TACTICAL FRONTIER
サッカー戦術の最前線は近年急激なスピードで進化している。インターネットの発達で国境を越えた情報にアクセスできるようになり、指導者のキャリア形成や目指すサッカースタイルに明らかな変化が生まれた。国籍・プロアマ問わず最先端の理論が共有されるボーダーレス化の先に待つのは、どんな未来なのか? すでに世界各国で起こり始めている“戦術革命”にフォーカスし、複雑化した現代サッカーの新しい楽しみ方を提案したい。
※『フットボリスタ第98号』より掲載。
現代フットボールの世界において、「言語化」というワードは注目の的になってきた。日本代表MFの田中碧は、重要な試合後に自らの考えを言語化することで自身の成長に繋げようとしているように見える。また、プレミアリーグで躍動する三笘薫はドリブルのメカニズムを詳細に説明しており、その言語化能力をジャーナリストも認めていた。言語化への意識は川崎フロンターレ出身者に共通しているものなのかもしれない。彼らは自らのプレーを分析し、正確にそれを言語化する。そのロジカルな能力は、トップ選手たちの大きな武器になっている。
しかし、言語化には隠れた罠が存在していることを指摘している識者も存在する。今回は、学術研究における「言語化」について考えながら、その価値とリスクを再考していこう。
「言語化=宣言的な戦術知識」の有用性
教育学の分野では言語化は1つの重要なツールだと考えられてきた。
例えば体育の研究では、生徒たちにディスカッションをさせることが重要だと主張されている。認知面において、言語化が欠かせないと考えたのがロシアの教育心理学者であるレフ・ビゴツキーだ。彼の理論によれば、成長の過程で子どもはコミュニケーションの道具として言葉を習得するが、それが「内言(inner speech)」に転化する。ビゴツキーは、人間は言語によって複雑に考えることができるようになると説明したのだ。
そのように、言語化によって抽象的な事象は具体化される。ペドロ・シルバは2013年にプレーの言語化によって「選手たちは将来ゲームで直面するかもしれない情報的な制約を意識するようになる」と主張した。また、言語化によってチームメイトとの情報共有も可能になり、それによってチームは効率的にプレーできるようになる。サッカーにおける言語コミュニケーションの必要性は、感覚的にも理解できるのではないだろうか。実際に選手たちの言語コミュニケーションを制限することで、チームのパフォーマンスが低下するという研究も多い。選手たちに求められるのは、正確な心象イメージだ。その結果、彼らはゲームを予測して相手のプレーを読むことが可能になる。……
Profile
結城 康平
1990年生まれ、宮崎県出身。ライターとして複数の媒体に記事を寄稿しつつ、サッカー観戦を面白くするためのアイディアを練りながら日々を過ごしている。好きなバンドは、エジンバラ出身のBlue Rose Code。