複雑化する移籍戦略。ガンバ大阪が見据える復権への道筋――中口雅史強化部長インタビュー
今夏、サッカー移籍市場の中心はサウジアラビアだった。豊富な資金力を武器にベンゼマ、カンテ、マネ、フィルミーノ……欧州のビックネームを続々と獲得。彼らのターゲットは欧州だけに留まらず、アル・タアーウンFC(サウジアラビア)は名古屋グランパスからマテウス・カストロを獲得した。
この移籍は、玉突き的に森島司(広島→名古屋)、マルコス・ジュニオール(横浜FM→広島)といった主力級選手の国内移籍を引き起こしており、今後の移籍ウインドーでも同様の事態が発生する可能はある。Jリーグ各クラブにはこうしたトレンドをふまえ、チームを強化・編成していくことが求められている。
本記事では2023シーズンからクラブ史上初となるスペイン人監督を招聘し、外国籍選手の補強をこれまでのブラジル・韓国路線から多国籍路線にシフトするなど、強化方針に変化が見られたガンバ大阪にフォーカスをあてる。同クラブで強化部長を務める中口雅史氏に移籍戦略、若手選手の育成、今後の目標を含め、様々なテーマでインタビューを行った。
移籍金収入をふまえた補強、編成の検討
――まずはサウジアラビアの存在感が際立った、今夏の移籍市場に関する所感を教えてください。
「マテウス(・カストロ)選手(元名古屋)のアル・タアーウンFCへの移籍をきっかけに、日本国内でも玉突き的に移籍が発生しましたが、サウジアラビアの動向はグローバルなサッカーの移籍市場において、Jリーグへの影響は今後も出てくるだろうなと見ています」
――マテウス選手の移籍金は4~5億円だと報道されています。戦力的にはダウンする一方で、Jリーグクラブの事業規模を考えると経営的には大きな額だと言えます。クラブとしてガンバ大阪は選手を「売る」戦略の必要性についてどのようにお考えでしょうか?
「移籍金(収入)をふまえた補強、編成の必要性は近年強く感じているところです。主体的に選手の価値を高めることを計画して、移籍金も予算化し、再投資する形でチームの強化を図る。戦力として機能しつつ、なおかつ数年後に売ることを見据えた戦略については、監督やクラブとも議論を続けるべきテーマだと認識しています」
――その移籍戦略の主役は「若手日本人選手」になると思います。ガンバ大阪では、6月末に山本理仁選手がシント=トロイデンVV(ベルギー)へ移籍し、半田陸選手も怪我がなければ今夏に欧州移籍の可能性がありました。
「名前の挙がった選手のみならず、若い選手たちが欧州への移籍を志向する傾向は今後も続くでしょう。彼らに常々伝えているのは、欧州で活躍した後にはガンバに帰ってきて欲しいということと、Jリーグで活躍して、選手の価値を上げてからチャレンジした方が個人としても、クラブとしても、メリットが大きいということです」
――Jリーグから欧州に移籍する際の移籍金が低いことは課題の1つです。例えば、LASKリンツ(オーストリア)での活躍が認められてスタッド・ランス(フランス)に移籍した中村敬斗選手の移籍金は15億~19億円だと報じられていますが、高校3年生でガンバ大阪に加入した頃からそのポテンシャルは明らかでした。
「Jリーグでの活躍が(欧州での)日本人選手の価値を上げることに繋げる必要性は、間違いなくあるでしょうね。現状では『欧州で活躍すれば、移籍金が何倍にもなって売れるかもしれない』という視点で青田買いされるケースが多いのは事実としてあるので」
――欧州クラブが投資的に日本人の若手選手を獲得する中で、ガンバ大阪として「トレーニング・コンペンセーション(以下、TC)」(※育成元クラブに対し、その恩恵を受けることになる獲得クラブがその選手の育成に費やしたコストを肩代わりする制度)や「連帯貢献金」(※選手を育成・輩出したクラブに対し、その選手が移籍することによって発生した移籍補償金の一部を還元する制度)を移籍戦略として意識することはあるのでしょうか?
「TCや連帯貢献金を意識して選手を育成、獲得することはありません。トップチームで活躍して、そこから日本代表や欧州での挑戦する過程の中で、結果的に多少の(TCや連帯貢献金の)収入がついてくるという形です」
若手日本人選手の移籍と育成
――ここまで「移籍金」を切り口にお話を伺ってきましたが、純粋な「チーム強化」においても、若手日本人選手の欧州移籍は論点の1つになります。例えば、半田陸選手は加入から約半年で今夏に欧州移籍の可能性がありました。ポテンシャルの高い選手は、短い在籍期間で移籍する可能性もふまえた上で獲得しているのでしょうか?
「前提としてチームがタイトルを獲るために必要な選手は誰なのかを分析して、チームに貢献できる選手に対して獲得オファーを出しています。半田に関しては、ガンバ加入後にレギュラーを獲って、日本代表にも選出されて、評価を高めた中でそういう(欧州移籍の)可能性が出てきましたが、当初から半年での移籍を想定していた訳ではありません」
――ガンバ大阪での活躍が評価されるのは嬉しい反面、強化部長の立場としては仕事の難易度は上がりますね。
「確かに難易度は上がっていますね。ただ、選手たちの気持ちは理解しているので、クラブとしてはチャンスがあれば、欧州に挑戦することを応援するスタンスです。誰かが抜ければ、既存の選手に頑張って欲しいですし、強化部としては今年から入ったアナリスト(梨本健斗氏)と連携して、他クラブの選手最新情報は常にアップデートしています」
――チーム強化のサイクルとして「若手選手の育成」については、どのようにお考えでしょうか? ガンバ大阪では2016年~2020年にガンバ大阪U-23がJ3に参加し、実戦経験を積んでもらうことで若手選手の強化を図った実績があります。
「U-23は私が強化部長になる前の取組みではありますが、そこで公式戦を経験した選手が現在は他クラブでも活躍していることを考えると、良い環境を提供できていたのではないでしょうか。若手選手の育成はクラブとしては当然ですが、リーグ全体としても考えるべきテーマだと思います」
――現在、ガンバ大阪は期限付き移籍を若手選手の育成方法の1つとして行っています。
「選手によってケースは様々ですが、例えば、唐山(翔自)にはガンバに残って外国籍FW選手と競争する選択肢もあるけど、出場機会を確保した中で、【トレーニング→試合→オフ】という1週間のサイクルを経験することでしか得られない成長もあるという話をしました」
――移籍先の選択も重要です。唐山選手が直近の期限付き移籍先として在籍していた水戸ホーリーホックは、西村卓朗GMを中心に独自の選手評価基準や、育成方針を掲げるクラブです。
「西村さんとお話する中で、ホーリーホックの考え方や取組みが非常に興味深いと感じたのは事実です。唐山はずっと大阪で育ってきているので、他県でサッカー以外の活動も通じて人間的に成長できたという話は本人からも聞きました。移籍前は少し子供っぽいところもありましたが、(期限付き移籍を経て)プロとしての自覚といいますか、自分の行動に対する責任感を感じるようになりましたね」
――唐山選手や、ツエーゲン金沢への期限付き移籍から復帰した塚元大選手は、ガンバ大阪所属のシーズンを経験後に他クラブに移籍しています。一方で、今年プロ契約した髙橋隆大選手と南野遥海選手はプロ1年目から期限付き移籍となっています。
「おっしゃる通り、これまでガンバ大阪ではプロ初年度はトップチームの質の高いトレーニングを経験することで成長できると考えてきました。ただ、その1年間を終えて、2年目に期限付き移籍を模索する中で、出場機会がないと他クラブにどんな選手であるかを把握してもらえないという難しさもありました。ガンバ大阪U-23の選手たちが活動終了後に移籍先をスムーズに見つけられたことと逆のケースです。
そうであれば、唐山のケースと同じで、18歳、19歳という年齢からプロとしての厳しさを実感できる環境に在籍した方が選手としても、クラブとしてもいいのではないという考えで、チャレンジしてもらっています」
――育成観点での移籍先を探すハードルの解決策として、シティ・フットボール・グループやレッドブル・グループに代表される「マルチクラブ・オーナーシップ(以下、MCO)」をクラブとして検討する可能性はありますか? 日本でも三笘薫選手のブライントン⇔ユニオン・サン・ジロワーズ間の移籍戦略の成功もあり、MCOが少しずつ馴染みのあるものになってきているのかなと思います。
「MCOに関しては私もクラブも勉強する必要がありますが、興味深いものだと捉えています。それこそ意図的に『半年間だけ同じグループのBクラブにレンタル移籍をさせよう』とか『●●選手が移籍したから同じグループのCクラブから選手を補強しよう』など、移籍や編成の考え方を広げられるものだと理解しています」
評価指標として重視する3つのデータ
――近年、ガンバ大阪では大卒選手の加入が増えています。彼らに関してはクラブへの長期在籍を前提とした獲得なのでしょうか?
「まず、ガンバに加入してくれる選手たちは『このクラブでタイトルを獲る』という強い想いを持ってくれています。活躍する中で欧州移籍など野心が芽生えることはあるでしょうし、クラブとしてもそうあるべきだと考えています。『俺は30歳過ぎても、欧州には行かずにガンバに残る』という気持ちの選手ばかりだとクラブは強くならないので」
――『大卒後、ガンバ大阪経由欧州クラブ行き』はクラブとしてのメリットがありますが、今後はJリーグを経由しないで『大卒後、即欧州』のキャリアパスを希望する選手も増えてくることが予想されます。強化部長としてJリーグを経由する意義をどのように選手に説明しますか?
「すぐに活躍できる能力と自信があるのであれば、Jリーグを経由しないで欧州に挑戦するのは悪い選択肢ではないと思います。ただ、そうでない場合、チームの成長に合わせた選手の育成計画をしっかりと説明します。これは現在も選手獲得時に行っていますが、ベンチマークしているクラブとの比較で、クラブの現在地、3年後に目指すポジション、チーム在籍選手の年齢やポジションの分布図を伝えます。
その上で、オファーしている選手に対し『期待しているチーム内での役割』『ガンバ大阪でプレーすることで伸びる可能性があるポテンシャル』『チーム内での競争相手』などを伝え、数年先のキャリアパスとして欧州で活躍できる可能性も提示しています」
――「ベンチマークしているクラブ」というのは、同じような戦術を志向しているクラブという解釈でいいですか?
「そこは気になりますよね(笑)。戦術的な観点というよりも、タイトル獲得という目標を達成する上において、Jリーグで上位にいる2クラブを対象として分析を行い、ガンバ大阪との比較で優れているデータを3つ抽出し、それをクラブ内の評価指標として重視しています。(データは)数値化して可視化もできるもので、ポヤトス監督との契約交渉の場においても、この3つのデータに関して、去年より上回るように取り組んで欲しいことをリクエストしています」
――選手にオファーを出す際、事業面に関するクラブの考え方も説明しますか? 例えば、川崎フロンターレでは交渉時に「バナナの被り物を被るのは大丈夫?」と質問するという話は有名ですが、ガンバに関しても「デ・オウ選手権」など、事業面における選手稼働は増えてきている印象があります。
「ガンバ大阪の歴史や設備、経営状況など、事業面に関する説明は行います。事業面における個別のイベントの話を交渉時にしたことはないですが、ガンバの選手はピッチ外の活動にも積極的に協力してくれますよ。サッカー選手である前に社会人ですし、選手を獲得する際は人間性の部分も重視しているので。(人間性に関して)リサーチした上でオファーしています」
未来のために何を残せるのか
――2023シーズンも終盤戦です。前半戦は最下位も経験した一方で、後半戦は立て直しました。ここまでのチームに対する評価を教えてください。(※取材日:9月14日)
「前半戦から現在に至るまで、強化部と監督の間で、やろうとしているサッカーに関しての共通認識はブレていません。ただ、結果が出なかった時期は、選手たちが戦術を理解しきれていないのか、選手たちのアイデアを戦術に加えた方がいいのか、モヤモヤしたこともありました。(改善の)ターニングポイントとなったのは第13節のレッズ戦後ですね。ジェバリの得点で先制したけど、3失点して負けた試合です。帰阪した後に監督と話し合いました」
――どのような内容だったのでしょうか?
「戦術的な議論もしましたけど、強化部としては、試合に挑むメンタリティの部分に課題があるのではないかという話をさせてもらいました。インテンシティ、運動量、最後まで諦めない姿勢、仲間をサポートする動き……戦う上で土台となる部分を練習から徹底していくべきであると。ポヤトス監督も同意してくれました。そこからですね、結果が出始めたのは。第14節の横浜F・マリノス戦には負けてしまったのですが(0-2)、内容的には悪いものではなく、『このチームは戦えるようになった』と手応えを掴みました。ただ、忘れてはいけないのは、コーチングスタッフや選手たちが苦しい時期を乗り越えようと一つになってくれた結果です」
――ガンバ大阪としてポヤトス監督は、レヴィ―・クルピ監督(2018年)以来の外国籍監督ですが、コミュニケーションで意識されていることはありますか?
「お互いに主観をぶつけ合っても解決策は見つかりません。アナリストが作成した客観的なデータも活用してコミュニケーションを取るようにしています。データを見ると、意外な発見もあるので。ちなみに、ポヤトス監督はアナリスト(梨本健斗氏)を高く評価していて、元々は強化部所属だったのですが、現在は現場のサポートスタッフとして監督の近くで活動しています」
――来シーズンにむけた編成の検討に入る時期だと思いますが、基本的には継続路線だと考えていいですか?
「攻守に主導権を握って、魅力的なサッカーで勝利をする……このコンセプトは変わりません。その上でタイトルを獲るために何が必要なのか。2023シーズンの公式試合の分析、選手個々の評価、国外を含めた他クラブの選手の分析などを行っていきます」
――ということは、システム的にも今シーズンの【4-3-3】を基本とした編成・補強となりますか? ポヤトス監督は同コンセプトでの継続強化の重要性をよく発言されていますが、強化部としても同じ認識ですか?
「基本的には【4-3-3】をベースに考えていますが、その中で選手がもう少し柔軟性を持ってプレーする必要性はあるのではと感じています。それは編成や補強も同じで、試合展開に応じてシステムを変えるなど、様々なケースに対応できるように準備します」
――今日はありがとうございました。最後の質問です。ガンバ大阪は国内タイトルをすべて獲った経験があり、ACLも2008年に優勝して、2016年にはサッカー専用スタジアム(パナソニックスタジアム)が建ちました。今後、タイトルを狙い続けること以外に、中口さんが目標として見据えていることがあれば教えてください。
「私が以前ガンバに在籍していた頃(2013年~2015年)はまだパナスタが建っていなかったんですね。だから、ガンバに戻ってきて、同じ(スタジアム内の)クラブハウスで選手も、コーチも、フロントスタッフも、皆が一緒に仕事ができる環境は本当に素晴らしいことだと感じました。
ガンバは100年以上続くクラブになるでしょうから、未来でガンバに関わる人たちのために何ができるのか。ホームタウンで生活する皆さんに喜んでいただくために何をしなければいけないのか。今、ガンバで働かせてもらっていることに感謝しつつ、未来のために何を残せるのかを考えて仕事を続けるつもりです」
Masafumi NAKAGUCHI
中口 雅史
1972年生まれ、徳島県徳島市出身。国見高校時代はエースFWとして全国高等学校サッカー選手権大会優勝に貢献。大阪商業大学を経て1995年にガンバ大阪に加入。現役引退後は佐川急便大阪SC、 佐川急便SC/SAGAWA SHIGA FCで監督を務め、3度のJFL最優秀監督を受賞。その後、2013年-2015年:ガンバ大阪強化担当、2016年-2019年:MIOびわこ滋賀監督、2020年:ヴァンラーレ八戸監督を経て、2021年8月よりガンバ大阪強化部長に就任。
Photos:(C)GAMBAOSAKA , Getty Images
Profile
玉利 剛一
1984年生まれ、大阪府出身。関西学院大学卒業後、スカパーJSAT株式会社入社。コンテンツプロモーションやJリーグオンデマンドアプリの開発・運用等を担当。その後、筑波大学大学院でスポーツ社会学領域の修士号を取得。2019年よりフットボリスタ編集部所属。ビジネス関連のテーマを中心に取材・執筆を行っている。サポーター目線をコンセプトとしたブログ「ロスタイムは7分です。」も運営。ツイッターID:@7additinaltime