8月5日、西ロンドンのスタンフォードブリッジでチャリティマッチが開催された。国内では前日にフットボールリーグ(2〜4部)の23-24シーズンが開幕し、翌週にはプレミアリーグ開幕も控えている。サッカー好きなイングランド庶民の意識の中で、「マイ・チーム」が占める割合が俄然高まり始めるタイミングだ。しかし、だからこそ逆に意義があったとも言える。日常に流されて忘れてはならないことがあるのだと、人々に訴える機会となったからだ。
世界的な猛暑が嘘のような体感温度14℃の夕刻キックオフに3万2000人強が集い、テレビでも生中継された一戦は題して『Game4Ukraine』。ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領のお墨付きをいただいている一戦は、大統領自らが母国への基金を募るために設立した『UNITED24』の親善大使を務める、アンドリー・シェフチェンコとオレクサンドル・ジンチェンコの両ウクライナ人がキャプテンを務めるチーム同士の対戦だった。
試合を通じて集められた基金は、今年3月にロシア軍の爆撃を受けた学校の復旧作業に費やされる。国の未来を背負う子供たちが複数の村から通う大切な学校だったという。ウクライナの教育科学省の発表によれば、ロシアによる侵攻が始まった昨年2月24日以降、国内の教育セクターが受けた被害の総額は1兆4500億円近くに上る。完全に破壊された校舎は200を数え、機能はしている学校にしても、その約3割が(本来は必要であること自体が問題なのだが)防空壕を備えていない。ゼレンスキー大統領が、キックオフ直前に流れたビデオメッセージの中で訴えていたように、ウクライナは「ただ普通の日常を取り戻すため」にも、民主主義を信じて守らんとする周囲の支援が必要な状況なのだ。
シェフチェンコとジンチェンコの献身
英国は、過去1年半の間に15万人を超えるウクライナからの避難民を受け入れている。だが自分自身を含め、この国の一般庶民にとってウクライナの戦況が身近であり続けているとは言い難い。今では、毎日のようにニュース番組で伝えられるわけでもない。同じ欧州内で起こっている戦争でありながら、飛行機で3時間ほどの距離よりもずっと遠い世界での出来事に感じられてしまう。
当然ながらウクライナの人々にとっては、国外に身を置いていたとしてもリアルな戦争だ。寄付金となるチケットを購入して一般席でチャリティマッチを観戦した筆者の周りにも、手には大小さまざまな青と黄のウクライナ国旗を持ち、目には涙を浮かべて国歌を斉唱する観客が多かった。試合前のウォームアップ中、かつてのホームでスタンドからの声援に両手を胸に当てて感謝していたシェフチェンコも例外ではない。
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Profile
山中 忍
1966年生まれ。青山学院大学卒。90年代からの西ロンドンが人生で最も長い定住の地。地元クラブのチェルシーをはじめ、イングランドのサッカー界を舞台に執筆・翻訳・通訳に勤しむ。著書に『勝ち続ける男 モウリーニョ』、訳書に『夢と失望のスリー・ライオンズ』『ペップ・シティ』『バルサ・コンプレックス』など。英国「スポーツ記者協会」及び「フットボールライター協会」会員。