セリエA監督トレンドの中で片野氏は「世代交代の萌芽」をその1つに挙げた。ここではそれをもう少し掘り下げてもらおう。セリエA20チーム現監督の平均年齢は51.9歳と4大リーグで最長。しかし、水面下での変革は着実に進んでいる。
※『フットボリスタ第97号』より掲載。
あえて世代交代の「萌芽」と書いたのは、それが新たなトレンドとして定着したと言うには明らかに時期尚早だからだ。もちろん、監督の場合は若ければ若いほどいいというわけではまったくない。毎週の試合の中で直面する様々な状況に対処する上でも、リーダーとしてチームを率いていく上でも、経験値の高さは大きな強みをもたらす。
ドイツが先鞭をつけた「第2のキャリアパス」
ただ、変化のスピードがどんどん速くなり、自ら築いてきた戦術コンセプトやメソッドですら常にバージョンアップを(そして時には大胆な刷新ですら)迫られる状況の中では、その経験値がもたらす硬直性がむしろネガティブに働きやすくなっているという側面があることは無視できない。
また、監督という仕事に求められる資質やクオリティそのものの多様化、多角化に伴って、監督へのキャリアパスそのものが変化の途上にあることも、無視できない現実だ。今号の対談でレナート・バルディがモウリーニョの「サッカーしか知らない人間はサッカーのことを何も知らない」という言葉を引いているように、プロフェッショナルな監督の世界においても、プロレベルのプレーヤーとしての経験だけでなく、それこそ複雑系科学から運動学習理論、生命科学、心理学、さらには哲学や美学、歴史学、経営学まで、様々な知の領域についての開かれた関心と見識を持つことが、かつてと比べてずっと重要かつ有用になってきている(これはヨーロッパだけでなく日本においても当てはまる話であることは、河内一馬さんや山口遼さんの著書を読めば納得できると思う)。
そうなってくると、20代の10年間をプロサッカー選手として過ごし、30代前半で引退して監督への道を歩むという従来型のルートだけでなく、同じ20代をコーチとしての実践とアカデミックな学究に費やし、そこからアカデミーやアマチュアクラブの監督として徐々にステップアップするというルートもまた、トップレベルのプロ監督を生み出す「第2のキャリアパス」として重要な選択肢になり得るはずだ。それに最も早く気がついた国の1つが、監督ライセンス取得について元プロ選手を優遇することをせず、ナーゲルスマン、テデスコ、テルジッチらを輩出したドイツということになる。ブンデスリーガの監督平均年齢が低いのも、テルジッチ、マーセン、へーネスら「第2のキャリアパス」経由の若手が少なくないからだろう。
誤解してはならないのは、監督という仕事にとってプロ選手経験の価値が下がった、あるいはプロ選手経験がなくアカデミックなバックグラウンドを持つ監督の方が優れている、というわけでは決してないこと。ただ、監督に求められる資質やクオリティが多様化、多角化したことで、従来とは異なるキャリアパスからも優れた監督が輩出される可能性が広がっており、それに自覚的な国から実際に若くて優秀な監督が育ってきていることは確かだ。……
Profile
片野 道郎
1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。