11月シリーズでは常連組の戦線離脱が相次ぐ中、新戦力も試している日本代表。その1人が負傷した伊藤敦樹に代わって13日に初招集された鹿島アントラーズMF佐野海舟だ。さっそく3日後のミャンマー戦(○5-0)でA代表デビューを果たした世代別代表未経験の22歳が与える夢とは。現地取材した舞野隼大氏が試合後にミックスゾーンで直撃した。
アンダー世代の代表歴もなく、初めて日の丸をつけてピッチに立った。しかし萎縮した様子も、遠慮した様子もなく、「佐野海舟」を見せつけた45分間だった。
11月16日にパナソニックスタジアム吹田で行われた北米W杯アジア2次予選のミャンマー代表戦。佐野は前半で負傷した鎌田大地に代わり、[4-2-3-1]のダブルボランチの一角として後半の頭から出場した。
初めてボールに触れたのは、相手ボールでキックオフした5秒後のことだった。ミャンマーの選手が縦パスを狙ってきたところ、それを予測していた佐野がインターセプト。すぐさま前へつけたパスは味方ではなく相手に渡ってしまったものの、ファーストアクションからいきなり“佐野海舟らしさ”を発揮した。
「自分の武器はボール奪取だと思っています。チームの流れだったり、自分の流れを持っていけるようなプレーを心がけてやりました」
必要以上に緊張することなく試合に入ることができ、開始直後に狙いがハマったため佐野自身のリズムとメンタルにより安定感が生まれた。
48分のボール奪取とシュートで表現した“らしさ”
2019年、高卒ルーキーとしてFC町田ゼルビアに入団し、4シーズンもの間主力としてJ2で活躍した佐野は、強い対人守備に、予測力を生かしたセカンドボールの高い回収率、そしてボールを前に運び、展開する能力もあわせ持つ。その実力を買われ、今季の開幕前に鹿島アントラーズへ移籍。満を持して戦う初のJ1でも、自身の特長を変わりなく発揮。第26節・湘南ベルマーレ戦では、敵陣中央をドリブルで突破し、相手を3人もかわしてセンセーショナルなJ1初ゴールも決めてみせている。
しかし2000年12月30日生まれの佐野は、2001年1月1日生まれ以降の選手が対象のパリ五輪世代にはわずかに被ることができず、世代としては東京五輪メンバーの一番下の代。そのため、世代別の代表にはこれまで縁がなかった。
そんな背景がある中、今回追加招集という形でA代表の活動に呼ばれた。22歳にしてようやく巡ってきた国際舞台。キックオフ直後のインターセプトは、序章に過ぎなかった。……
Profile
舞野 隼大
1995年12月15日生まれ。愛知県名古屋市出身。大学卒業後に地元の名古屋でフリーライターとして活動。名古屋グランパスや名古屋オーシャンズを中心に取材活動をする。2021年からは神奈川県へ移り住み、サッカー専門誌『エル・ゴラッソ』で湘南ベルマーレやSC相模原を担当している。(株)ウニベルサーレ所属。