開幕から2カ月弱が経った2023-24シーズンも、オランダの名門が不振に喘いでいる。宿敵フェイエノールトにエールディビジの王座を譲るだけでなく14年ぶりにCL出場権を逃して迎えた今夏、目利きとして知られるテクニカルディレクターのスベン・ミスリンタート主導でモーリス・スタインを新監督に招へいして1億1000万ユーロの大型補強を敢行したアヤックスだが、蓋を開けてみれば第8節時点(2試合未消化)でまさかの16位。降格圏内に沈むトップチームから数々の才能を育て上げてきた下部組織まで混乱に陥っているクラブ内紛の本質を、現地で取材する中田徹氏が問う。
9月25日、アヤックス対フェイエノールト(0-4)の一戦にアウェイサポーターはいなかった。ライバル関係が憎しみに変わった結果、『デ・クラシケル』はビジターファンの入場が禁止されている。つまり、55分に照明弾がゴール裏からピッチに投入されて試合が延期になったのも、フーリガンがヨハン・クライフ・アレーナのメインエントランスを破壊して2階のクラブオフィスに乱入しようとしたこともアヤックスの内部抗争だったのだ。
25日夜、スベン・ミスリンタートTD(テクニカルディレクター)のクビが飛んだ。これを「12位(当時)という不振の責任を取らされたもの」と汲み取るとアヤックス内紛の本質を読み誤る。28日にはピール・エリンガ監査役会長が辞任した。ゴール裏に陣取るサポーター集団、Fサイドの標的はマウリッツ・ヘンドリックスCSO(チーフスポーツオフィサー)に移った。彼らはSNSでうそぶく。「監査役会のクビを全員刈ってやる」と。
0-3で中断したデ・クラシケルは3日後の9月28日に再開され0-4で終わった。さらに10月8日のAZ戦で、アヤックスは1-2で敗れてしまい16位まで順位を下げた。ゴール期待値はAZの1.7に対して、アヤックスのそれはわずかに0.2だった。AZのMF、スフェン・マイナンスとヨルディ・クラーシは「ボールを持つとアヤックスの中盤にとてつもないスペースがあった」と驚いていた。
エリック・テン・ハフ(現マンチェスター・ユナイテッド監督)が築いたアヤックスのモダンサッカーは今や跡形もない。オランダ代表のロナルド・クーマン監督は「私はアヤックスのレベル(の低さ)にショックを受けている」と嘆いた。
『#SteijnOut』、つまり『(モーリス・)スタイン監督、辞めろ』というハッシュダグはX(旧Twitter)でトレンド入りすることもある。しかし、この原稿を執筆している時点でスタイン監督解雇の兆候はない。批判の矛先はまずはフロント、次に現場だ。
2010年のCLグループステージ初戦、レアル・マドリー対アヤックス(2-0)を見たヨハン・クライフは「アヤックスはもうアヤックスではない」と古巣の低迷を嘆き、『プラン・クライフ』を携えてアヤックスの改革に取り組んだ。『CLで活躍できる強力な個の育成』に主軸を置いた改革は18-19シーズンのCLベスト4という成果になって現れた。しかし、瞬く間にその栄華は過去のものとなり、今のアヤックスは誰から見てもアヤックスではなくなってしまった。ショッキングなことに、10年より今の方が遥かに酷い。しかし、もうクライフはいない。
独自路線に利益相反…ミスリンタートは「半ばペテン師だった」
2022年2月、当時のTDマルク・オーフェルマルス(現アントワープTD)が失脚したのはアヤックスにとって大きな痛手だった。現役時代の「それはネット(手取り)? それとも税込み?」という口癖から「マルク・ネット」というニックネームを持つオーフェルマルスは、そのネットワークと商才を武器に10年間で6億6000万ユーロもの移籍金収入をクラブにもたらした。当時のテン・ハフ監督との絆も深く、指揮官に対するファン、メディア、代理人からの批難・批判の防波堤にオーフェルマルスはなった。
オーフェルマルスが去った最初の移籍市場で、ヘリー・ハムストラ(当時テクニカルマネージャー)とクラース・ヤン・フンテラールの2人(『H2』と呼ばれた)がトップチームの補強を担当したが、結果は散々たるものだった。彼らはクラブ史上最高額の1億1300万ユーロの大金を使って11人もの選手を補強したが、今季もアヤックスにとどまるのはGKヘロニモ・ルッリ、DFアフメジャン・カプラン、FWステフェン・ベルフワイン、ブライアン・ブロビー(RBライプツィヒに無償放出後、半年ローンを経て高値買い戻し)の4人だけ。残る7人は損切り、返却、ローンで放出した。この失敗の背景には「アルフレッド・スフローダー監督(当時)とドゥシャン・タディッチ(現フェネルバフチェ)の代理人に選手獲得を頼り切ってしまったため」と言われている。この報道にスフローダー監督は「ナンセンス」と激怒したが、H2の力不足は明らかだった。
新TD探しに難航したアヤックスは、ドルトムント時代に香川真司、ロベルト・レバンドフスキ等を発掘し「ダイヤモンドの目を持つ男」の異名を誇るミスリンタートを今年5月に招いたが、「このドイツ人は半ばペテン師だった」(『デ・テレフラーフ』紙)という非難とともに4カ月後にアムステルダムを去った。……
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中田 徹
メキシコW杯のブラジル対フランスを超える試合を見たい、ボンボネーラの興奮を超える現場へ行きたい……。その気持ちが観戦、取材のモチベーション。どんな試合でも楽しそうにサッカーを見るオランダ人の姿に啓発され、中小クラブの取材にも力を注いでいる。