9月30日の第29節、J3残留を懸けて最下位・ギラヴァンツ北九州を本拠・相模原ギオンスタジアムで迎え撃つ勝ち点4差の19位・SC相模原。元日本代表で解説者の戸田和幸氏の新監督就任で2023シーズン開幕前から注目を集めた“緑の軍団”は、前半戦の“産みの苦しみ”を乗り越えて直近8試合で4勝2分2敗と着実に結果を出し始めている。その成長の軌跡を番記者・舞野隼大氏と、大一番を前にたどっていこう。
「一瞬で勝ち点は逃げていく」。失敗を学びに変えた2勝目
開幕当初は、無名の若手たちの集まりだった。それが今は、今季から就任した戸田和幸監督の下、一人ひとりの秘めていたポテンシャルが開花しコンスタントに勝利を重ねられる集団になってきた。
2023シーズン、大幅な若返りを図ったSC相模原。フィールドプレーヤーの最年長選手は26歳。約半数以上がルーキーイヤーか、地域リーグを経てもう一度Jの舞台に戻ってきた選手だった。さらに新加入選手ばかりということで個人個人の繋がりも薄く、連係面でのアドバンテージもなかった。
まさしくゼロからのスタート。難しいチャレンジであることはわかっていたが、J3第2節の福島ユナイテッドFC戦以降は15試合も勝利がなく、想像以上に苦しい時期を過ごした。
第3節以降の戦績は7分7敗。敗れた試合も6試合が1点差での敗戦で、あと少しのところで勝ち点をこぼし続けてきていた。その中でも「ゴール」という目的へ向かって、ボールを前につけ、時にはシンプルに背後を狙う攻撃的な姿勢は貫けていた。
「勝ててないけど、『勝てない』とは絶対に思わないでくれ。『勝てない』と『勝ててない』は、“て”が1つ入るだけで意味合いが全然違う」
戸田監督は選手にそう言い続け、前を向かせてきた。もちろん、根拠のない空虚な励ましではなく、シュート本数からアタッキングサードでの保持率、ペナルティエリアへの侵入回数、セットプレーの獲得回数などのデータと監督の理論を混じえたものを伝え、勝てていない時も下を向かせないようにし、課題に対しても同様のアプローチを施してできることの幅を少しずつ増やしていった。
そして、7月15日の第18節・奈良クラブ戦でチームは今季の2勝目を挙げた。
前半の終了間際に失点を喫し、ハーフタイムでフォーメーションを[4-2-3-1]から[3-5-2]に変更。プレスから入っていくことを強調された中、立ち上がりの47分に「一発目のプレスがズレてしまって」(戸田監督)2失点目を喫した。
いずれも最悪な時間帯での失点。フォーメーションも変えた矢先でのことだったため、精神的なダメージも大きそうだった。しかし、その後の選手の取り組む姿勢について「諦めずにプレーを続けてくれて、敵陣で奪えて攻める回数がたくさん作れた」と指揮官は評価した。
1点目を返せたのは失点から8分後の55分。左利きの西山拓実が逆足でプロ初ゴールを決めると、同点弾は62分に生まれた。吉武莉央からのスルーパスを右ウイングバックで起用された綿引康がゴールラインギリギリからクロスで折り返し、最後はゴール前の藤沼拓夢が頭で押し込んだ。
「クロスからのフィニッシュも散々やってきた形でした。吉武のパスからクロスが上がってしっかりと決めることが我われらしいと思って見ていました」と、戸田監督が話していたように、これまでもずっと取り組み続けてきたことが結実し、ゴールという形で表された。
そして、逆転弾となる3点目はスローインが起点だった。85分、加藤大育が右サイドから前線へ長いボールを投入れる。これに反応した安藤翼がラインギリギリから粘って折り返し、左ウイングバックの橋本陸が左足で合わせた。
さかのぼると第16節のヴァンラーレ八戸戦では、89分に相手がスローインからリスタートをしてくる際の対応を誤り、失点。それが決勝点となってしまっていた。
「そういう一瞬で勝ち点は逃げていく」。戸田監督は教訓として選手に伝え、「1本のスローインも我われは絶対に無駄にしてはいけない」とアプローチしてきたからこそ生まれた得点だった。
三者面談で即フィット!夏補強で既存戦力の競争意識も向上
劇的な逆転勝利を収めた翌週から、夏の補強によってチームの顔ぶれは大きく変わっていった。
とりわけチームに大きな影響を与えているのがベテランの瀬沼優司と岩上祐三だ。豊富な経験と高いクオリティを持つ選手が加わり、若い手は2人から多くを学んでいる。
期限付きとはいえ、なぜJ3で最下位に沈むクラブへ彼らは移籍してきたのか。そこには理由があった。……
Profile
舞野 隼大
1995年12月15日生まれ。愛知県名古屋市出身。大学卒業後に地元の名古屋でフリーライターとして活動。名古屋グランパスや名古屋オーシャンズを中心に取材活動をする。2021年からは神奈川県へ移り住み、サッカー専門誌『エル・ゴラッソ』で湘南ベルマーレやSC相模原を担当している。(株)ウニベルサーレ所属。