地元出身の指揮官・篠田善之を迎えた2023年シーズンのヴァンフォーレ甲府は、一言で言うなら“予測不能”なチームだ。「形がないことが強み。相手も分析できないし、読めないと思う」と語るのはベテランの三平和司。継続性を求めた昨季とは真逆ともいうべき即興性の高いスタイルの中で、求められるのは明確な結果。それは各々の選手にも当てはまる。では、その大きな流れはどのように醸成されていったのか。ヴァンフォーレを見守り続けている山梨日日新聞の雨宮丈貴に、その経緯を綴ってもらおう。
難航した新監督選定
シーズン終盤を迎えたJ2で、ヴァンフォーレ甲府はJ1昇格プレーオフ(PO)争いのまっただ中にいる。前半戦は順調に勝ち点を積み重ね、自動昇格を狙える位置につけていたが、後半戦に入って急失速。残留争いをする下位相手にも勝ち点を取りこぼし、PO圏入りが現実的な目標に変わっている。2017年以来7年ぶりのJ1復帰に向け、チームの真価が問われる終盤戦。篠田善之監督を迎えて始動した今季のチームとは。昨季クラブ史上初の主要タイトル獲得を成し遂げたチームからの変化という視点で、ACL挑戦とJ1昇格という二つの難しいミッションに挑んでいるチームのこの先の戦いを探った。
今年の篠田甲府が形作られる過程を語る上で、昨季からの流れを整理する作業は欠かせない。
横浜、日産スタジアムでクラブを天皇杯優勝という歓喜が包んだのは2022年10月16日。日本フットボール界に大きな衝撃を与えたJ2クラブの下克上だったが、そのチームを率いた吉田達磨前監督(現・J2徳島監督)の退任は決勝の2日前に決まっていた。リーグでは7連敗を喫するなど18位と低迷していた結果を重くみてのクラブの決断だったが、後任選定は想定以上に難航した。
クラブは当初、吉田前監督や伊藤彰前々監督の時代から続けてきた、ボールを握って攻守に主体的に戦うスタイルの継続を目指していた。実際にリストアップしてオファーを出した監督はその文脈に沿った人物だった。ただ、候補者からいい返事は返ってこなかった。
監督選定の難航によって、日本一にまで駆け上がったチームの継続という色合いは薄まらざるを得なかった。結果として、昨年まで積み上げてきた戦いとは方向性が大きく異なる堅守速攻を志向する、地元・山梨県出身の篠田善之監督を迎えて今年のスタートを切ることになった。ただ、クラブとしては吉田前監督時代に乏しかった速攻の迫力、縦へのシンプルさという“エッセンス”を、篠田監督が加えることでチームの戦いの幅を広げられればという思惑もあった。
キャンプから生じた選手編成とスタイルの齟齬
だが、監督、選手、クラブのイメージは合致していなかったように感じられる。
新体制の下で行われたキャンプは昨季よりも広いグリッドでのポゼッションが増え、ハーフピッチでのカウンター練習も行われた。昨季までなら近い距離でボールを動かしながら相手のプレスのベクトルを折る、あるいは逆を取るというような部分に焦点が当てられていたトレーニングを目にしていた時期。今季は速くボールを動かすテンポが要求され、前へつけるパス、前へのアクション、速攻やスペースに出ることが要求されていた。……
Profile
雨宮丈貴(山梨日日新聞社)
1988年、山梨生まれ。大学の4年間以外は山梨で生活。大学卒業後の2011年に山梨日日新聞社へ入社。経済、地域担当を経て2015年からスポーツ担当。2018年からVF甲府担当を務め、クラブ史上初の主要タイトル獲得となった2022年の天皇杯優勝も取材。人生最初のサッカー観戦は旧国立で行われたJリーグ開幕戦の川崎―横浜(記憶はほぼなし)。