思わぬことが起こるのもサッカーの醍醐味。例えば「交代の交代の交代」といった珍事だって起こるのだ。
英紙『The Guardian』のウェブサイトで連載されている「The Knowledge」というコーナーに、選手交代に関する興味深い珍事が出ていたので紹介しよう。
「交代の交代」はよくある話
サッカーの試合において、途中出場した選手が交代させられることは珍しくない。屈辱的な状況だが、今季からノッティンガム・フォレストでプレーするMFカラム・ハドソン=オドイなどは、チェルシー時代に2度もそれを経験した。2度目となる2021年2月のサウサンプトン戦の試合後には、当時チームを率いていたトーマス・トゥヘル監督に「投入したが、彼のカウンタープレスの意欲と態度に不満があったので交代した」と言われてしまった。
そのため「交代の交代」はよくある話だが、「交代の交代の交代」となると聞いたことがないが、そんな珍事が今年5月に行われたアメリカのカップ戦で起こっていた。
1914年から続く伝統あるUSオープンカップのベスト16の試合で、信じられないようなことが起きた。準々決勝進出をかけた5月23日のニューヨーク・レッドブルズ vs FCシンシナティの一戦は、両者一歩も譲らずに1-1のまま延長戦に。それでも決着がつかず、最終的にはPK戦でシンシナティがベスト8進出を決めた。
この試合でいろいろな要素がかみ合った結果、「交代の交代の交代」が実現した。1点を追うNYレッドブルズは、69分にMFドゥルー・イヤウッドに代えてFWコリー・バークを投入した。普通の交代だ。チームは後半追加タイムに同点に追いつき、延長戦へと持ち込んだ。すると途中出場のFWバークが脳震盪を起こしてプレー続行が不可能になり、交代を余儀なくされたのだ。いわゆる「交代の交代」だ。バークの代わりにDFマシュー・ノシタが投入されたのだが、延長戦でも1-1のまま決着がつかずにPK戦に突入しようという時、トロイ・レセスネ監督が再び動く。20分前に投入したばかりのDFノシタに代えてパラグアイ代表GKカルロス・コロネウを投入したのである。これで「交代の交代の交代」が完成した。
ルール改正が生んだ前代未聞の交代劇
ここでいくつか疑問が生じる。なぜDFに代えてGKを投入したのか。実は、PK戦に備えてGKを投入したわけではなく、120分の最後のワンプレーで192cmのGKコロネウをフィールドプレーヤーとして投入して決勝点を狙ったのだ。結局、ゴールは生まれず、コロネウはPK戦でもGKを務めなかった。
続いての疑問は、実際にこれだけ多くの交代が可能かということだ。実は、近年のルール改正がなければ、この珍事は起きていなかった。NYレッドブルズは90分間のうちに交代枠5名を使い切っていたため、従来のルールなら延長戦の交代は認められなかった。しかし、延長戦では交代枠が1つ追加されるようになったことで、6枚目のカードを切ることができた。そして、それがバークの「脳震盪による交代」だったため、通常の交代枠としてカウントされず、NYレッドブルズは7回目の交代を行えたのだ。それにより、イヤウッドからバーク、バークからノシタ(脳震盪による交代)、ノシタからコロネウ(延長戦で追加された交代枠)という前代未聞の「交代の交代の交代」が実現したのである。
実は、この試合は日本のファンも耳にしていたはずだ。というのも、対戦相手であるシンシナティの先制ゴールを決めたのは、日本代表経験を持つFW久保裕也なのだ。彼の今季初ゴールということで一部の日本のメディアにも取り上げられたが、その試合中に信じられないような珍事が起きていたのである。
Photo: Getty Images
Profile
田島 大
埼玉県出身。学生時代を英国で過ごし、ロンドン大学(University College London)理学部を卒業。帰国後はスポーツとメディアの架け橋を担うフットメディア社で日頃から欧州サッカーを扱う仕事に従事し、イングランドに関する記事の翻訳・原稿執筆をしている。ちなみに遅咲きの愛犬家。