前提にしながら、2人の智将が繰り広げためくるめくサッカー談義を楽しんでいただきたい。
前編では、2人がエコロジカル・アプローチに興味を持った背景、そして下平監督が今季の大分トリニータで実践したボトムアップ型のチーム作りの内幕を明かす。
スキッベのトレーニングに感じた新しい可能性
下平「広島の練習見に行ったんでしょ。その話を聞きたいな」
片野坂「やることはそんな難しいことじゃなくて、ルーティンみたいな感じでメニューは決まってて。その中で多分、大きさとか制約とかのいろんな条件が変わっているのかもしれない」
下平「そのルーティンっていうのは、週の作り方?」
片野坂「そう。曜日ごとに、試合に向けて。オフ明けは大体こういうメニューでやって、次の日、試合前々日、前日、といった感じで大体、同じようにやっていることが多くて」
下平「どれくらい見たの?」
片野坂「解説する試合の週のトレーニングを。トータルしたら4、5回くらい、吉田のグラウンドに行って見させてもらって。スキッベさんとも会食していろいろサッカーの話をさせてもらって」
下平「スキッベさんって、おいくつ?」
片野坂「えっとね、58歳だったかと思うんだけど。ちょっと休みがあるとよくドイツに帰ってるみたいだよ。で、そのトレーニングにもメリットとデメリットの両方があるなと思って。メニューを変えずに同じことを繰り返していれば、選手はそれに向けて準備ができるし、その意図や狙いがわかったりもするから。試合に合わせてその4日間でのコンディションの作り方が大体できるような感じになるのがメリットだし、同じメニューをやる中で先週と今週で選手がどう振る舞うか、コンディションがどうかを見たりもできるんだよね」
下平「メニューを同じにすることによって、選手のコンディションやモチベーションがわかりやすくなったりするよね。同じことを繰り返すことによって」
片野坂「そうそう。そうやって見ながら、ポゼッションでは複数のゴールを置いてパスでどう狙っていくかとか、ゲームではサイドにフリーマンを置いて、中は人数が多いときには12対12とかでやったりもしてた。ポジションも(試合で主に使う)[3-4-2-1]じゃなくて[4-4-3]とか[3-4-4]とか」
下平「へええ、すごいな。やったことないな、そんなの」
片野坂「もう全員を、トレーニングで負荷を上げて強度を上げてプレーさせるみたいなことをしてて。フリーマンを入れたりもして、余る選手がいなくて。で、監督やコーチは細かいことも言わないし、ネガティブなことも言わない」
下平「すっごい褒めるって聞いてる」
片野坂「そう、めちゃくちゃ褒める。いいプレーに対しては『ブラボー!』とか『ナイス!』とか言って、選手を乗せてプレーさせる。ミスに対してはまったく指摘しないし、ポゼッションにしてもゲームにしても、修正したりするようなことはほとんど言わない。それについてスキッベさんに訊いたら、選手がミスした時にはその選手自身が一番よくわかっていると。だからそのミスをしたことを指摘するよりも、ポジティブな声かけをして良くしていく方がいいって。だからミスをいちいち指摘することはないんだって。本当に余程のことがあればちょっとは言うかもしれないけれど。
いろんなやり方がある中で、広島は[3-4-2-1]で前からハイプレスに行って、後ろは3バックでピッチの横幅68mをしっかり守れるだけのCBの守備範囲の広さと強度、対人能力の高さがあるから、前から行ってもそうやって後ろで守れるし、前線のプレスの強度がすごい。だからこそ、矢印を前に出してハイプレスで、今のサッカーのトレンドのような戦い方をしているのかなと」
下平「選手もポジティブになるし前向きになるし、アグレッシブなプレーが出やすくなるよね」
速くなってきたサッカーで「瞬間で外す」ために必要なものは?
――「エコロジカル・アプローチ」という言葉が日本で流通し始めたのはもう数年以上前になりますが、今になってあらためてクローズアップされてきた背景には何があると思われますか?
片野坂「どうなんだろう……スピード自体はやっぱり上がってますよね。で、そのスピードって何のスピードかと言ったら、フィジカル能力。サッカー選手がアスリート化していて、サッカーのレベルがより高ければ高いほどそういう能力の高い選手がいるし、トランジションを含めて、相手がスペースと時間を与えてくれなくなっているのかなと。あとは戦術的なところだと、ハイプレスで行くチームもあれば構えるチームもあって、それぞれのやり方で、スペースのない中でどう崩したり点を取ったり守ったりしていくか。
まずスピードが上がる中で選手のアスリート化が進んでいることと、戦術がはっきりしてきている中で、よりそこに対する反応速度、プラス、自分たちがどういうふうに動くかというところでの質とクオリティとスピードを上げることで、点を取れる/守り切れるというという部分で。多分ですが、『判断』とか『考える』とか。選択肢を持ってどちらかを判断するとかではなくて、ある程度『我われはAかBかと言われたらAを選択するサッカーをするんだよ』ということを、トレーニングの中でもAのプレーが出るような仕組みを繰り返しながら、そういう戦術を落とし込んでいったりすることによって、『あ、この状況だったらAだな』と選手が瞬時に反応できて相手を上回れるサッカーができるのかなあと。だからそういう『エコロジカル』なアプローチの仕方が、トレーニングの中での狙いになっていくんじゃないかなという、僕の考えというか捉え方というか、そういう感じなのかなと思います。シモはどう?」
下平「うん。僕もやっぱり全体が速くなってきているなというのは感じるし、守備の戦術が変わってきたなと。ちょっと前、10年近く前だと、[4-4-2]でしっかりブロックを組んでゾーンで構えて守備をする。それに対して、5レーンだったりポジショニングだったりを工夫して、ゾーンの隙間に立ったり相手の嫌がるスペースに立ったりということが出てきて。[4-4-2]のゾーンに対してはそれが効果的で、効率よく攻撃できたりするので、みんながゾーンディフェンスに対してそういうふうに立ち位置を取って攻撃しましょうという感じで主流になってきた。
で、今度は、ゾーンで守っている側が、相手に嫌なところに立たれたりするとどうしても後手を踏んだりプレッシャーがかからなかったりボールの取りどころがなかったりして押し込まれてしまう時間帯が出てきてしまうから、だったらもう前から人を捕まえに行っちゃおうか、というのがまた出てきて、マンツーマン気味のハイプレスになって。そもそも構えていたら全部やられちゃう、ゴール前まで来られちゃう、というのがあって、前からハイプレスで人を捕まえようと。ハイプレスにもゾーン気味のとマンツーマン気味のとがあるんだけど、マンツーマン気味のハイプレスで人を捕まえに行くぶん後ろは同数でも守れるような選手が揃ってきたり。逆にそういう選手がいればそういう戦術も取れる。で、それを剥がそうとしたりするとやっぱり、後ろでボールを持っている時に3対3で同数になっている時なんかは、一個一個剥がすリスクや手間なんかを考えると、どうしても前に飛ばしちゃおうと」
……
Profile
ひぐらしひなつ
大分県中津市生まれの大分を拠点とするサッカーライター。大分トリニータ公式コンテンツ「トリテン」などに執筆、エルゴラッソ大分担当。著書『大分から世界へ 大分トリニータユースの挑戦』『サッカーで一番大切な「あたりまえ」のこと』『監督の異常な愛情-または私は如何にしてこの稼業を・愛する・ようになったか』『救世主監督 片野坂知宏』『カタノサッカー・クロニクル』。最新刊は2023年3月『サッカー監督の決断と采配-傷だらけの名将たち-』。 note:https://note.com/windegg